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昇進を捨てた女性の本音から見える「女性活躍社会」への課題 - WEDGE編集部 今野大一

 男女雇用機会均等法が施行されてから今年で丸30年。当時に比べると女性の社会進出は格段に進みましたが、この時代を通じてキャリアを形成してきた女性たちは、一体どんな困難を乗り越えてきたのでしょうか。

  Wedge5月号の特集「女はつらいよ 待機児童だけじゃない」では出産を機に正社員の椅子を捨て、育児に専念した女性の体験談を基に、「女性活躍社会」の課題を考察しました。約25年間、総合職として仕事と家庭の両立に取り組んできた女性から話を聞くと、女性が家庭生活と両立して企業で働き続けるためには、やむを得ず昇進を捨てざるを得ない現実が垣間見えます

 「環境は自分の手で変えられる。そう信じて働いてきましたが、ただ一つ昇進だけは捨ててきました。仕事と育児を両立していくためには、そこだけは割り切らざるを得なかったのです。女性の管理職はやはり少ないですし、育児をしながらそういった立場についている人は今もほとんどいません。会社にも女性の役員はいますが、結婚していても子どもはいない。私自身も47歳ですが、管理職にはなれません。これが47歳の男性だったら、きっと社内でも肩身が狭いことでしょう」

  山田志保さん(仮名、47)は、中学生と高校生の二児を育てながら、外資系メーカーの資材調達部で働く。新卒から約25年間、誇りをもって仕事に取り組んできたが、50代を目前に控えた今も管理職にはついていない。

 「子どもを保育園に入れる、入れられないということよりも、働き始めてからの方が100倍大変でした。子育ては物理的に手がかかりますし、ひとたび会社に来てしまえば一職業人としての責任を果たさなければなりません。今思い起こせば常に走っていたと記憶しています。通勤のときは、気持ちに余裕がもてずによく泣いていました。会社から帰るときも、早く息子に会いたくて、いつも走っていました。『何でこんな思いをしてまで、自分は働いているんだろう』と思ったことは、何度もありました」

 育児と両立するために強いられたのは長時間労働だ。山田さんは長く人事や総務の仕事に携わっていたこともあり、会社側が自分をどのように見ているかを客観的に考えることができた。2000年頃は、社内に「働くママ」はほとんどおらず、短時間勤務扱いを申請したのは会社で2例目だった。だが、周囲の目が気になってしまい、結局1日も短時間勤務をすることはなかった。

 働くママとして気遣ったのは職場だけはない。小学校のPTA活動でも、山田さんは周囲の反感を買わぬ策を考えてきた。

 「どうやって専業主婦の方と『共存』していくかを意識していました。仕事があるので、平日の父母活動には出られない代わりに『土日は何でもやります』という姿勢を見せていました。週末の運動会や納涼会、掃除や餅つき、父母のボランティアには主人と一緒に必ず顔を出しました。会社でも学校でもサポートしてもらえるような自分であることが重要です」

 「権利の主張だけではなく、まずは義務を果たさなければなりません」。こう語る山田さんが職場やPTA活動で常に周囲を配慮してきた背景には、第一子出産時に直面した職場での苦い経験がある。

マタハラで離職した過去

 「つわりで具合が悪そうなあなたの顔を見ると、私も具合が悪くなるのよね」「自営業だった私の母も妊娠中でも仕事を続けていたけれど、真剣に働いていれば、絶対つわりなんか起こらないのよ」。

 宝飾品の販売会社で採用の仕事をしていた折、女性の先輩からこんなことを度々言われていた。いわゆるマタニティ・ハラスメント(職場において妊娠や出産者に対して行われる嫌がらせを指す言葉)だ。直属の上司は山田さんの体調を気にしてくれるなど理解もあったのだが、精神的に追い詰められていた山田さんは、ついに相談できないまま出産と同時に退職を決意することになった。

 「本人はマタハラをしているという意識はなかったのではないかと思います。先輩は、結婚はしていましたが、当時、子どもはいませんでした。つわりで弱っている私が隣の席にいること自体が、彼女を苛立たせたのだと思います。その先輩は後日妊娠し、『皆さんにご迷惑をおかけしたくないので』といって退職されたと聞きました」

 「迷惑をかけたくない」という言葉の裏には山田さんへの当てつけもあったのかもしれない。それでも山田さんが退職後に、人事部から仕事への復帰を促す電話が3度もかかってきた。「帰ってきてくれないか?」。マタハラを受けていた事実は伝えられずに、最初の2回の電話は堅く断った。しかし3度目の電話がかかってきたときに、夫に諭されたのだった。「この就職氷河期に、何度も電話をかけてくるなんてよっぽどのことだよ。僕もサポートするから戻ってあげたら?」。

