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瓦解する産業革新機構 ベンチャー梯子外してシャープは深入り 進む「再生機構化」と「銀行化」

あるファンドの最終面接に、同じ会社出身の若手が5人も残っているらしい─。金融界隈でこんな噂となって話題になっている“会社”とは、2兆円超の投資能力を誇る日本最大の官民ファンド、産業革新機構である。

 シャープ支援案で、台湾の鴻海精密工業に競り負けた革新機構。その内部でいま何が起きているのか。

「再生機構化」する産業革新機構

 鴻海とのシャープ争奪戦で、革新機構はいくつかの「悪手」を打った。

 その一つが本体出資だ。巨額の財投資金が裏付けとなっている革新機構には、民業圧迫や国民負担といった批判をかわすための“歯止め”がある。革新機構の経営陣が折に触れて宣言してきた「再生はやらない」がそれだ。

 ダイエーを手掛けた産業再生機構や、JALを扱った企業再生支援機構と同じこと──公権力を使って金融機関に債権放棄させ、身綺麗にしてV字回復させる──不良債権がのしかかる危機時だから許された救済策はもう使えない。平常時たる今、産業を革新するための成長資金でなければ公的資金の使途としては許されない、というのが革新機構の建付けだった。

 シャープから液晶部門を切り出し、革新機構が35%の株式を握るジャパンディスプレイ(JDI)と合併させ、シャープ本体に残る白物家電は東芝の同部門とくっつける。この“ドミノ倒し”であれば、シャープという「企業」の救済・再生ではなく、液晶、家電という「事業」の再編であり、頭数が減ることで成長も見込める。であれば成長資金だから、革新機構が手がけてもいいというロジックだった。

 実際、革新機構の提案は2015年までは液晶分離が前提になっていたがヌエのようなシャープ経営陣に鴻海との天秤にかけられるうちに、シャープ本体への出資に突っ込んでいく。「本体出資でまず主導権を握る。経営権を取ればすぐ液晶を分離できる」。この苦しい理屈は『官僚たちの夏』ばりの経済産業省“介入派”にも亀裂を生んだ。

 しかも、この数年の無策でシャープのバランスシートは傷み切って、事実上の銀行管理状態にあった。みずほ銀行と三菱東京UFJ銀行のもつ優先株を紙クズにし、債務の一部を株式化(DES)するという機構案を見た銀行サイドは、優先株を買い取ってくれる鴻海案に流れていった。「とくに青色の銀行が機構案を拒絶した」(関係筋)。

 この機構案は、会社更生法や事業再生ADRといった法的枠組みこそ使わないものの、「銀行を泣かせる」のがキモであり、再生機構の手法に限りなく近い。さらに、革新機構はもう一つの「悪手」を打っている。

それは、日本政策投資銀行(DBJ)への融資要請だ。情報筋によると、革新機構が年明け、DBJに対して要請したニューマネーはなんと7000億円規模だったという。債権放棄でいくらメガバンクが機嫌を損ねたとはいえ、死に体シャープのエクイティ(資本)もデット(負債)もとどのつまりは公的資金となれば、国民の納得は得られまい。革新機構の担当者らの異様なのめり込み具合がよくわかる。

 今になって偶発債務の存在を盾にシャープと銀行に対し条件の切り下げを要求する鴻海の交渉巧者ぶりと、何の決断力もなくただ時間を無為にするシャープ経営陣のだらしなさを見て、革新機構と経産省からは「突っ込まなくてよかった」という声が漏れ聞こえてくるが、それはあくまで結果論であって、原則論を無視した「悪手」をいくつも打ちながらシャープにのめり込んだ過去は消せるものではない。

革新機構はPEかVCか

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2009年7月の発足式

 革新機構の発足は09年7月である。前年08年から09年にかけて、財務省の審議会と、経産省の審議会がそれぞれ報告書を出したのが出発点だ。

 財務省は、財投資金をそれまでの融資中心から産業投資へ切り替えていくというビジョンで、キーワードは「ペイシェント・リスク・マネー」(長期のコミットが可能な資金)だ。それに対し、経産省は停滞する産業構造の改革を掲げ、「オープン・イノベーション」(自前主義からの脱却)を唱える。

 この2つの文脈は互いに重なり合う部分はあるものの、前者はよりベンチャー投資(VC:ベンチャーキャピタル)的であり、後者はより事業再編・企業再生(PE:プライベート・エクイティ)的である。革新機構は、無から有を生むという「革新」を共通項にしながら、VC的文脈とPE的文脈を併せ持つファンドとして生まれた。

 しかし、発足したのはリーマンショックの嵐が吹き荒れた頃。予算額は当初820億円の政府出資だったのが、麻生政権最後のリーマン対応補正予算で8000億円もの政府保証枠が追加された。ここで、リーマンショックで痛手を被った大企業の再編、つまり金のかかるPEに重きを置いたファンドとして動き出すことが決まった。

