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放射能とワクチン 不安に寄り添う怪しげな「支援者」 対談 開沼博×村中璃子(前篇) - Wedge編集部

 福島の被ばくと子宮頸がんワクチン。弊誌Wedgeが取り上げ続けてきたこの2つのテーマには似通った問題が潜んでいる。福島出身の社会学者、開沼博さんと、医師・ジャーナリストの村中璃子さんが、縦横無尽に語り尽くす。

※本記事は4月20日発売のWedge5月号の記事の一部です。

編集部 被ばくとワクチンをめぐってどのようなことが起きているのか、実態を教えてください。

開沼博(以下、開沼) 福島の惨事に便乗する言説によって、二次被害と呼べる問題が明確に出てきています。

 事故直後の「急性期」には、避難する過程で多くの人が命を落としました。放射線の危険性を過剰に煽る報道によって、農業や漁業に従事する人の中に自殺したり、将来への悲観から廃業したりする人が出ました。

 しかし、状況がある程度落ち着いた「慢性期」の現在もそういった惨事便乗型言説による実害は発生し続けている。避難をし続けて、心身に不調を来たして亡くなった方は2000人を超え、福島で地震・津波で亡くなった約1600人を上回っています。相馬・南相馬で避難経験を持つ人の糖尿病が1.6倍に。福島で小さな子を育てる母親のうつ傾向が高まり、子供の肥満は一時、全国1位になってしまった。

 事故直後のパニックの中で、さまざまな言説が許容される余地はある。しかし、6年目の現在、さまざまなデータが出揃った中、甲状腺がんを残し、現在も今後も内部・外部被ばくによる健康被害の可能性は極めて低いと勝負がついた。過剰避難などの過剰反応を煽り続けることは明らかに有害です。

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開沼博(かいぬま・ひろし) 社会学者
東京大学文学部卒、同大学院学際情報学府博士課程在籍。立命館大学衣笠総合研究機構特別招聘准教授などを務める。


 もはや「辛いですね、不安なんですね」と情緒的な話で終わらせてはいけない。過剰反応に適切な対応を取ってこなかったことの問題を議論すべき時期が来ているのに、「放射能の被害を軽視するのか」「あの当時の過剰反応は否定できない」という、5年前の視点にとどまった議論がまかり通るのは「被害の矮小化」です。これ以上の被害拡大を食い止めなければならない。

村中璃子(以下、村中) 放射線もワクチンも目に見えないから不安になりやすく、誤った情報が拡散しやすいんですよね。重篤な副反応があるかもしれないという疑義が生じた時点で子宮頸がんワクチンの接種推奨をいったん止めたことは良いとして、国内外で安全性に関するエビデンスが蓄積されているにもかかわらず、接種を停止し続ければ、ならなくて済む子宮頸がん患者を生むことになる。

 被害を訴える少女たちに対する、適切かどうかわからない侵襲性の高い治療や代替医療も有害です。自己免疫による脳神経障害であることを前提に、ステロイドパルスという高濃度ステロイド点滴や、血を濾しながら抜いて入れ替える血漿交換という治療法がよくなされますが、患者さんの身体への負荷も経済的負担も大きい。

 究極の姿は、脊髄電極刺激法(SCS)です。これは女の子の身体にメスを入れ、脊髄に金属の電極を埋め込む手術をして痛みを抑える治療ですが、「してもらった感」だけで一時的に良くなる人もいる。一方で症状が悪化する人もおり、また、一時的に良くなった人も必ずと言っていいほどリバウンドするのでやっぱり治らない、治療費がかかるとなって、ワクチンをもっと憎むようになるわけです。

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村中璃子(むらなか・りこ) 
医師・ジャーナリスト
一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。北海道大学医学部卒。WHOなどを経て京都大学医学研究科非常勤講師も務める。


村中 ワクチン不信は医療不信につながりやすく、代替医療を探す動きも盛んです。代表例は、高濃度のビタミンCを大量に点滴するビタミンパルス療法です。これは、女優の故・川島なお美さんが最後まで舞台に立ちたいという理由で抗がん剤を拒否して選択したことで有名になりました。推進する医師はがんにも被ばくにもワクチン副反応にも効くと言っていますが、エビデンスはなく、1クール10万円と高額です。

