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シリアを“実験場”にしたロシアの矛盾 プーチン大統領のシリア撤退演説を読み解く(後編) - 小泉悠

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前回はシリアからのロシア軍撤退を宣言するプーチン大統領の演説を通じ、ロシアの対外的な姿勢を読み解いた。

 続く今回は、演説後半を見ていきたい。前半とはややトーンを変え、国内向けのアピールが強く現れているのが特徴である。

(翻訳)

 尊敬する同志諸君! 諸君らは、強力で、近代的で、よく訓練された軍及び艦隊、そして最も大規模かつ困難な任務を遂行しうる強く賢い歴戦の勇士が我が国にあることを証明した。

 対テロ作戦の期間中、9000回以上の戦闘飛行が実施された。2つの海、すなわちカスピ海と地中海に展開した艦隊の水上艦艇及び潜水艦からは、1500kmの射程を有する精密巡航ミサイル「カリブル」による大規模攻撃がテロリストの施設に向けて行われた。我々は、我が乗組員たちのプロフェッショナルな活動を誇りに思うものである。

 長距離航空部隊及び戦略航空部隊も卓越した働きを示した。ここには、射程4500kmの新型空中発射巡航ミサイルKh-101の使用が含まれる。そして、すでに述べたように、シリアには短期間で近代的かつ効果的な防空システムが展開され、全ての部隊及び手段の間で連携が取られ、部隊集団の兵站が組織された。軍事航空部隊と海軍の輸送部隊は見事な働きを示した。

 補給と軍事活動地域における我が部隊集団の戦闘活動の組織化に関する全ての最重要課題は、緊密、知的かつ現代的に解決され、ここでもロシア連邦軍の能力が質的に強化されたことを明らかにした。

(翻訳ここまで)

 この箇所でプーチン大統領は改めて軍の働きを高く評価している(ちなみに「軍及び艦隊」というのは別段空軍を無視しているわけではなく、空軍がなかった時代以来の伝統的な呼び方である)。特に重視されているのが、海軍と航空宇宙軍による精密巡航ミサイル攻撃だ。プーチン大統領の発言に登場するカリブルとKh-101はいずれもロシア軍で配備が進んでいる最新鋭巡航ミサイルであり、実戦投入は今回のシリア作戦が初であった。

 一連のシリア空爆においてはロシア軍が依然として無誘導爆弾による無差別爆撃を行っていることが話題になったが、こうした数にものを言わせるローテク軍事力に加えて、ハイテク軍事力が行使されたことも見逃してはならない。これまでロシアが関与したチェチェンでの紛争やグルジア戦争では、こうした精密攻撃兵器を実戦投入することはできていなかった。

シリアでハイテク作戦能力発揮したロシア軍

 巡航ミサイルやそれを搭載するプラットフォーム(艦艇や爆撃機)の調達が進んだことに加え、これらを支える宇宙偵察システムや航法衛星システムなどの宇宙軍事インフラが機能を回復したことで、シリアにおけるロシア軍は一定のハイテク作戦能力(もちろん欧米に比肩しうるものではない)を発揮することができた。ウクライナ紛争は民兵や特殊部隊を活用するいわゆる「ハイブリッド戦争」であり、やや性質が異なるが、ロシア軍はウクライナ国境の内外から高度の電子戦を実施していることが知られている。

 このほかにもロシア軍は少数ながら衛星誘導爆弾などの精密誘導兵器を投入しているほか、最新鋭の防空システムや戦闘機、電子妨害システムをシリアに展開している。また、最新型の戦術ミサイル・システムである「イスカンデル」がシリアに秘密裏に配備されているのではないかとの観測が以前からあったが、最近、それらしき写真がネットに出回り、にわかにその信憑性が注目を集めている。

 このように書くと、シリアはまるで新兵器の実験場ではないか、という若干不謹慎な感想が浮かぶが、これに続く箇所でプーチン大統領はほぼそのような意味のことを自ら述べている。

(翻訳)

 本日は、国防産業コンプレクス(訳注:軍需生産を行う企業群をロシア語でこのように呼ぶ)の労働者、技術者、設計官らの代表者諸氏にも感謝を申し上げたい。現代的なロシアの兵器は、演習場ではなく実際の戦場において成功裏にテストされた。これは最も厳しく過酷な試験だ。