 リーマンショックが落ち着いた13年、PEに寄りすぎた軸足を、VCとのバランスを取る形に修正する動きが起きる。根拠法も産業競争力強化法に変わり、10億円以下の案件、つまりアーリーステージのベンチャーへの出資は、手続きを簡素化する迅速化案件と位置づけられた。組織的にも従来の投資事業グループから、新たに戦略投資グループが切り出され、VC部隊の機能強化が図られたのである。

 迅速化案件と体制強化で、革新機構のベンチャー投資は急速に伸びてきた。15年3月末時点における支援決定件数(累計)で見ると、全85件のうち、64件がベンチャー投資である。ただし、1件あたりの金額は小さいため、支援決定金額で見ると、全7993億円のうち、ベンチャー投資は21%で、事業再編が58%を占めている。

 収益的に貢献しているのは圧倒的に事業再編(PE)である。2000億円を出資したJDIの上場では、革新機構は約700億円のキャピタルゲインを獲得し、1383億円を出資したルネサスエレクトロニクスでは、含み益が約8000億円にまで膨らんでいる。ベンチャー投資は1件10~30億円といったゾーンであるため、仮に失敗が続いたとしてもPE側のアガリと比べれば大したことはない。

 しかし、革新機構の本当の危機は、なぜかこのベンチャー投資分野で起きているのである。

「銀行化」するベンチャー投資

 15年秋。革新機構を“ミセル・ショック”が襲った。13年10月に上限10億円で出資したMiselu社が資金ショートに陥り、革新機構が保有株式を二束三文で創業者に譲る形で撤収することを決めた。とはいえ投資はある意味水ものであり、失敗はあって当然だ。なぜそれが“ショック”なのか。

 問題はその半年前の15年3月末に300万ドルを上限とする追加投資を行っていたことにあった。経営陣は一体何を見極めていたのかと、最終的な投資の意思決定を行う産業革新委員会で「恥ずかしい追加投資」「一つ一つをもっと厳しく見るべき」といった叱責を浴びる羽目になってしまった。

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 ちょうどトップマネジメントの交代時期に重なっていた。追加投資を判断したのは、発足時から6年間トップを務めてきた能見公一氏。しかし撤収を最終的に決めたのは15年6月に社長に就いたばかりの勝又幹英氏だった。上層部で声が大きいのは、取締役の中で在籍期間が最も長くなった財務省出身の栗原毅専務(CFO)である。

 ミセル・ショックに懲りた勝又氏は「追加投資にはコミットメントを求める」という指示を社内に出している。コミットメントとは、他の株主や事業パートナーによる共同出資がなければ、革新機構は投資決定しないという意味だ。財務省で政投銀を主管した経験を持つ栗原専務は、自作の“閻魔帳”を開き、事業計画通り進んでいるかどうかだけで○×を付けるという。

 エンジェル投資家の鎌田富久氏は言う。「テクノロジーベンチャーの“死の谷”は、ゲームやアプリより深く、売り上げが立つまで我慢を要する。事業計画通り進まないのは日常茶飯事だ。将来性に賭けてリードインベスター(筆頭株主)になったのなら、深い谷のところで追加出資(シリーズB)を決断しないとベンチャーは息絶える。ただし、大事なのは金を出すことよりも経営体制を整えたり営業をサポートしたりというハンズオン(育成活動)であって、諦めるなら最初から出資しなければよい。成功するまでやりぬく覚悟が投資家に求められる」。

 経験に富む能見氏は、細かい一つ一つの案件に対して自ら経営者たちを面談するなど、将来性分析に実質的に関わり、持ち前の決断力で素早く投資決定を行っていた。トップダウン型だった組織は、執行部の交代とともに、決断できないまま時間を浪費し、責任をなすりつけ合う“集団指導体制”になり下がっている。13年のVC体制強化を行ってからちょうど3年が経過する今、革新機構の抱えるベンチャー群が次々と資金枯渇に陥っていく。

 「他が出さなければうちは出さん」。銀行のようなことを言うリードインベスター革新機構が抱えるベンチャーの連鎖破綻が懸念される。

 PE部門は「再生機構化」し、VC部門は「銀行化」する――。この2つの流れは、一つの筋の通った経営的意図の発露と理解することは難しく、理念なき瓦解と言うほかない。初心や原則論を忘れた革新機構は、官の欠点と民の欠点を組み合わせた組織に堕ちていくのだろうか。

【編集部注】本記事は弊誌Wedge2016年4月号掲載の記事に加筆したものですが、原記事の図版タイトルに誤りがありました。お詫びの上訂正いたします。

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