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死刑と米国の人種問題

デュアン・バック死刑囚にはもうあまり時間がないかもしれない。米連邦最高裁判所は今週、1997年からテキサス州で収監されているバック死刑囚の量刑の再審理請求――同死刑囚にとって最後となりそうだ――を審理するかどうかを判断する。

 バック死刑囚の支援者らは量刑の判断で人種による思い込みが不利に働いたと主張している。同死刑囚が黒人であることを理由に死刑にされるというのだ。彼の犯した犯罪の事実関係を考えるとそれはこじつけだ。だが事件を歴史的に見れば、死刑をめぐる大きな課題が浮かび上がる。

 この量刑再審理請求を支える訴状や嘆願書ではおぞましい詳細はぼかされているが、犯罪事実に議論の余地はない。21年前、バック死刑囚は過去に交際していたデブラ・ガードナーさんの自宅に侵入し、銃を発射し始めた。数分のうちに2人(両方とも黒人だった)が死亡し、別の1人(やはり黒人だった)が重傷を負った。ガードナーさんがひざまずいて許しを請う間に、ガードナーさんの13歳の娘がバック死刑囚をとめようと背中に飛び付き、「デュアン、撃たないで、ママを殺さないで」と叫んだ。警察車両に乗り込んだ同死刑囚は警察官にこう言った。「自業自得だ」。

 死刑判決が下される予感はあった。2人が殺害され、犠牲者の1人は子供のいる女性だった。コカインで有罪判決を受けた過去があった。事件について反省も見られなかった。そしてなにより、事件はテキサス州ハリス郡で起きた。

 短期間の中断を経て米最高裁が死刑制度を復活させたのは1976年。それ以降、米国では1434件の死刑が執行され、このうちテキサス州は537件を占めた。ヒューストン都市圏にあるハリス郡ではテキサス州全体の24%に相当する126件の死刑が執行された(リベラル色の強いオースティンがあるトラビス郡は6件にとどまっている)。ハリス郡が州なら、死刑執行件数は全米でテキサス州に次いで2位ということになる。ハリス郡の検察は死刑制度に精通しており、豊富な資金力でそうした案件を遂行してきた。

 陪審団はすぐさまバック死刑囚に有罪の評決を下した。問題が起きたのは量刑手続きに移ってからだ。テキサス州では陪審員は死刑に関する法律に基づいて、被告が「社会にとって引き続き脅威となる暴力行為を犯す」可能性が高いかどうかを判断することが義務付けられている。1976年には最高裁がこの条項を問題視したものの、変更はされなかった。要するに、陪審員は被告の将来の行動を推測して、その生死を決めなければならないということだ。

 心理学者のウォルター・キハノ氏は弁護側から専門家として証言を求められ、バック死刑囚についてかっとなって犯行に及んだものの、今は模範囚であり、再犯の可能性は低いと証言した。だが、キハノ氏が作成した報告書にはバック容疑者の行動を説明する「統計的要因」が記載されていた。その1つが人種だった。キハノ氏は黒人であるという要因によって将来、暴力行為に及ぶ「確率」が高まると考えていた。

 検察はこの点について、反対尋問で「黒人という人種要因が込み入ったさまざまな理由で将来の危険性を高める」という認識は正しいかとキハノ氏に質問した。同氏は「そうだ」と答えた。

 キハノ氏からコメントを得ることはできなかった。2013年に同氏はCNNに対し「(検察は)この証言を取り上げてねじ曲げ、人は人種のせいで犯罪を行うかのように解釈しているが、ばかげている」と述べている。

 キハノ氏は単に不幸な真実を述べただけとの見方もある。ハリス郡などの都市圏では黒人同士の暴力犯罪がまん延している。ハリス郡の殺人発生率は白人では住民10万人当たりの3.1件だが、黒人では16.6件に跳ね上がる。したがって、黒人の人口が全体の12%程度のテキサス州で、死刑囚の43%が黒人であってもなんら驚くべきことではない。

 ただ、こうした事件には人種に関連した、さらに深刻で厄介な一面がある。非営利団体(NPO)の死刑情報センターのデータによると、1976年以降米国で執行された死刑のうち、72%は旧「南部連合」に所属しかつて奴隷制度を認めていた11の州で執行された。これらの州では人種問題への対処方法として私刑による殺人や処刑が日常的に行われていた。

