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なぜ待機児童問題の議論は難しいのか〜ニコニコ生放送「父が考える、保育園問題」から

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■子ども・若者政策の優先度が上がらない理由

西田:あえて極端な話をしてみたいと思います。もちろん潜在的にはもっと多いと指摘もされていますが、待機児童数の「2万人」って、社会問題のボリュームとしてはそれほど多くないのではないかという考え方もあると思いますが、いかがでしょうか。

たとえば、若年無業者という働くことができない若者の存在が知られていますが、50〜60万人という規模なんですよね。これは15歳~34歳までの数字ですから、39歳までを含めると、200万人に達するという試算もあるくらいです。ゼロの数が違う。

このように、現代社会において、社会問題は数多に存在しますが、そのなかでなぜ待機児童問題のプライオリティを高いと考えなければならないのでしょうか。

駒崎:僕は、子ども・若者って、カテゴリーの中では一緒のところにあると思っているんです。それらが予算を取り合うのではなく、枠自体を広げようというのが、僕の提案です。

そういうことを言うと、「財源はどうするんだ」という反論が必ず来るのですが、「3万円を1000万人に配る」というような単年度の景気対策として毎年のようにやっているわけですから恒久財源として捻出できないことはありません。それ以外にも、例えば日本の相続税率はベルギーの半分です。控除もたくさんありますから、相続税がかかる範囲を広げるだけで、1兆円くらいは捻出が可能です。

そのような”小さい増税”をしていくことで、若者や子ども達に再配分していくことができるわけですから、そこは知恵を尽くしてやっていこうと。そのためにも、政治の中で優先順位を上げてもらわなければいけません。

:「ボリュームが多くない」という問題ですが、例えば、東京都議会議員のおときた駿さんがブログで指摘しているように、障がい児の親は、障がい児のための政策にずっと向き合っていくわけです。議員への働きかけなど、政治な行動も継続的にやっていくと。だからこそ障がい児向けの支援・整備は着々と進んでいくわけです。

それに比べ、「育児」というのは、ある一時期を過ぎれば終わってしまうんですよね。たとえば10年間にわたって待機児童問題の当事者になる親はそれほど多くないでしょう。そういうことも、なかなか改善が進まない大きな理由だと思うんです。

駒崎:社会運動論的に言えば、例えば身体障がい児の親同士だったら、業界団体があったりして、連帯もしやすいんですけど、0歳児の親と高校生の親は同胞という意識が形成されづらく、連帯がないんです。今回は「保育園に入れなかったという親たち」、今回は「学童に入れなかった親たち」という具合に、課題ごとに分断されてしまい、リンクできていないんですよね。

東さんのご指摘の通り、親たちにとって、問題が2年~3年単位で移行していってしまうがゆえに、喉元過ぎれば…ということで、大きなムーブメントにはなりづらいんです。ですから、非当事者も関わっていくことがすごく重要です。

:基本的に、子どもがいない人達というのは、この件に対して非常に冷淡ですよね。それに対して「国全体の問題なんだから考えろ」と言っても、「もっと考えなきゃいけないこといっぱいあるよね」という反論が来てしまう。待機児童問題の切実さについて、「子どもがいない君たちも理解して」と言うのは、今の社会構造の中では、とても難しいことです。

それだけでなく、「結婚した方がいいよ」とか「子供をつくった方がいいよ」ということも、ポリティカル・コレクトネスに反するわけで、もはや言えないわけですね。そういう世界において、待機児童問題を非当事者に向けて広げていくっていうのは、なかなか難しいだろうなと思います。

西田:もうひとつ、増税と絡めて論じるのも連帯の観点からいえば疑義を感じることがあります。財源を考えたときに、お子さんをお持ちでない人達からすると、当然、増税には負担感が出てくる。「なんで、自分達には子どもがいないのに負担しなくちゃいけないんだ」と反発してしまう。感情を契機とする連帯すらも難しいのではないかとも思えてきます。

:僕は1971年生まれなのですが、同世代で結婚している人の割合はすぐに見つかるのに、子供がいる人とそうでない人はどういう割合なのかは、調べてもデータがなかなか出てきません。それは今回のような議論をする上で、ものすごく重要だと思っています。

つまり、子どもを持っている人が多数であるならば、国全体にとっても子ども対策が必要だという議論がしやすいですし「子育てを支援するために、子どものいない人からも税金を取るよ」という意見も言いやすい。でもそうでなければ、当然、数として負けていくわけですよね。

そうすると、0歳児や子どもにも、架空の選挙権を与えて、親が代理で投票出来るという制度でも導入しない限り、子どものいる人達の投票だけでは政治を動かせないと思うんです。少子化がある段階まで達すると、必然的にそういう状況になってしまいます。

駒崎:今のように人口ピラミッドが逆三角形になっている状況は、人類が史上体験したことのないことなんです。民主主義って、人口ピラミッドが三角形だった時にこそワークしていた仕組みで、長期的な利益を優先して、短期的には損をしてもいいよねという決断がしやすかった。若者が多ければ、「将来、俺達が年を取った時に有利になるように」という、長期的な視点を持ちやすかったんです。

ところが人口ピラミッドが逆になり、高齢者層がマジョリティーになると、「50年後のことは知らんがな」と、この5年後、10年後のことが良ければいいというような短期的な合理性が最大化してしまう。これが今の社会全体の意思決定の仕組みになってしまっています。

:日本って、ずっと「若者文化」が注目され続けている国なんですよね。それはつまり、マーケティング的にも、文化的にも、若者が多い時代の成功体験ゆえなんですよね。その感覚がまだ抜けていないので、20代女性が「流行の先端」だとみんな思っている。でも合理的に考えれば、若くない人達に焦点を当てた方がいいんですよ。

実際、独身男性の消費規模が非常に大きくなっていますから、これからはむしろ、20代女性ではなくて、50代独身男性だと広告代理店の人も言ってるんです。恐らく、メディアも広告代理店もそういうことに薄々気がつき始めています。

つまり、どんどん減っていく若い人達に注目することは、ほとんど得にならない。政治の側は今も一応「若者の投票率アップ」「若者にウケる政策」などと言ってはいいますが、本音のところでは高齢者を取りに行ったほうがいいんですよね。

西田:日本の戦後の社会保障の設計図は、もともとGHQの社会福祉指令を起点にしています。当初は、「高齢者介護」は入っておらず、戦傷者などに対する施策が中心でした。

そこから時代が変わっていく中で、高齢者向けの社会保障が整備されていくなど、人口動態の変化を先読みする形で、場当たり的に改善してきたという背景があるんですよね。そういう意味では、若者や子どもに特化した施策が出始めたのは、ここ15年くらいのことですね。

:これは絶対に不可能ですが、思考実験的に言えば、「60歳以上は選挙権停止」くらいやらないと劇的には変わらないと思います(笑)。若者に「選挙行こう」と言って、いくら投票率が上がったってダメなんですから。

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