記事

待機児童対策に近道なし 保育士の待遇改善が鍵 - 小林美希 (労働経済ジャーナリスト)

3月28日、厚生労働省が「待機児童解消に向けて緊急的に対応する施策について」を発表した。2016年4月に保育園に入園するための審査が通らなかった親の匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」が話題を呼び、共感する保護者や保育現場などの声が広がったことで、政府は対応に迫られた。この緊急対策は果たして効果の出るものなのだろうか。国が示した対策のポイントを解説してみたい。

定員増を狙った規制緩和

 まず、緊急対策は「規制の弾力化・人材確保」をうたい、規制緩和による定員増を目玉としている。もともと児童福祉法のなかで保育士の人員配置や面積基準について、国は最低基準を定めている。それを上回る基準を設定している市区町村に対して、一人でも多くの児童の受け入れを要請している。人員配置でいえば、0歳の子ども3人に対して保育士1人(以下「3:1」)、1~2歳は「6:1」、3歳は「20:1」、4~5歳は「30:1」という最低基準がある。

 ただ、この最低基準が戦後に決められたまま、ずっと変わっていないため、それでは安全に子どもを預かり、きちんと発達を促す保育ができないと判断する自治体は、例えば、国基準では1~2歳が「6:1」でも、自治体独自に「5:1」にするなど基準を引き上げ良い保育を目指す努力をしている。それを今回、国は「最低基準ギリギリでやって一人でも子どもを詰め込め」としたも同然の対策を打ち出した。

 そして、次に目玉となっているのは、0~2歳を6~19人の幅で預かる「小規模保育園」の規制緩和だ。2015年度から始まった「子ども・子育て支援新制度」では、待機児童の多い0~1歳の預け先として、認可保育園より保育士配置や面積の基準が低い「小規模保育園」をスタートさせた。

 これには3つのタイプがある。認可保育園の分園という位置づけのA型は、保育士の配置基準の全てを保育士で満たさなければならないミニ保育園と呼ばれるものとなる。中間型のB型は配置基準のうち保育士は2分の1以上で良い。家庭的保育とされるC型は全員が一定の研修を受けた「家庭的保育者」(無資格者)で良い。

 それらの小規模保育園の定員を拡大して、22人まで受け入れて良いとされた。そして、小規模保育園に入ると本来は3歳で他の認可保育園などに転園しなければならないが、実際には空きがなく預け先が見つからない「3歳問題」が発生しているため、国は小規模保育園でそのまま3歳以降も受け入れて良いとした。

異年齢保育を実施するには保育士に高いスキルが必要

 0歳と1歳、2歳でもそれぞれ発達に応じた遊びや生活の差が大きい。ましてや3歳、4歳、5歳が同じ部屋でずっと生活するのは現場から見れば現実的ではない。一般的に、異年齢保育を実施するには保育士に高いスキルが必要とされているため、ただでさえ有資格者の少ない小規模保育園で乳児と一緒に幼児を預かるのは、「ただ、預かるだけ」で、それぞれの年齢に応じた発達を促すことが難しくなるのではないだろうか。

 詰め込み保育の状況を親が見れば「こんなところに預けて大丈夫だろうか」と悩み、結局は、転園を考えるか、転園できなければ母親が仕事を辞めるケースが目立ってきている。

 そして、直接的な預け先の3点目の施策として「一時預かり事業の活用」がある。一時預かり、一時保育というものは、就労を目的としない冠婚葬祭やリフレッシュなどの目的で子どもを一時的に預ける制度となる。虐待予防や早期発見にもつながるとして、既存の保育園の一室だったり、NPO法人の運営する保育事業のなかなどで行われている。これも急場をしのぐには効果がありそうだが、もともと赤字になりがちな補助金の水準だということで、積極的には展開されていないため、焼け石に水となりそうだ。

 その他、保育コンシェルジュの設置促進、企業内保育所のコーディネーターを配置するという項目もあるが、既存の施策で真新しいものではない。企業内保育所といっても、企業のなかにある保育所は少ない。厚労省のまとめでは「事業所内保育施設」とされ、2015年3月時点で4593カ所あるが、そのうち2811カ所が病院内保育所となる。

 利用している児童の数も、看護師などが預ける病院内保育所のほうが圧倒的で5万5560人、他の事業所内保育所の利用人数はわずか1万8000人程度だ。自宅の近くにそうした保育所があれば良いかもしれないが、当たりは少ないだろう。

 そして、「認可保育園」の増設のために、緊急対策では、認可外保育園の積極的な認可化をうたっている。これは、待機児童としてカウントされる認可外保育園が認可になることで、人と運営主体そのものは変わらないけど、数字上、待機児童が解消されるマジックに過ぎない。

懸念される質の劣化

 さらに、恐ろしいのは、厚労省の資料に小さく書かれている項目だ。「認可基準を満たす施設の積極的認可」のなかで、「是正を要する事例」として、「認可の条件として法人の実績や職員の経験年数等を必要以上に求め、新規参入を事実上困難にしている事例」と書かれている。

