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葦の髄から時評vol.19  「婚姻の自由」――日本の議論で見落とされがちな本質

ジャーナリスト/編集者 東 晋平

「世界でもっとも影響力のある100人」

 過日、アメリカ大使館主催の講演会でエヴァン・ウォルフソン氏のお話を聴いてきた。テーマは「婚姻の自由――米国におけるLGBTの権利と世界の動向」。
 エヴァン氏は弁護士。「Freedom to Marry」の創設者にして代表で、米国における同性婚合法化に大きな役割を果たしてきた人物だ。タイム誌が選ぶ2000年の「世界でもっとも影響力のある100人」にも選ばれている。
 2015年6月、米国の連邦最高裁は「同性カップルが結婚する権利は法の下の平等を定めた米国の憲法で保障され、これを禁止する法律は違憲である」という判決を出した。これによって米国のすべての州で同性婚が合法となった。
 エヴァン氏がハーバード大学法科大学院で同性婚の自由に関する論文を書いたのは1983年のことだったという。講演で彼は、それでも自分が先駆者だったわけではなく、その時点でいくつもの先人たちの研究成果を引用したと語った。つまり、米国における歴史の大転換は一夜にして起きたのではなく、40年を超す歳月と幾多の人々の努力と忍耐があって勝ち得たことなのであると。
 この日の講演の冒頭、氏は「これまで米国政府を訴え続けてきた私が、今や米国大使館主催の講演会で喋っている」と聴衆を笑わせた。

世界の流れを拒否し続けることは不可能

 先進国と見なされる国々の中において、日本はこの問題ではあきらかに周回遅れの位置にいる。アジアの中でもベトナムでは既に同性婚を禁ずる法律が撤廃され、事実上容認された形になり、台湾の次期総統もすべての人の婚姻の自由を主張している。
 2016年2月、25万人の系列社員を擁するパナソニックは、今春から就業規則を変更して「結婚」「配偶者」の定義を同性間にも広げ、同時に社員の行動基準に性的指向による差別を禁止する内容を盛り込むと発表した。理由として同社は、パナソニックが国際オリンピック委員会の最高位スポンサーに就いていることと、オリンピック憲章が性的指向による差別を禁じていることを挙げた。
 同様の制度は、野村ホールディングス、ソニーなどでは実施されていて、NTTも今春から踏み切ると報じられている。東京オリンピックを控え、自治体や企業が国に先んじて制度整備を進めることで、法律が変わる前に社会の実質が変わる。日本政府だけが世界の先進国の流れを拒否し続けることはもはや不可能な状況にある。

「同性婚」の3文字が隠しているもの

 エヴァン氏が論文を書いた33年前には、同性婚を認めている国など地球上に1カ国もなかった。その壁を突き崩すための重要なポイントは何かと質問されて、彼は「反対する人への対応に時間を割かないこと」を挙げた。
 こういう問題では、当事者側でも非当事者側でも、全員の意見が一致するということはあり得ない。頑なに自分の思い込みに固執する人々もいる。だから、そのことでこちらが消耗したり、その説得や論争にエネルギーを奪われることはあまり価値的ではない。
 むしろ、きちんと対話をし、正確な情報を発信すれば理解を示す側になれる人々。ここをいかに拡大していくか。こちらが開かれた心に立って、「敵」を生み出すより「味方」を拡大することに力点を置いていく。これは、ほかのさまざまな運動や取り組みにも通じる急所かもしれない。
 ところで、この日のエヴァン氏の講演会にでかけて、私はひとつ大事なことに気づけた思いがした。それは「同性婚」という言葉によって、かえって見えなくなっているものがあるということだ。
 コメントに立ったEMA(Equal Marriage Alliance)日本の寺田和弘代表は、じつはエヴァン氏が講演の中で一度も「同性婚=Equal Marriage」という表現を使わなかったことを紹介し、「同性婚に代わる何か別の言い方はないだろうか」と来場者にも問いかけた。
 エヴァン氏の「Freedom to Marry」は、文字どおり万人に〝婚姻の自由〟が認められるべきことを指し示している。
 もちろん、そこには〝婚姻しない自由〟も含まれる。同時に、法の下の平等に照らすならばすべての人に、自分の人生をより安全で安定したものにするため、一人ではなし得ない何かを創造するため、愛する者と婚姻する自由と権利がある。
 現在の日本を含む〝古い〟社会では、その婚姻の自由がすべての人に認められてはこなかった。同じように社会の構成員となり、納税すらしていても、性的指向という本人には変更しようのないことがらで、特定の人々の人生からのみ、その自由と権利が剥奪されてきた。

議論されるべきは「婚姻の自由と権利」

 つまり、ことの本質は〝婚姻の自由〟を万人に認めない社会のままでよいのか? という私たちの社会全体のあり方への問いかけなのだ。
 自分では選択の余地のないことがらで、誰かだけが基本的な権利を奪われ残酷な人生を強いられる。そんな不平等な社会のまま放置していて、あなたは平気ですか? それはよくないことでしょう? というのが、今日の先進諸国で起きている変化である。
 ところが、どうも「同性婚」という三文字を使うことで、日本では社会全員の問題ではなく、同性愛者の、そのなかでも同性同士での結婚という形式を求めるきわめて限定された人々の、何か特殊な問題であるかのような印象に傾いているのではないだろうか。
 私は、むしろこれからは「婚姻権」という表現のほうが、国会やメディアでの議論にも馴染みやすいのではないかと思ったりしている。
 日本国憲法は13条で「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と明記している。
 あなたが自明のこととして手にしている婚姻の自由と、婚姻によって得られるあらゆる権利を、奪われたまま一生を終わらなければならない隣人たちがいる。そのことに皆が気づくべき時代が到来している。なぜなら、今はもう2016年なのだから。

ひがし・しんぺい●神戸市生まれ。駒澤大学文学部卒。『アーティストになれる人、なれない人』(マガジンハウス)、『彩花へ「生きる力」をありがとう』(河出書房新社)、『彩花が教えてくれた幸福』(ポプラ社)などを企画構成。編訳に『オーランド・セペダ自伝』(潮出版社)。共著に『酒鬼薔薇聖斗への手紙』(宝島社)。他に詩人アンドレ・シェニエを描いたアニメ『革命の若き空』の脚本など。

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