- 2016年04月11日 00:00
【読書感想】偶然を生きる
1/2- 作者: 冲方丁
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
- 発売日: 2016/03/10
- メディア: 新書
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リンク先を見る偶然を生きる (角川新書)- 作者: 冲方丁
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2016/03/10
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内容紹介
人間は偶然というものに強い興味を抱く。そしてその偶然を解明し、なんとか秩序立てて理解したいという欲求を抱き続ける――。数々の文学賞を受賞した作家が明かす「物語」が持つ力、そして今、「人間」が持つ力。
『天地明察』の冲方丁さんが書いた、このタイトルの新書。
本のオビには「人生の攻略法は、この認識にある。」という言葉が。
うーん、何が書いてあるのだろう?と気になりつつ読みはじめてみました。
「人間は偶然に左右される」というような「人生論」なのかと予想していましたが、前半は冲方さんの「物語論」が書かれています。
冲方さんにとっては、「物語論」が、「人間論」であり、「人生論」なのだ、ということでもあるのでしょう。
もっと具体的な「僕が作家になるまで」みたいな内容かと思っていたのですが、かなり抽象的な話が続いて、正直、ちょっと面喰らってしまいました。
それと同時に、冲方さんは、「物語」という大きなものに対して、ここまで突き詰めて向き合ってきたのか、と驚きもしたんですよね。
冲方さんは、この本の最初のほうで、「人間の経験」を大まかに四種に分類しています(これは「冲方さん流のやり方」だそうです)。
第一の経験が「直接的な経験」――五感と時間感覚です。
第二の経験が「間接的な経験」――これは社会的な経験ともいえます。
第三の経験が「神話的な経験」――超越的な経験であり、実証不能なものがほとんどです。
第四の経験が「人工的な経験」――物語を生み出す力の源です。
これらの「四種の経験」の力関係が、人類の歴史とともに変化していることを踏まえつつ、冲方さんは「物語への向き合い方」を紹介しておられます。
いまの世の中というのは、文字による知識の継承が進んでいる一方で、身体を動かして「体験」する機会が少なくなったり、(とくに日本では)宗教的・神秘的な体験が否定されることが多くなり、第二・第四の経験に重きが置かれているのです。
そして、第四の「人工的な物語」には、社会において、多くの人間を共感させる道具としての役割があるのです。
権力者の側から見てみると、どの時代においても体制を運営するのは限られた人間だけですので、その権力者たちが描く物語によって社会が激変したケースは少なからずありました。たとえば江戸時代に、犬公方とあだ名された五代将軍綱吉が、ある日突然、「生類(生き物)を殺すな」と言い始めたことで、江戸の生活観は一変しました。このことにしても、「生類を大事にすることで良い世の中ができる」(この「生類」には、人間とみなされていなかった最下層の人々もふくまれていたといいます)という物語を綱吉が信じたことから始まったわけです。社会は本来、みんなが共有している第二の経験から構成されているのに、それとはまったく矛盾した第四の経験から、世の中をがらりと返る発令がなされた例だといえるでしょう。
民衆の側から見てみると、たとえばアメリカの南北戦争においては、「奴隷を解放すれば社会は豊かで正しくなり、みんなが幸せになれる」という物語がつくり上げられました。実際は、さまざまな文化的、経済的な事情があって戦争が起きていたのに、ある日、本質とは別のところで物語がつくられ、それがさまざまな価値観を集約することとなった。そして、「奴隷は解放されるべきだ」という正義に大勢が共鳴していったのです。
人間とか世論とかいうのは、案外「物語」(=フィクション)によって動くものなのだな、と僕が感じたことのひとつに、海堂尊さんの『チーム・バチスタの栄光』からはじまる一連の医療ミステリの大ヒットとAi(オートプシー・イメージング:死亡時画像診断)の普及があります。