 山田さんのようにマタハラに苦しむ女性は現在も多い。16年3月1日発表の労働政策研究・研修機構の統計によれば「誰からマタハラを受けたか」という質問に対して、直属の男性上司から19%、直属の女性上司からが11%という回答だったが、「同僚、部下」に限れば女性からが9%、男性5%で、女性からの方が多いのが実態だ。

職探しに必要な「家族の理解」

 山田さんが幸運だったのは、働くことに対して、夫も含め家族の理解があったことだ。むしろ教師として働いていた義理の姉の言葉は山田さんの背中を押した。「子どもと過ごす時間の長さだけが愛情じゃないのよ。会った時に思いっきり抱きしめてあげるとか、一緒にいる時間の『質』の方が大事だと思う。働くことが必ずしも子育てにとってマイナスになるわけではないよ」。

出産を機に退職した母親たちが再就職活動をするための最初の壁は、家族の理解を得ることであることは現在でも同じようだ。働くママを雇用するママスクエア(東京都・港区)の藤代聡社長はこう語る。「育児中の母親が再度働き始めるには夫の親も含めた家族の理解が必要です。夫の収入がそこそこあるのに、なぜ母親が働くのかと、旦那さんや義理の父母が反対するなど、働き続けることに対して家族の理解を得られないことも多い。当社の面接に来る母親たちの大きな悩みです。一方で、これから働きたいと願っている母親たちにとってはキャリア復帰の最初の一歩を踏み出せるかどうかは死活問題なわけです。相当な心理的な負担になっているという意味では、必ずしも待機児童問題だけが母親たちを苦しめているのではありません」。

 もちろん山田さんが仕事を続けるには保育園に子どもを預ける必要もあった。それも認可保育園に子どもを入れるとなると、ポイントを多く稼ぐことができる共働きの親が優先されるため、一度離職した山田さんは、受け入れ先を懸命に探し回る必要があった。そうして私立の認可外保育園に何とか受け入れてもらうことができ、再入社が叶った。復帰した初日には当時の社長にこんなことを言われた。

 「Welcome back(よく帰ってきてくれた)!実は3回目の電話は人事に頼んで僕がかけさせたんだ。3度目の正直って言葉もあるからね。山田君の経験を生かしてママでも働きやすい会社を一緒に作っていこう」

諦めざるを得ない「管理職」

 山田さんは39歳のとき、経営者が交代したことで会社の考え方と自身の考え方に齟齬が出始め、宝飾品の会社を退職。再び専業主婦になった。ただ半年ほど主婦をつづけるうち、「このまま仕事をしなくなって自分はどうなっていくのか」と、言い知れぬ不安を感じるようになった。子育てだけでは自分の未来を描けなかった。そんな時、後押ししてくれたのは小学校4年生の長男だった。「お母さんは働いたほうが良いと思う。仕事で帰りが夜遅くなっても僕たちは大丈夫だから。お母さんが働いているから受験に失敗したとは言わせたくないので僕たちもがんばるよ」。

 山田さんは再就職活動に取り組むために就職サイトに登録し、現在の会社に再就職した。面接では「何でもやります」とアピールしたという。「こちらがキャリアを高望みするわけではなかったので、会社としては採用するハードルは低かったのではないかと思います。今まで仕事を続けてきて良かったことは、社会人経験を子育てにも生かせることです。息子2人にも社会人として生きていくことや、仕事のこと、キャリアとはこういうものだということのアドバイスも、実感をともなった形ですることができます」。

 「今は女性だけではなく、従業員の働き方の多様性を広めていくために、所属する部署で在宅勤務のテストを始めています。育児をしながら働く父や母がテストの対象となっています。働くママにとっては保育園に入れず復帰が遅れる、または叶わないという事例が実際にありますし、保育園に入れたとしても、小学校に入れば、学童やPTAの問題などもあり、いつまでも心配や苦労はつきません。働くママだけが守られるべき存在でないとは理解しつつも、もう少し世間の目が温かくあったらと思います」

2016年4月から女性活躍推進法が施行され、従業員301人以上の大企業は、管理職比率の設定などの計画策定が新たに義務づけられることとなった。一方で、企業で働き続けるために、その時々で仕事への意欲を抑えたり、昇進を諦めたりしなければ生活が成り立たないという働くママの現実を直視する必要があるだろう。「女性活躍」の掛け声だけでは、真に女性が活躍できる環境を整備することはできない。

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