- 2016年04月21日 08:30
稲盛和夫×鈴木敏文「幸せ、働きがいはどうしたら手に入るか」【前編】 - 少年時代から振り返る「対照的なのに似ている」生き方
2/2私は自分のあがり症にものすごく劣等感があり、歯がゆくて仕方なかった。性格をなんとか直そうと、部活動で入ったのが弁論部でした。人前で話すのに慣れるためです。上田地区の6校対抗の弁論大会にも出ました。
【稲盛】自分で望んで出たんですか。
【鈴木】はい。その日のことは今でも忘れられません。3位に入賞したものの、審査員の講評は「論旨もいい、言葉もはっきりしているが、問題は態度だ」と。演壇で話すことはできても、客席に顔を向けられなかったのです。ずっと窓の外を見ていて、雨の降る中、梅の木の枝にスズメが1羽とまっていた光景が今も目に浮かびます。
それでも、少しずつ人前で話すことにも慣れて、高校時代には、推薦されて生徒会長に就任しました。
私には実はもう1つ劣等感がありました。兄弟で私だけが駆け足が遅く、姉たちから、「敏ちゃんはいつも後ろを走っているね」とよくからかわれました。これも克服しようと、陸上部に入り、一生懸命走り込みをするうちに、次第に力がついて、高校3年生のときには、県大会に短距離選手として出場できるレベルにまでなりました。
【稲盛】私も中学生のとき、初めて挫折感や屈辱感を経験しましたが、でも、それがバネになり、私を励まし、背中を後押しし、勉強へと向かわせた。だから、その後の私があるのです。
【鈴木】人間、劣等感があっても、自分でなんとかしようと考え、克服しようと努力すれば、なんとかできるようになる。学んだ教訓は今も残っています。
起業時代
▼経営モデルをゼロから生み出す
──お二人は、ともに起業し、事業を軌道に乗せていく中で、それぞれ「アメーバ経営」「単品管理」と独自の経営モデルを生み出されました。その経緯を教えていただけますか。 リンク先を見る 図を拡大稲盛和夫氏と鈴木敏文氏の経歴
【稲盛】アメーバ経営が生まれたのはとても単純な経緯でした。創業から4、5年経ち、社員が100人を超える規模になっても、私は技術開発も、製造も責任者を務め、販売もトップセールスで走り回っていたため、体がいくつあっても足りません。
私の代わりができる人がほしい。孫悟空みたいに、毛を抜いて息を吹きかけると現れるような分身を大勢つくりたい。ならば、全員が経営責任者になればいい。私は技術者で、経営は素人でしたが、素人なりに考えたのがアメーバ経営でした。
製造の組織を工程別・製品別に小さな集団に分け、それぞれが1つの独立した企業のように経営を任され、独立採算で運営する。小集団のリーダーは経営に責任を持つ。小集団は環境の変化に適応して、自己増殖していくため、アメーバと名づけました。
原料をつくるアメーバは次の成形のアメーバに値段をつけて売り、成形のアメーバは次の焼成のアメーバに売るといった具合に社内売買を行う。値決めは、出荷時の最終的な売値から逆算して決めるため、常に市場価格と直結します。それぞれに仕入れと売りがあるため、そのサヤが利益となって出る。リーダーと構成メンバーが一緒になって懸命に努力すれば、アメーバの業績も上がると考えたわけです。
【鈴木】セブン-イレブンの単品管理も、コンビニエンスストアチェーンの経営を日本で成り立たせるために、素人集団が生み出したものです。
チェーンストアは19世紀の終わりに、アメリカで生まれました。本部は商品について全責任を負い、メーカーから大量に仕入れて各店舗に供給し、店舗は販売だけを行う。この形ならチェーン展開が容易にできます。アメリカのセブン-イレブンも同じでした。
一方、日本のセブン-イレブンでは店舗の側から発注し、本部は商品を調達するだけでなく、自らもお客様のニーズに合った独自商品を開発する。商品の流れを売り手からのプッシュから、お客様からのプルに逆転させたのです。売り手市場から買い手市場への転換や、世界的にも変化が速い日本の消費者ニーズに対応するためでした。
各店舗では、お客様にとって、ほしい商品が、ほしいとき、ほしいだけあるように売れ筋を絞って十分にそろえ、死に筋を排除する。欠品による機会ロスと売れ残りによる廃棄ロスを最小化していくため、単品ごとに仮説を立てて発注し、POSで結果を検証する。アメリカではPOSは主にレジの打ち間違いや不正防止が目的でしたが、マーケティングに活用したのは日本のセブン-イレブンが世界初でした。
単品管理はパートやアルバイトのスタッフも、一人ひとりが主体的に経営に関わることになります。
【稲盛】まさに「全員参加経営」ですね。アメーバ経営もそれが目的でした。リーダーが中心となり、アメーバの構成メンバーは自らの目標を立て、それぞれの立場で目標達成のために最大限の努力をする。個人の能力を活かしながら、みんなが生きがいを持って働き、力を合わせる全員参加経営が実現できるようになるのです。
【鈴木】どちらも、あるべき姿を実現するための方法を独力で考えた。目指すものを実現する方法がなければ、自分たちで考えればいい。必要な条件がそろっていなければ、条件そのものを変えていく。それが挑戦するということだと思います。
【稲盛】それは、テクニックなど知らない素人だったからできたことかもしれません。JALの再建についても、航空業界については私は素人でした。
【鈴木】既存の常識に染まっていない純粋さ、それが素人の強みです。
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