 このような経験により、我々は必要な修正を行い、装備の有効性と信頼性を向上させ、新世代兵器を開発し、軍を改善し、その戦闘能力を強化することができる。これこそが信頼性のある安全保障を確保するものであることは歴史が証明している。

(中略)

 もちろん、シリアにおける軍事作戦は相応の負担を必要とした。しかし、その大部分は国防省の物資であり予算である。すでに2015年の国防省予算には訓練及び戦闘準備のために330億ルーブルが割り当てられていた。我々は単にその予算をシリアにおける部隊集団の支援のために付け替えただけである。演習の方が実際の戦闘活動より訓練効果に優れるなどと考える者は居るまい。このようにしてみれば、燃料や戦闘用予備物資を、演習場ではなく戦場で使って良かったということになろう。ほかでもないプロの諸君はこの点を理解している筈だ。

 もちろん、シリアで使用された我が軍の弾薬、武器、装備品、整備用品を増派するためには追加支出も必要であった。これらの支出は当然であり、また必要なものでもあった。というのも、戦闘環境下において使用された多くのものが実際的に検証され、その問題を発見して除去することができたからだ。これは我が国の国防力を強化し、ロシアの安全保障に関する戦略的及び当面の課題を解決するための支出であった。将来、高い代償を支払わなくてもいいように、我々は今できることをしなければならない。

(翻訳ここまで)

実験場にされたシリア

 ここでのポイントは主に2つある。

 第1に、シリアが新兵器の実験場であると大統領自身が半ば認めている点である。

 昨年11月、トルコによるロシア空軍機撃墜を受けてロシアがS-400防空システムを配備した際にも、軍は「旧式のS-300ではなく最新鋭のS-400を持ち込んで実戦環境でテストを行いたい」とプーチン大統領に直訴したとされる。プーチン大統領の演説からは、ロシアがS-400に限らず、最新鋭兵器全般に実戦経験を積ませる貴重な機会としてシリア紛争を認識していることが窺われよう。プーチン大統領自身も述べているように、実戦での証明を経た(いわゆる「コンバット・プローブン」な)兵器は、演習ではわからない様々な問題点を洗い出すことでより実用的となり、武器輸出市場においても有利とされる。

 プーチン大統領はここで「将来の代償」を払わなくてもいいように平時から兵器開発を進めなければならないと述べているが、ここで引き合いに出されているのは(本稿では割愛)、第二次世界大戦当時、ドイツの優秀な軍事技術に対してソ連が苦戦した経験である。ロシア語には思わぬテクノロジーのギャップによって軍事的に盲点を突かれることを示す「技術的奇襲」という言葉があるが、そのような言葉が生まれるほどに独ソ戦緒戦の敗北はロシアに深いショックを与えた。そのようなことにならないために、あらゆる機会を捉えて軍事技術の進歩を図らなければならない、というのがプーチン大統領のここでの主張である。

 第2に、シリアでの実戦はロシア軍の練度を向上させる訓練効果があるとしている点で、シリアが新兵器の実験場であるという以上に身も蓋もない。ただし、これはかなりの額に上ると見られるシリアでの戦費を正当化する意味もあるように思われる。

 プーチン大統領によると、シリア戦費は本来の訓練予算330億ルーブル(の全部ではないだろうからその一部)プラス「追加支出」とされている。その総額は不明だが、各種の推定では1日あたり200万ドルから800万ドル程度掛かっているとされ、これに基づけばこの半年間では3億6000万ドルから14億4000万ドルほどになる。

 これだけの戦費を捻出するのは現在のロシア経済にはそれなりの負担であったはずだ。実際、2016年度の国防費は総額こそ当初の計画と大きく変わらないものの、軍向けの予算を1770億ルーブルも削り、代わりに「国防に関するその他の諸問題」という使途のよく分からない項目が1600億ルーブルも増額されている。おそらく、この一部がプーチン大統領のいう「訓練予算から戦費への付け替え」なのだろう。

 だが、これだけ軍の本体予算が削られれば、おそらく装備調達や軍事施設整備、訓練などの一部にしわ寄せがいっている筈である。こうした軍の不満に対して、「まぁまぁ新兵器のテストにもなるし、訓練にもなるからいいじゃないですか」とプーチン大統領がなだめているようにこの箇所は読めなくもない。だが、その「いい訓練」が多くの命を奪っている以上、もう少し言い方はなかったものだろうか。

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