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- 2016年04月21日 01:37
【オバマのサウジ訪問】
オバマ大統領が20 日からサウジアラビアを訪問しています。
サルマン国王(King Salman)と会談。大統領が中東の同盟国サウジを訪れるのは、就任後 4 度目ですって。
オバマ大統領は先月、Atlanticとのインタビューでサウジを戦闘で十分に任務を果たしていない free riders(ただ乗り屋)なーんて呼んでいます。
http://blog.livedoor.jp/kaoriiida/archives/57022750.html
さらに▼イランをめぐる立場の相違(サウジはイランの孤立化、アメリカは対話)、▼原油安の中での立場の相違(米シェールオイルの台頭で、米の中東依存度の減少)、▼2001年9月11日の同時多発テロをめぐるサウジの資金源としての役割を追求する米議会の圧力・・・と課題山積
その上、訪問の時期について、原油安を打開できず気まずい感じです
その原油安とサウジについて ムハンマド副皇太子(deputy crown prince Mohammed bin Salman)の役割にフォーカスしている記事をWSJとFTで見つけました。
ムハンマド副皇太子は30歳。サルマン国王の息子さんで、経済と防衛を取り仕切っています。
17日に主要産油国で増産凍結に合意できなかったのは、サウジの原油政策の代表として副皇太子の予測不能な言動が台頭したため (unpredictable new voice of the kingdom’s energy policy)とFTは解説しています。
How Doha deal turned to deadlock(ドーハ合意が行き詰ったわけ )はざっくりこんな感じです(全文の翻訳ではありません)。 17日のドーハに副皇太子の姿はなかった。当日の午前3時ごろ、副皇太子がサウジ交渉団に電話をして、帰国を命令。最終的には派遣団は残ったが、この段階で交渉は死んだ。
この結果、過去21年にわたってサウジの原油政策を取り仕切ってきたヌアイミ石油相が中核から外されているという印象を強めた。各国の交渉団は、ヌアイミ石油相から合意はまとめられると約束を得ていたのだ。
サウジ王家は、原油政策についてこれまでも発言権はあったものの、副皇太子の公然とした発言はかつてないもの。
副皇太子が一気に権力を得たのは、父親が去年、王に昇格し、すぐさま権力を掌握したからだ。防衛省と経済協議会を率いて、隣国イエメンでの戦争の指揮をとると同時にサウジの"石油後の経済(post-oil economy)"への転換の計画を練っている。
副皇太子は、原油価格よりも国際政治に判断が左右されるようだ。とりわけ、経済制裁が解除されて原油市場に復帰したイランとのライバル関係に左右されている。原油市場はサウジとイランの舞台を変えた戦争だと見る専門家もいる。
直前までまとまると見られていた交渉は午後8時の段階で決裂。サウジに近い湾岸同盟国もさすがに不快感を示していた。イランが増産凍結に賛同しないのは最初から分かっていたのに、なぜ各国を招集したのか、と怒る者もいた。
ことし1月から3月のサウジの原油生産は日量 1020万バレルで、1月に暫定合意した凍結の水準だったことも、交渉がまとまるという楽観的な空気につながった。
副皇太子は先週、需要さえあればサウジは日量1150万バレルまで一気に引き上げることができると語った。この段階ではイランから譲歩を引き出す戦術だとみられていた。しかし、石油業界関係者は、副皇太子が新たなレベルを目指すのではない懸念している。
専門家は、「ドーハ会合の主たる結論は、サウジは非常に予測不可能となったことだ」と述べた。
サルマン国王(King Salman)と会談。大統領が中東の同盟国サウジを訪れるのは、就任後 4 度目ですって。
オバマ大統領は先月、Atlanticとのインタビューでサウジを戦闘で十分に任務を果たしていない free riders(ただ乗り屋)なーんて呼んでいます。
http://blog.livedoor.jp/kaoriiida/archives/57022750.html
さらに▼イランをめぐる立場の相違(サウジはイランの孤立化、アメリカは対話)、▼原油安の中での立場の相違(米シェールオイルの台頭で、米の中東依存度の減少)、▼2001年9月11日の同時多発テロをめぐるサウジの資金源としての役割を追求する米議会の圧力・・・と課題山積
その上、訪問の時期について、原油安を打開できず気まずい感じです
その原油安とサウジについて ムハンマド副皇太子(deputy crown prince Mohammed bin Salman)の役割にフォーカスしている記事をWSJとFTで見つけました。
ムハンマド副皇太子は30歳。サルマン国王の息子さんで、経済と防衛を取り仕切っています。
17日に主要産油国で増産凍結に合意できなかったのは、サウジの原油政策の代表として副皇太子の予測不能な言動が台頭したため (unpredictable new voice of the kingdom’s energy policy)とFTは解説しています。
How Doha deal turned to deadlock(ドーハ合意が行き詰ったわけ )はざっくりこんな感じです(全文の翻訳ではありません)。 17日のドーハに副皇太子の姿はなかった。当日の午前3時ごろ、副皇太子がサウジ交渉団に電話をして、帰国を命令。最終的には派遣団は残ったが、この段階で交渉は死んだ。
この結果、過去21年にわたってサウジの原油政策を取り仕切ってきたヌアイミ石油相が中核から外されているという印象を強めた。各国の交渉団は、ヌアイミ石油相から合意はまとめられると約束を得ていたのだ。
サウジ王家は、原油政策についてこれまでも発言権はあったものの、副皇太子の公然とした発言はかつてないもの。
副皇太子が一気に権力を得たのは、父親が去年、王に昇格し、すぐさま権力を掌握したからだ。防衛省と経済協議会を率いて、隣国イエメンでの戦争の指揮をとると同時にサウジの"石油後の経済(post-oil economy)"への転換の計画を練っている。
副皇太子は、原油価格よりも国際政治に判断が左右されるようだ。とりわけ、経済制裁が解除されて原油市場に復帰したイランとのライバル関係に左右されている。原油市場はサウジとイランの舞台を変えた戦争だと見る専門家もいる。
直前までまとまると見られていた交渉は午後8時の段階で決裂。サウジに近い湾岸同盟国もさすがに不快感を示していた。イランが増産凍結に賛同しないのは最初から分かっていたのに、なぜ各国を招集したのか、と怒る者もいた。
ことし1月から3月のサウジの原油生産は日量 1020万バレルで、1月に暫定合意した凍結の水準だったことも、交渉がまとまるという楽観的な空気につながった。
副皇太子は先週、需要さえあればサウジは日量1150万バレルまで一気に引き上げることができると語った。この段階ではイランから譲歩を引き出す戦術だとみられていた。しかし、石油業界関係者は、副皇太子が新たなレベルを目指すのではない懸念している。
専門家は、「ドーハ会合の主たる結論は、サウジは非常に予測不可能となったことだ」と述べた。