 これは、「企業の新規参入を促すために、今まで保育園を運営した実績がなくても良いですよ、保育士不足でベテランや中堅を雇うのは難しいでしょうから新人ばかりでも構いませんよ」という意味だ。素人集団の保育を認めることに、恐怖を感じないだろうか。たちまち質は劣化し、保育士もバーンアウトして辞めていくだけだ。

 国は、企業の参入の積極展開を狙っているが、もともと労働集約的な業界で人件費比率が7~8割かかる保育事業に本来、利益を求めるメリットは薄い。しかし、企業が人件費を抑えるだけ抑えてそこから利益を求めるケースが目立っているため、若い保育士が使い捨て状態だ。共産党の横浜市議団が調べた横浜市内の民間の認可保育園の人件費比率が裏付ける。同市議団の調査では、2010年度、11年度の人件費比率は、社会福祉法人の平均は71.9%、70.7%だったが、株式会社平均は53%、53.2%と低くかった。株式会社のなかには、42.2%まで人件費比率を抑え込んでいるケースがあり、そうした企業が運営する保育園ではすぐに保育士が辞めていったという。

 緊急対策では、その他、保育士の業務負担軽減のためのICT化の推進、保育補助者雇上げ支援等の推進、短時間正社員制度の推進、保育士の子どもの優先入園なども挙げられているが、一切、新たな予算は組まれていない。

 国はこれまで、コストがかかることを嫌って待機児童問題にきちんと向き合わず、2000年以降、予算をかけずに規制緩和で解消する方法をとってきた。これは、保育所を利用する世代の雇用の問題と重なる。今、共働きを必要として保育所を利用したい年齢層は、就職氷河期世代に当たる。この世代は、雇用の規制緩和で不安定になり、切迫した状況で預け先を求めているが、その子どもは保育の規制緩和で劣悪な環境に置かれてしまう。

 最低基準を緩和すれば、子どもの安全は守れない。保育園での死亡事故は、例年、認可保育園より基準が手薄い場合が多い認可外保育園で多く起こっている。厚労省の調べでは、2015年度の死亡事故は、認可で5件、認可外では12件に上った。取材を通して、多くの親たちから「どこでもいいから預けたいわけではない。保育の質も考えて欲しい」という声が聞こえている。

今すべきは保育士の待遇改善

 待機児童の解消に近道はない。今すべきは保育士の待遇改善だ。労働条件と労働環境の改善なくして保育士の離職は止まらず、潜在保育士(資格を持ちながら働いていない)が現場に戻ることはない。現在、約40万人の保育士が保育園で働いている一方で、約60万人もの潜在保育士がいる。厚労省によれば、保育士の離職率は公立も私立も含めた平均は10.3%だが、経験年数2年未満の私立では17.9%にも上る。若いうちの離職が激しく、経験年数7年以下の保育士が約半数となっている。離職の1番の理由は「給与が低い」だ。

 厚労省「賃金構造基本統計調査」(2014年)によれば、全産業の平均月給は29万9600円の一方、保育士の月給は21万3000円に留まり、約8万6000円も低い。これをもし、月5万円アップを図っても、単純計算でも予算は2400億円で済む。保育士が増えて、待機児童も解消され、親も働くことができれば、決して大きな予算ではない。政治が判断すれば、すぐにでも実現できることだ。

 そして、忘れてならないのは、人員体制の強化、つまり、配置基準の引き上げ、規制の強化だ。保育士の離職理由の2位が「仕事量が多い」となっている。人手を増やすことも賃金アップとセットで考えなくてはならない。働きやすい現場になってこそ、離職が減り、潜在保育士が戻ってくるはずだ。今回、国が行う対策はまるで逆で保育士をよりいっそう疲弊させ、悪循環を生み、現場を危機的状況にさらすだけだ。現場の声にもっと耳を傾け対策を講じなければならないのではないか。

 賃金と人員体制という待遇改善なくして、保育所の定員増の根源となる保育士増は望めない。規制緩和が保育の質の劣化を招く可能性は高い。この状況に、母親ほど「預けられたのは良かったけれど、こんなところに子どもを置いていっていいのだろうか」と悩み、仕事を辞めるか真剣に悩んでいる状況だ。机上で数字合わせをすれば、規制緩和は予算もかけず、「おいしい」方法かもしれないが、そのしわ寄せは最終的に子どもにくる。大人の都合で保育の施策を考えては、関係する誰も活躍などできない。

あわせて読みたい

「保育園」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ブラタモリに失望 忘れられた志

    メディアゴン

  2. 2

    立民議員の官僚叩きに批判が殺到

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  3. 3

    官邸前ハンスト 警官と押し問答

    田中龍作

  4. 4

    任命拒否 学者6名に無礼な菅首相

    メディアゴン

  5. 5

    上野千鶴子氏 任命拒否に危機感

    女性自身

  6. 6

    元民主・細野氏らデマ拡散へ揶揄

    文春オンライン

  7. 7

    日当7万円 公務員と比較したのか

    橋下徹

  8. 8

    机叩き…橋下氏語る菅首相の会食

    ABEMA TIMES

  9. 9

    高級車雨ざらし カーシェア破産

    SmartFLASH

  10. 10

    国に従わず支援求める朝鮮学校

    赤池 まさあき

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。