 薬害を主張する医師たちは、子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群(HANS:ハンス)という症候群を勝手に作って、ワクチンを打てばその後何年たっても副反応は発生するし、何度でも再発すると言う。意図的かは分かりませんが、ワクチンを打った子の病気は全部ハンスと主張できますから、将来にわたって患者が生まれ続けてくれる構図です。

開沼 誤った言説を信じる人の周辺には、そこから経済的、政治的に利益を得ようという人が群がっています。「この食べ物を食べれば安全です」などと弱い立場に置かれた人の不安につけ込んで、金づるとして囲い込むのが典型的な手口です。

 例えば、有名なニセ科学のEM菌。「EM菌で除染できる、放射能を排出する」などと、それらしいデータをでっち上げる得体のしれない「専門家」とセットで商品を売りつける。「これで末期がんが治る」などと煽る商売と構造は同じです。

怪しげな「支援者」が集う「不安寄り添いムラ」

開沼 これはトラウマを抱えた自主避難者などの不安当事者側ではなく支援者側に責任がある問題です。支援者といっても、事態を悪化させている、かぎかっこ付きの「支援者」です。NPO、法律家、自称ジャーナリスト、自称専門家など多様な主体で構成され、共通点は勉強していないことです。

 言説を分析すると、放射線に関する知識をほとんど持っていない。にもかかわらず、「危ない福島」を前提にしながら、不安には寄り添わなければならない、自分たちは正義だと自己正当化する。原子力ムラならぬ、「不安寄り添いムラ」が形成されています。

 これに対しデマの実害を指摘する声が強まる一方、「それでは弱者の不安に寄り添っていない、あまり批判するな、楽しくやろう」というノーテンキな反・反デマ言説がデマ温存に加担するのがこの1年の状況です。不安は絶対的に肯定されるなら、ヘイトスピーチやIS(イスラム国)も圧倒的な不安感をベースにした運動であり、肯定されてしまう。こういう悪しき相対主義は、差別、暴力を助長し、それを正す動きを阻む。

 それを利用して、「声をあげる専門家らは、不安にさいなまれる弱き人を潰そうとしている人たちだ」という印象を外野の聴衆に与え、圧力をかけて言論を潰すというのが不安寄り添いムラのやり口です。「支援者」は不安当事者とある種の共依存関係をつくり、得られる限りの利得を得続けていく。

村中 子宮頸がんワクチン問題でも、因果関係を十分検討せずに、症状がある少女たちはかわいそうでワクチンは危ないとする「支援者」たちが目立ちます。彼らは、ワクチンを否定しない人を見つければ、利益相反だの誰かの手先だのと攻撃を加え、「ワクチンのせいではなく"身体化"なのではないか」と言うまともな医師たちを悪者に仕立て上げます。

 子宮頸がんワクチンを打った後に現れた、ありとあらゆる症状がワクチン成分による副反応だと一括りにしたのがハンスです。全身の強い痛みから、歩行困難、不随意運動と呼ばれる激しいけいれんや月経異常。さらには漢字が書けなくなった、英単語が覚えられないといった訴えをワクチンによる「高次脳機能障害」であるとし、不登校も学業不振もハンスだとする。日本政府がこうした科学的裏付けを欠く「世論」を恐れて子宮頸がんワクチンの接種を停止したままにしていることに対し、WHO(世界保健機関)は昨年も名指しの日本批判をしました。

 どんな医薬品にもごく稀ですが副反応が発生します。市販の風邪薬の副反応で重篤な症状を示す人もいますから、ワクチン後に症状を訴えている少女の中にも、もちろんそういう子はいるでしょう。しかし、副反応を検討する厚生労働省の専門家委員会も、多くは"身体化"、つまり、心がきっかけとなった身体の病気であると繰り返し結論づけています。

 "身体化"は心の病気ではなく、心をきっかけとした身体の病気です。しかし、当初、多くの医師が口にした"心因性"という言葉が、心の病気、気のせいというイメージを抱かせました。そうやって傷ついた少女や母親たちには、ワクチンによる脳障害だと断じる医師たちが「いい先生」に見えてしまう。そして、新しい病気を発見したと主張したいハンス派の医師たちにとっても、彼女たちは欠かせない存在であり、共依存するわけですね。