 南北戦争が終わった1865年から1976年までにミシシッピ州で執行された死刑のうちアフリカ系米国人が占める割合は87%にも上った。南部全体の平均でも80%だった。南部で当時、死者が出ない犯罪で死刑にされたのは、白人を標的にした強盗や性的暴行で起訴された黒人がほとんどだった。だが、小説「アラバマ物語(原題:To Kill a Mockingbird)」で描かれたように婦女暴行事件の多くがねつ造だったことが歴史学者のこれまでの研究で分かっている。

 全米黒人地位向上協会(NAACP)の法的保護基金は数年前、バック死刑囚の裁判が行われた1990年代にハリス郡で死刑になる可能性のある罪で起訴された場合、人種がどのように影響したかについての調査を犯罪学者のレイ・パターノスター氏に依頼した。調査の結果、白人と黒人が似たような状況に置かれた場合、検察が黒人に死刑を求める可能性が白人の3倍に上っていたことが判明した。ただ、パターノスター氏は死刑案件でカギとなる要因、つまり犠牲者の人種は考慮しなかった。バック死刑囚の裁判に直接関わりがなかったからだ。

 犠牲者が白人の場合、被告が死刑になる可能性のある殺人罪で起訴され、死刑判決を受ける確率は犠牲者が黒人だった場合と比べてはるかに高いことはこれまでの研究で分かっている。ハリス郡のような地域では今でもそうだ。テキサス州刑事司法省によると、ヒューストン地域では黒人同士の殺人事件での死刑囚が多い一方、ハリス郡ではアフリカ系米国人の死刑囚の半数以上は白人殺害で有罪判決を受けている(確かにバック死刑囚も2人の殺害を認める代わりに終身刑に減刑する司法取引を提案されたが拒否したのだ)。

 同じく重要なのはハリス郡で死刑判決を受け、執行を待つ白人死刑囚は全員、白人殺害で有罪判決を受けたことだ。少なくとも死刑が検討される裁判では、白人の命は黒人の命より重みがあるということのようだ。

 変化の兆しはある。テキサス州では現在、246人の死刑囚が収監されているが、新たな死刑囚は減少しているようだ。1999年には48人が死刑判決を受けたが、2015年には3人だった。その中にはアフリカ系米国人も、ハリス郡で死刑判決を受けたものもいなかった。

 こうした変化については、死刑が求刑される裁判には多額のコストがかかるからなどさまざまな理由が挙げられている。しかし、2005年に成立した法律で仮釈放のない終身刑という選択肢が与えられたことが最大の要因だろう。今ではテキサス州の陪審団は求刑にかかわらず、この選択肢を利用している。

 バック死刑囚はどうか。2000年に当時のジョン・コーニン・テキサス州司法長官(現在は連邦上院議員)はキハノ氏が少数民族の危険性について証言した他の6件の死刑案件を挙げ、「(テキサス州の)刑事司法制度において要因として人種を考慮することは不適当」と指摘した。その結果、6人の被告のうち5人について量刑審理がやり直され、その全員があらためて死刑判決を受けた。しかし、バック死刑囚については、コーニン氏の後任のグレッグ・アボット氏(現在はテキサス州知事)はキハノ氏が弁護側の証人だったことを理由に新たな量刑審理に反対した。バック死刑囚は現在、証言に問題があったとして量刑のやり直しを請求しているが、弁護側が証言を求めたのだから同死刑囚の憲法上の権利は侵害されていない、という論理だ。

 あらためて量刑審理を開くことが認められても、バック死刑囚の死刑は執行されるだろう。ただ、キハノ氏の言葉が問題含みであったことや人種が死刑に影響した歴史を考えると、バック死刑囚にチャンスを認めないのは誤りだ。誰が誰のために証言したというような専門的な問題を超えて広い視野を持ち、正義を前進させることができるかどうかは最高裁にかかっている。

 オシンスキー氏はニューヨーク大学(NYU)史学科教授で、NYUランゴンメディカルセンターの医療人文学ディレクター。著書「Polio: An American Story(ポリオ:ある米国の物語)」は2006年にピュリツァー賞(歴史書部門)を受賞した。

By DAVID OSHINSKY

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