上機嫌になったり不機嫌になったり
「これは買収ではなく投資だ。私はシャープの100年の歴史と、イノベーションのDNAを尊敬している。創業者の早川徳次氏に敬意を表したい」
画像を見るホンハイの郭台銘会長(左)とシャープの高橋興三社長(右)。
4月2日、シャープ株の66%の取得契約に調印し、同社の筆頭株主に躍り出たホンハイ(鴻海)グループ会長の郭台銘は、両社の共同記者会見の場で盛んにシャープを持ち上げてみせた。会見の際、中国語ではなくあえて英語を用いたのも、日本メディアに与えるイメージを考慮してのことらしい。
「シャープのIGZO(液晶ディスプレー技術)は本当に素晴らしい。こちらを見たまえ。65歳の私の顔も、若者のように美しく見えるではないか」
背後にあるシャープ製の巨大モニターに目をやり、ジョークで場を和ませる。メディア嫌いの彼には珍しい上機嫌ぶりだ。隣に座るシャープ側の高橋興三社長が、記者の質問に淡々と答える様子とは対照的だった。
2012年に最初の出資計画をぶち上げて以来、郭の異常なまでのシャープへの入れ込みは、台湾メディアから「鴻夏恋(ホンシャーリエン、シャープへの恋)」と称された。「恋」の理由が、ホンハイの最大顧客であるアップル製品の製造に不可欠なIGZO技術にあるのは、会見における郭の言動からも明らかだ。
シャープ側は、同社のスマート家電を用いたIoT(モノのインターネット)分野でのホンハイ側との技術提携をアピールする姿勢を見せている。だが、郭は同社の白物家電やIoTにも一応の言及はしたものの、IGZOを語る口調と比べて見るからに熱意と関心が薄い。世紀の大型買収は、その船出から同床異夢を感じさせた。
「シャープのポテンシャルは大きい。私はそれをサポートしていきたい」
日本では今回、こうした郭の言葉をそのまま受け取り、ひとまず安堵のため息をつくような論調の報道も目立つ。
だが、一連のリップサービスの多くは「言うだけならばタダ同然」のことばかりだ。一方、会見中に郭が苛立ちを見せた質問が2点あった。
「交渉の最終段階で、ホンハイ側はシャープへの提示額を1000億円減額してきた。今後、さらに支払いを減らすことはないのか?」
そう尋ねた米ブルームバーグの記者を、郭は「質問の意味がわからない」とギロリと睨んで、3度目の質問でようやく「Not!(金額を減らすことはない)」と不機嫌そうに答えた。今しがた調印を済ませた契約内容について、言質を取られることを避けるのはいかなる意図ゆえなのだろうか。
「郭会長は自身の著書のなかで能力至上主義を強調してきた。あなたは今後、シャープの経営陣と従業員にどう向き合っていくのか?」
本誌記者の問いにも、郭は「タフな質問だ」とつぶやき表情を変えた。リストラの有無を重ねて尋ねると、彼は言葉を選びながら「最善を尽くし、同社の従業員には全員に残ってもらうようにしたい」と答えている。
ただし、こちらもホンハイグループが年間3~5%の従業員を「個人の業績」を理由に解雇している事実を示したうえでの発言だ。今後、「個人の業績」が上がらない人員の処遇に含みを持たせる表現だった。
郭は不機嫌になると、「You know?(わかりますよね?)」という言葉を盛んに挟む。無自覚的な癖だろうが、威圧的な印象を与える点は否めない。
――現代のチンギス・ハン。
台北郊外の街工場・ホンハイを1代で世界最大手のEMS(電子機器受託製造サービス)メーカーに押し上げ、130万人の従業員を擁する巨大帝国をつくりあげた郭に対して、台湾の大手経済誌「天下雑誌」が付けたあだ名である。事実、郭は1日16時間働くという自身のワーキング・スタイルや、自己犠牲精神をあらゆる部下に要求する。社内での「独裁」を公然と認める発言をおこなうなど、この異名がピタリと当てはまる人物だ。
4年越しのタフなアプローチの結果、ホンハイの傘下となったシャープの経営陣と従業員は、果たして帝国の一層の発展のために働き続けることができるのか。今後の推移を見守りたい。