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NHK朝ドラ「とと姉ちゃん」で話題の「暮しの手帖」。伝説の編集者・花森安治とすごした日々を語る 『花森安治の編集室 「暮しの手帖」ですごした日々』 (唐澤平吉 著)(文藝春秋 刊)

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『花森安治の編集室 「暮しの手帖」ですごした日々』 (唐澤平吉 著)(文藝春秋 刊)

――唐澤さんは名古屋生まれ、京都の丹波で育ち、関西大学文学部に入学されています。なぜ「暮しの手帖」編集部の入社試験を受けられたのですか?

唐澤 卒業したら出版関係の仕事をしたい、と漠然と思っていました。どこを受けようと考えた時に、自分が中身まで詳しく知っている雑誌が「暮しの手帖」だったんです。母が毎号購読していて、わたしも小学生のときから読んでいましたから。

「採用試験がないですか」と手紙を書くと、「予定はありません」という返事。その後忘れたころに「試験をすることになりました」と連絡がきました。900人以上応募があったようですが、世間知らずで単純なわたしは試験を受けたら受かるものだと、なぜか思いこんでいましたね。

――1次試験の作文が通って、上京。2次試験の面接で、初めて編集長の花森安治さんにお会いになったんですね。

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1972年に花森さんがラモン・マグサイサイ賞を受賞。研究室でお祝いのパーティをひらいた。

唐澤 「暮しの手帖」編集部を舞台にした日活映画「私、違っているかしら」(1966)で編集長役をしていたのが宇野重吉さん。そのイメージを抱いて行ったものだから、実際の花森さんは全然違いましたね(笑)。こちらは緊張しているのに、足を投げ出して椅子にでーんと座り、志望動機や大学の専攻についての質問はほとんどなかったです。

 内定をもらい、入ってから最初の2年間は修業期間。ほとんど下働きですが、今思うとこれがいい勉強になりました。最初のうちは書いた企画書や記事を「バカほどむつかしい漢字を使いやがる」「人に話すように、文章を書け」と、花森さんによく怒られましたが、だんだん文章の書き方や言葉の選び方に注意をはらうようになりました。

――その教えが「暮しの手帖」のわかりやすい文章を作っていたんですね。

唐澤 社長の大橋鎭子(しずこ)さんがよく話していたことは、戦争中勉強をしたくてもできず、学校に行けなかったような人たちでも読めて、役にたつ雑誌にしたい、ということ。「暮しの手帖」の文章の基盤にあったのは、読者への気配りでした。

――花森さんが口述筆記をさせるときの、文章の的確さに驚かれたそうですが。

唐澤 見たものをそのまま記憶して、メモする能力があったんでしょうね。1分間で100字から150字をしゃべる。だから400字の原稿だったら4分間ぐらい話せばいい、と見当をつけて始めるんですが、実際に行数ぴったりにおさまるんです。書きとらせた原稿をあとで直すことも、ほとんどない。驚いていると、「ぼくは40年近く、この仕事をやってるんだ。このくらいできなくちゃ」なんて言ってました。

忘れられない記事は「湯たんぽ」と「マリーさん」

――修業期間を経て、初めて自分で担当された記事のことを教えてください。

唐澤 「湯たんぽのよさを見直す」(第2世紀28号、1974年)ですね。お正月休みに考えながら書いた原稿でしたが、休み明けに読んだ花森さんが「よく書けてる」とほめてくれました。

 花森さんが人の文章をほめることは滅多になかったですし、一度失敗をすると次のチャンスはなかなか回ってこない。花森さんがどういう原稿に対して怒るのか、OKを出すのはどんな時か、わたしは横で観察し「暮しの手帖」流の文章術を学んだわけです。

――2カ月に1回の編集会議ではプランを少なくとも3つは提出、鎭子さんが順に読み上げ、花森さんが即座に可否を決めたそうですね。

唐澤 「マリーさんがならんだ」(35号、1975年)という記事を書いたんですが……。これは、花森さんが急に入院をすることになったときに、電話で奥さんに荷物の指示をしていて、最後に「マリーさんも入れておいて」と言ったんです。花森さんがそこまで好きなビスケットってどんなのだろう、と興味をもち、企画を出しました。

 明治屋にすぐ行って森永、不二家など国産のほかに輸入品など5種類のマリービスケットを買って食べ比べ、調べていたら、エドワードというビスケットもあることがわかった。なかなか掴めなかった名前の由来が、編集部の書棚の上段にずっと置かれていたイギリスの古い百科事典で、ようやく突き止められたんです。その百科事典が、じつは明治時代の実業家・五代友厚がイギリスから実際に持ち帰った事典だった――原稿を読んだ花森さんが「堂々と書きやがったなあー」と言ったことを、いまでも覚えています。

――花森さんが亡くなって38年、この本(単行本)を書かれてから19年。「暮しの手帖」というのは、唐澤さんにとってどういう存在なんでしょう。

唐澤 なぜわたしがいつまでも花森さんにこだわり続けるのか――自分でもよく分からないんです。きっとまだ自分のなかで整理されてない部分がある。わたしにとって、それほど花森安治という天才編集者は大きな存在ですね。

 いまわかるのは、「研究室(編集部)」というハードがあり、「花森さん」というソフトがあり、「暮しの手帖」が生まれていたんだ、ということ。そこに関わった人たちみんなの、花森安治像があると思うんです。ここに書いたことは、自分が見た舞台裏の一面、花森さんのほんの一部分に過ぎないけれど、何らかの形で書き残しておきたかった。文庫化を機に、花森さんのことを知らない若い人たちにも、ぜひ読んで欲しいですね。

唐澤平吉(からさわへいきち)
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著者近影

1948年生まれ。72年より「暮しの手帖」編集部に8年間在職。現在、「花森安治装釘集成」(限定版)の準備を進めている。長野県箕輪町在住。

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