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テレビ番組のガラパゴス化にはワケがある

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メディア戦略家・境治さんの「このままでは日本のコンテンツ産業もガラパゴス化してしまう」を読んだ。境さんにお目にかかるとこういったテーマで意見交換することも多く、「国内市場がシュリンクする中で映像コンテンツは海外展開しないとマズいんじゃない?」という主張には同意する。一方、私自身がここ数年、日本のテレビ番組海外展開の歴史的経緯を調査していることもあって感じるのは、日本のコンテンツのガラパゴス化は決して新しい問題でも想定外の状況でもなく、国際流通力が弱い内容にせよ、売り方にせよ、当然の帰結なのではないかということである。以下、日本の代表的な映像コンテンツであるテレビドラマを中心に記す。

 日本のテレビ番組が初めて海外に販売されたのは、記録を調べた限りでは1960年である。その当時、草創期にあった日本のテレビ関係者は自分たちの作った番組が海外で(特に欧米で)どのような評価を受けるか非常に興味があり、積極的に国際コンクールに出品し、受賞作には海外から購入の申し入れが来ることもあった。しかし、テレビ局が番組を海外に出す場合、商業ベースというよりは国際文化交流を目的として行うことが一般的で、番組交換という形を取ることも多かった。

 しかし、「ビジネスとしての海外番組販売」という発想がなかったわけではない。例えば1960年中盤、某キー局の社長は経営施策の1つとして「世界市場の開拓、そしてそのための製作・販売体制の検討」を掲げている。約半世紀も前に海外を市場として強く意識していた点は注目に値するし、今日でもよく指摘される課題、つまり、海外市場で番組を販売するためには日本でヒットした作品をそのまま売りに出すのではなく、現地の嗜好にあった作品を企画・製作する必要性があることに着目していた点は慧眼である。同時に、その課題が今日まで50年という長きにわたって改善されずにいるとすれば、その原因は「何らかの理由で改善することができない」か「そもそも改善する気がない」のどちらか(あるいは両方)ということではないかとも考えられる。

 1970年代になると日本の番組ブームがアジアの一部で起きる。タイでは一時期、放送番組の30%が日本からの輸入番組だったし、香港では日本のドラマが大人気で、特に『Gメン'75』が放送される夜は「香港の街から麻雀の音が消える」とまで言われた。しかし、これらの輸出実績に日本のテレビ局はほとんど関わっていない。アジア諸国に出されたドラマの多くは映画会社がフィルムで作る「テレビ映画」で、厳密には映画の一種であり、テレビ局がVTRで作る「テレビドラマ」とは海外に販売する際の権利処理が全く異なる。テレビ番組の2次利用に係る権利処理の煩雑さは非常に有名だし、境さんの記事でも言及されているが、対照的にテレビ映画の場合は非常に簡素化されている。劇映画が下火になる中、映画会社は新たな収入源の1つとしてテレビ映画の海外への販売に乗り出していた。

 ではテレビ局は何をやっていたのか。国内のテレビ産業が急成長し、広告市場の急拡大によって国内放送に伴う収入だけで十分な利益が生まれるようになる中、権利処理が面倒な上に確実な収益が期待できない海外番組販売に必然性を見出せなくなっていた。その後も1990年頃まではテレビ番組を海外に販売する際のルール(権利者にいくら支払うかなど)も決まっていなかった。

 1980年代には、改革開放路線を歩み始めた中国で日本のテレビ番組の人気に火が付き、山口百恵の『赤い疑惑』(これもテレビ映画)は社会現象になっている。この頃、中国に入ってきた日本の映像作品に描かれた物質的豊かさや生活様式は中国人を魅了し、中国人の日本および日本人観の好転に寄与したと言われる。日本側にすればほとんど儲けはなかったと思われるが、中国の潜在市場に期待する日本企業が提供する形で1980年代には40本弱のドラマ作品が中国で放送された。また、恐らく今日でも世界的に最も有名な日本のドラマである『おしん』は1980年代中盤以降、政府開発援助によって多くの国に無償頒布され、シンガポール、タイ、中国、イランなどでは実に80%近い視聴率を記録した。

 コンテンツビジネスという視点から見ると、その当時のアジアは収益性も低く、全く魅力に乏しい市場だったと思うが、現地の人々は日本のドラマに熱狂し、欲した。彼・彼女らにとってはそれがテレビ映画だろうとテレビドラマだろうと面白ければ良いわけで、どういうルートで入って来たかもどうでもいい話である。「日本は面白いドラマを作る国」という認識は広くアジアの視聴者に共有され、「日本のドラマ」の価値は「日本の電化製品」や「日本の車」のように高かった。国際マーケティングでいうところの「原産国効果」が発揮されていたわけである。

 1990年代になると台湾や香港を中心に『東京ラブストーリー』、『ロングバケーション』など、日本の若者向けドラマが大人気となった。その頃には国内のドラマ制作の主流は完全にテレビ映画からテレビドラマに変わり、海外に出される際もテレビ局主導が一般的になっていた。1960年代に局上層部によって描かれた海外展開のビジョンがようやく現実のものとなったわけである。テレビ局にすれば売り手市場で、特に販売努力をしなくても、それまでのアジア市場では考えられなかった値段で面白いように売れた「日本ドラマ・ブランド」の最盛期である。ところがその後、2000年代になり、日本のドラマはアジア市場で急失速する。内容も利便性も悪く、コストパフォーマンスが低いという評価が定まってしまった。通常、高価値なブランドは多少値段が高くても売れ続けるものだが、「日本ドラマ・ブランド」はそうではなかったということになる。

 今日でも台湾は日本のテレビ番組にとって最大の市場で、日本の番組を専門とするテレビチャンネルも3つある。2月に台湾で調査をしたのだが、日本のドラマは1990年代や2000年代初頭のものに比べて、夢がない内容のものが多く、台湾の視聴者受けしそうもないものが増えたという話を聞いた。そこでも「もう少し海外の視聴者が喜びそうな内容のものを作った方が良いのではないか」と言われた。最良の顧客にさえも質的に問題ありと思われているのが、今日の「日本ドラマ・ブランド」なのである。

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