- 2016年04月15日 16:10
リベラル親中派?――豪州ターンブル政権の外交・安全保障政策 - 福嶋輝彦
2/2強調される対米同盟
2016年白書を一読して、1976、87、94、2000、09、13年と、これまで発表されてきた国防白書のパターンから大きく飛躍していることが容易に窺える。ベトナム戦争後の国際環境に対応すべく76年白書で打ち立てられた国防自助の精神が、13年白書ではそのトーンがかなり薄まったとはいえ、これまで国防戦略の一大原則として脈々と踏襲されてきたのに対し、この白書ではその記述が極端に減りごく軽くしか触れられていない。
自助に取って代わるように強調されているのが、対米同盟である。戦後オーストラリアの外交・安全保障政策の主軸は、保守連合と労働党の政権間で程度の差こそあれ、一貫して対米同盟であり、実際に第2次世界大戦以来アメリカが参加する戦争にはすべて派兵してきたが、それとは裏腹にこれまでの国防白書では、同盟国であるアメリカをことさら特別な存在として記述することは避けられてきた。ところが、2016年白書では巻頭の国防大臣の言葉の中で、いきなり国防戦略の中心として対米同盟が特記されている。
もう1つの大きな変化は、先に挙げた3つの国防戦略目標にすべて同等の比重が置かれていることである。87年白書で目標(1)に相当するオーストラリアの防衛に徹する大陸防衛戦略が確立され、東ティモール国際軍への派兵の教訓を受けて、00年白書で第2の優先順位として南太平洋、第3の海洋東南アジア、第4のアジア太平洋地域、第5のグローバルと、オーストラリアの国防戦略の優先順位が規定され、以後の09年、13年白書でもこの「同心円型」優先順位が基本的に踏襲されてきた。
これに対して2016年白書では、(2)で従来の優先順位第2位であった南太平洋に海洋東南アジアが併記され、しかも(3)のルール本位のグローバル秩序維持と並んで自国の国防と同等の優先順位が与えられている。そのことは、ますます自己主張を強める南シナ海・東シナ海における中国の一方的行動に対して、オーストラリアが明確に異を唱えていく、そして必要とあればアメリカや地域で価値を共有する諸国と密接に連携して対応していく、という意思を内外に宣言したと解釈できよう。それを裏付けるかのように、中国国防省は白書発表の日の夕刻には、南シナ海に関する記述に強い懸念を表明し、豪米同盟は冷戦思考を捨てるべきと、直ちに反発の意を示している。
日本との連携の重要性
このような国防戦略の中で、日本との連携の重要性もこれまでのどの白書にも増して強く認識されている。2016年白書の中での国別の言及回数は、アメリカ128回、中国53回、日本36回、インドネシア32回、インド24回の順になっており、日豪あるいは日米豪の連携が重視されていることが窺われよう。
実際白書が発表される10日ほど前に訪日したビショップ(Julie Bishop)外相は、東京での演説の中で、多極化する戦略環境の下での日本の役割拡大は、アメリカの対アジア・リバランスへの核心的かつ必要な補完であるとした。オーストラリアは現在、過去にない高みに達した日豪特別な戦略的パートナーシップの下、今後も共同演習などを長期的に発展させ、互換性を高めていきたい、と日本との連携をさらに深めていく意向を唱え、アボット政権時代から変わらぬ日豪連携への熱意を伝えた。
国防白書が対日連携に付した高い重要度を裏付ける演説内容と言えよう。とはいえ新規潜水艦の選定については、現在、日本・ドイツ・フランスが入札しているが、アボット政権の下で問題が政治化して、潜水艦のメンテナンス基地がある南オーストラリアの州都アデレードに、どのメーカーがどれだけの雇用をもたらしうるかが注目の的となってしまっているため、予断は許されない。
ルール本位のグローバル秩序維持
また対米関係においても不協和音がないわけではなく、2015年10月には海兵隊がローテーション配置されているダーウィンの港湾施設を、北部準州政府が中国のランドブリッジ社に99年リースする契約を結んだことが判明。アメリカに事前協議もなく戦略的に重要な決定がなされたことに対し、オバマ大統領自らターンブル首相に心外との意を伝えている。
これは州や準州の専管事項は連邦政府の外国投資審査委員会(FIRB)の審査の対象外であることの隙を突かれた形であり、州や準州による重要なインフラの外国民間企業への売却もFIRBの審査の対象に含めると規定が強化された。
また今年に入って米軍高官の間から、航行の自由作戦への参加を呼びかけたり、ダーウィンへのB-1戦略爆撃機のローテーション配置もありうるといった、オーストラリアに対中牽制への一層のコミットを求めるような発言が出てきているが、そのような声に対しターンブル政権は沈黙を守っている。
とはいえ、ターンブル保守連合政権が発表した2016年国防白書は、対米あるいは対日連携を通じて、ルール本位のグローバル秩序維持に努める姿勢を明確に打ち出しており、現在そして将来のオーストラリアの戦略環境に適切に対応した内容と各方面での評判も高い。最大野党である労働党も基本的に支持していることからすれば、今後もオーストラリアは開かれた経済、ルール本位の秩序といった価値を追求し続けるのは間違いなく、そういった価値を共有する日米といった地域のパートナーと協働していくものと見てよいだろう。
今週からターンブルは首相として初の訪中に出かけているが、千名にも上るビジネス使節団を同行することからも窺われるように、対中関係では経済面での協力を前面に押し出し、経済での対中関係、安全保障での対米関係の両立を追求しようとすると考えられる。
知のネットワーク – S Y N O D O S –
画像を見る福嶋輝彦(ふくしま・てるひこ)
オーストラリア地域研究
防衛大学校人文社会科学群国際関係学科教授。専門はオーストラリア地域研究、とくにオーストラリア政治、対外政策および日豪関係。オーストラリア国立大学より学術博士取得。主な著作に、「同盟か、市場か?:オーストラリアの対中アプローチ」『主要国の対中認識・政策の分析』(日本国際問題研究所、2015年)”Japan-Australia cooperation in humanitarian assistance and disaster relief”, Strengthening rules-based order in the Asia-Pacific: Deepening Japan-Australia cooperation to promote regional order, (Australian Strategic Policy Institute, 2014)など。現在オーストラリア学会代表理事。



