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憲法誕生の〝秘史〟に触れる 安全保障では「半国家」の特異性 - 古森 義久(国際ジャーナリスト)

 日本国憲法の改正の是非が国政の主要課題となってきた。この課題と正面から取り組むには、憲法誕生の経緯と憲法自体の特異性をまず考えることが欠かせない。歴史の大きな潮流のなかでの日本国憲法とは、そもそもなんだったのか、という考察である。

 日本国憲法は、日本がアメリカをはじめとする連合国の占領下にあった1946年(昭和21年)2月はじめ、10日間ほどで米軍の将校十数人により一気に書かれた。

 その草案は、拒否をする自由のない日本側にそのまま付与された。その意味では押しつけだった。日本のいまの護憲勢力は、憲法のこの起源には奇妙なほど触れようとしない。

 私はその憲法の起草作業の実務責任者だったチャールズ・ケーディス氏に4時間ほどインタビューして、憲法作りの実態を詳しく問うたことがある。同氏は、起草当時は陸軍大佐で、その以前からアメリカの弁護士だった。私が彼にニューヨークで会ったのは1981年4月だった。憲法起草から35年、彼は75歳だったが、往時をよく記憶していて、すべての質問に細かに答えてくれた。

 私は当時、帰属していた毎日新聞社を休職して、アメリカの研究機関「カーネギー国際平和財団」の上級研究員という立場だった。日米安全保障関係を研究しており、その一環としてケーディス氏に取材したのだった。それからまた35年が過ぎたが、同氏との一問一答の英語の記録はいまもすべて持っている。

 憲法起草時に米軍のGHQ(総司令部)の民政局次長だったケーディス氏は、最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥と、民政局長のコートニー・ホイットニー将軍の直接の指揮下にあった。

 日本国憲法については、アメリカ本国政府やGHQの大まかな指令こそあったが、具体的な内容は実務責任者のケーディス氏の裁量に驚くほど多く任されていた。憲法草案の核心となる第九条はとくに重要とあって、同氏自身が条文を書いたという。

 ケーディス氏の回想全体で最も衝撃的だったのは、憲法九条の目的はなんだったのか、という私の質問への同氏の答えだった。

 「日本を永久に非武装のままにおくことでした」

 憲法九条は周知のように「戦争の放棄」や「戦力の不保持」「交戦権の禁止」をうたっている。厳密には「国際紛争を解決する手段」としての戦争や武力行使の禁止だから、自衛のための戦争などは認められる、という解釈の下に戦後の日本の防衛政策は築かれてきた。

 だが、ケーディス氏は、米側の意図はあくまで「日本の永久の非武装」だったと明かしたのである。しかも、同氏が最初に上司から受け取った指針には「自国の防衛のためでさえも戦争を放棄する」という記述が明記されていたのだという。まさに完全な非武装、無抵抗、降伏主義という趣旨だった。だがこの点はケーディス氏自身が非合理だと感じたという。

 「すべての国は自己保存のための固有の自衛の権利を持っています。だからこの部分は草案では私の一存で、あえて削除しました。そして上司のホイットニー将軍に『一国が他国から侵略を受けて、自衛もできないというのはあまりに道理に合いません』と説明すると、削除を了承してくれました」

 日本国憲法はこんな粗雑な作業を経て書かれたのだった。しかもその本来の趣旨はあくまで日本の永久の非武装なのだから、その後に日本の防衛を縛りつけても当然だった。自衛隊の違憲論が出てもおかしくないわけだ。

 当時のアメリカ側は日本の軍事強国としての再登場をなによりも恐れ、どの国も持つ自衛の権利までを奪おうとしたのだ。主権国家にとっての自衛は自明の権利である。自国の利益や安全のための戦争や武力行使も、どの国家もが保有する固有の権利なのだ。

 だが当時のアメリカは、日本からその基本的な権利を奪うことを最大目的として憲法を作成し、日本に押しつけたのだ。ケーディス氏の判断で「日本の自衛戦争の否定」が削除されてもなお憲法九条は、日本の防衛や軍事を全世界でも例外的に自縄自縛の状態としてきたといえる。

 その結果としての日本は、こと安全保障に関しては主権の一部を縛られた半国家、あるいはハンディキャップ国家となってきたのである。ケーディス氏が淡々と、そして率直に明かした憲法起草事情は、日本へのそうした制約をいやというほど明示していた。

 その後も私はアメリカ側の識者たちから「日本の憲法の国家主権制約」という見解をたびたび聞いてきた。
 1992年5月、歴代政権で軍備管理の大統領顧問などを務めたポール・ニッツェ氏は「日本の憲法九条は明白に日本の自衛行動を抑えるという点で、日本の国家主権の一部を制限しています」と語った。私の質問に答えての言明だった。

 2011年9月にはワシントンのシンポジウムで、日米関係研究学者のベン・セルフ氏が、日本の防衛、軍事の活動への憲法上の制約に対して「全世界の主権国家がみな保有している権利を日本だけには許してならないというのは、日本国民を先天的に危険な民族だと暗に断じて、永遠に信頼しないという偏見です」と述べた。

 ケーディス氏の述懐から長い歳月を経てのアメリカ側のこうした識者たちの言葉は、いずれも日本の現行憲法が結果として、日本自身の防衛に関する主権の重要部分を国際基準からみて例外的に、そして不自然に抑えつけているという認識の発露だった。

 日本の憲法のあり方はもちろん日本自身が決めるわけだが、アメリカ側のこうした認識も、その決定プロセスでは有力な指針となるだろう。

《こもり・よしひさ》1941年東京生まれ。慶大卒、ワシントン大留学。毎日新聞サイゴン、ワシントン両特派員を経て産経新聞に転社。ロンドン、ワシントン両支局長、中国総局長を歴任。ボーン国際記者賞、日本記者クラブ賞などを受賞。現在、産経新聞ワシントン駐在客員特派員、国際教養大学客員教授。著書に『ベトナム報道1300日』『いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ』『中・韓「反日ロビー」の実像』『迫りくる米中新冷戦』ほか多数。

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