風評から差別へ 被害が実体化し攻撃的に

開沼 その結果、悪化しているのが風評被害です。風評は、外国で講演すると単にrumor=噂と訳されてしまうんですが、economic damage(経済的損害)やdiscrimination(差別)の方が正確です。前者は福島の野菜が売れないなどのよく知られた話で継続的な対応が必要ですが、問題は後者です。

開沼 例えば、福島の農家が都会に直販しに行くと客に罵倒され、漁師さんが試験操業で魚が取れました、おいしいので食べてくださいと言ったら、毒売るなという電話が漁協に殺到する。地元のNPOが子供たちと一緒に国道6号線を清掃しようとしたら、子供を傷つける殺人者などという言葉を浴びせられる。(参考記事:「福島の被ばく報道はデマだらけ」

 地元を復興させようとする人々の行動を全否定する動きを取るのが、先ほど言ったカギカッコ付きの「支援者」です。この差別行為を不安寄り添いムラは看過するんですよね。法律家や学者が入っているはずなのに。

村中 ワクチンでも、「支援者」たちがある種の攻撃性を帯びています。実は、ワクチン接種後の症状から治った少女も、たくさんいるんです。けいれんや歩けないなどの重い症状でも、時間をかけて、大学入学などの生活の変化とともに良くなり、もう触れないでほしい、という感じの子たちがいます。(参考記事:Wedge4月号「暴走する大人と沈黙する子供たち 子宮頸がんワクチン"被害"からの解放」)

 しかし彼女たちは、それを言えません。今となってはワクチンのせいじゃなかったかもと思っても、口にすれば、ワクチンのせいと主張する「支援者」から攻撃されるからです。

 そうしているうちに、被害の存在が固定していくんですね。本来は疾患としてありえないハンスという疾患概念が、実体を帯びてくる。

開沼 原発事故後の被ばく問題の構造と同型です。多数の日常に戻れた人と、少数のそうじゃない人がいる中、後者に「支援者」が群がり冗舌に弱者としての権力を振るう。実状を知っている人が、いくらおかしくなっていると思っても、それを口外できない。

 不安当事者も、個別に話を聞くと現状への違和感は口にする。ただ、その人間関係で5年経つと、もう振り上げた拳を振り下ろせない状況に追い込まれている。周囲が説得しても聞かないので、多様性を認め合うと言えばきれいに聞こえますが、要は相手にされなくなる。そうなると自分たちは蔑まれているという感覚に至り、孤立化し、言説が過激になっていきます。

村中 子宮頸がんワクチンに対する過剰反応の中で、行き過ぎと思えるのが、子宮頸がんサバイバーやがんで家族を失った人への攻撃です。

 子宮頸がんは性感染症なので、男遊びしてなったとか、製薬会社からカネをもらってワクチンを勧めていると言いがかりをつけられ、誰も表に出なくなったと聞きます。最近の子宮頸がん予防キャンペーンは、検診は勧めるがワクチンは勧めないスタイルになりました。がんに傷つけられた人たちが、ワクチンを憎む人たちにさらに傷つけられ、声をあげられなくなっています。

 子宮頸がんの犠牲者は決して少なくありません。年間3000人が亡くなるだけでなく、毎年1万人以上が、前がん病変や初期で見つかったがんを取り除く、円錐切除という子宮の入り口を切り抜く手術を受けています。

 この手術は比較的簡単な上、子宮を失わずに済むので、ワクチン不要論者は検診と手術で十分と言いますが、円錐切除を受ければ流産しやすくなるし、性生活や妊娠に対して消極的になるなど、表に出ない深刻な問題がたくさんあります。また、がんに一度なれば、取り切れてないかも、再発するかも、という不安にも襲われ続けます。

 亡くなっても生き残っても辛いがん患者に接する機会の多い産婦人科医は当然、ワクチンに好意的な立場をとりますが、利益相反と言われ、世間から黙殺されています。ちなみに、ワクチンが普及すれば患者は減って産婦人科医の利益は減りますので、おかしな誹謗中傷ですよね。

※後篇はこちら

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