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- 2016年04月10日 19:24
学ぶ時間をどうつくるか
2/21.学ぶ時間は細切れにしてはならない
これが、第一の原則である。スキマ時間に学べる事には、限りがある。断片的記憶はすぐに忘れやすい。だから、集中して時間をとることが必要なのだ。それを、何日間か継続すること。もし週1,2回しかとれないならば、何週間か継続する。また、本を読むときは、同じ分野のものを何冊か続けて読む。これはわたしが恩師から教わった事でもあった。
思考の成果の質は、集中して考えた累積時間に正比例する。集中できる1時間を2回確保するのと、5分間のスキマ時間を24回分つかうのでは、まったく結果の質が異なる。この原則を理解した方が良い。
2.学ぶ時間は自分で自分を予約する
いいかえるならば、「この日この時間は、学びのためにつかうぞ」と、カレンダー上であらかじめマークしておくのである。学びを、余った時間の中でやろうとしてはいけない(決して余らないからだ)。このやり方を、わたしは同僚のA氏に習った。時間の「天引き」という面白い表現を使う人もいる。給料の天引きと同じように、そこはもう自由裁量の中に入れないのだ。これを実行するのに一番良いのは、先生について、先生の時間を予約することだ。そうすれば、自分の都合や気分だけでは簡単に変えられなくなる。あるいは、勉強会のような仲間との時間でもいい。一人だけでどうにかしようとするから、結局時間が確保できなくなるのだ。
3.学んだ時間を記録する
つまり、日誌をつける、ということだ。日誌は「日記」ではない。自分の時間の使い方、その実績を記録するのが日誌だ。そこに予定時間と実績時間を記録すれば、なおいい。こうすることによって、(空想ではなく)現実の自分を知ることができる。念のために書くと、これはちょっと恐ろしいよ。“俺ってこれだけしか役立つ時間をつかっていないのか”と、分かってしまう。食べ過ぎた後で体重計の上にのるようなものだ。だが、事実を見ることからしか、改善はスタートできない。わたしは日誌をつける事を、自著『時間管理術画像を見る』 (日経文庫)にも書いたし、いろいろなところでおすすめしている。日誌は一種の、時間の家計簿である。時間管理を上手になりたかったら、記録し対面することが不可欠だ。
ただし、時間管理の目的は、時間に吝嗇になる事ではない。それは「何もしない」時間をつくること、いいかえれば、学び考えるための時間を自分につくってあげること、である。その点を間違えてはならない。
最後に、わたし自身の体験をすこしだけお話ししよう。
わたしは2007年に、博士号の学位をとろうと、心に決めた。その動機については、いつか別の機会に書くこともあるかもしれない。テーマはPMである。
そのために社会人大学院に通うという方法もあったが、そうではなく、自分一人で論文をかく、論文博士の道を選んだ。これは、学位取得が会社の命令ではなく、まったくのプライベートの意思だったからである。そのため、平日に大学に通うなどもってのほか。すべて土日と、夜の時間にやるしかなかった。
ただしまったくの我流、徒手空拳ではさすがに難しい。月に一度、大学の先生のところに夜かよって、指導してもらうことにした。予約の時間はたいてい夕方6時半か7時である(まったく迷惑な人間だ^^;)。そして、自分が調べ考えたことを説明し、ディスカッションしてもらう。1回に1時間半程度。それから、学会誌の論文の書き方も指導してもらった(最低でも2本以上ないと、学位審査は通らないのだ)。
これを実行するために、自分用の時間記録のツールをあらたに作った。Excelマクロで、改良しながら今も使い続けている。日誌は以前から書いていたが、こちらはToDoリストと会議出張等の予定時間管理を融合させたツールである。
最初の1年は、インプット学習とアイデア創出だった。
次の1年は学会誌の論文投稿。つまりアウトプット学習である。
(言い忘れたが、学びには「インプット学習→アウトプット学習」の二段階がある。最初は知識を獲得し、つぎにそれを自分で使ってみて、はじめて身につくものだから)
最後の1年は学位論文の総まとめと執筆だった。3年目は勤務先でアルジェリアのプロジェクトにアサインされたり、法政大学の非常勤講師を依頼されたりして、けっこう繁忙だったが、なんとかやりとげることができた(まあ、ラッキーだったと思う)。
この間、わたしはできる限り、毎日机に向かうことを自分に課した。できれば一日1時間。酒を飲んで帰ってきた夜も、たとえ10分でも机に向かう。このために睡眠時間を削るのは本意ではないが、たぶん平均30分程度は減っていたと思う(わたしは7時間眠るのが理想だが、平日は6時間半が平均で、このときは6時間程度だった)。ほかに、自分がついムダに時間を使ってしまう「時間どろぼう」を見つけては退治し、やりくりしていた。
では、学位を取って、何かいいことがあったか? 会社のポジションや給料が上がったか? 答えはNOである。だってプライベートなチャレンジだったのだから、それは最初から承知の上だ。ただちょっと驚いたのは、博士号が会社の奨励資格リストに入っていないことだった。PMP資格を取得したり、TOEICで良い点を出すだけだって、奨励金が出るのに、ドクターは価値ゼロなんですかと、エレベーターで鉢合わせた人事部長にイヤミを言った記憶がある。
ただ、それでも学位取得後は、不思議な巡り合わせがいくつかあって、研究部会をはじめたり、出張先で思わぬ出会いがあったり、部署がかわったりと、公私ともにそれなりに大きく変化したのは事実だ。それが資格に直接関係するとは思わない。だが、自分の得た学びに、なにか機縁があったらしいと感じるのだ。それは学びの修了ではなく、新たな学びへの出発点だった。それと、家族の理解と精神的なサポートもあったことも特筆しておこう。
そうだ。だから、大事なことを最後にもうひとつだけあげておく:
4.応援してくれる仲間や家族をもつこと
一人だけで、学びは達成できない。わたし達は、お互いに成長を支え合うべき存在なのである。
<関連エントリ>
→「見えない壁に突きあたった中堅エンジニアが学ぶべき、三つのこと」 (2016-04-04)
→「自分自身を予約する」 (2010-07-22)



