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瀬戸内海の小島で見た人権侵害の歴史

国立ハンセン病療養所
長島愛生園訪問

穏やかな瀬戸内海に浮かぶ小島、岡山県瀬戸内市の長島は、虫明湾の南東にある総面接3.25平方キロの小さな島です。

JR邑久駅から路線バスに乗り、細い路地を抜けて山道を40分程かけて進むと、本土と長島を結ぶ全長185メートル、幅員7メートルの「邑久長島大橋」が現れます。この橋が開通したのは1988年のことで、「人間回復の橋」とも呼ばれています。

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路線バスの車窓から見た「邑久長島大橋」

長島には、邑久光明園と長島愛生園という2つの国立ハンセン病療養所があります。

ハンセン病とは、らい菌による感染症です。感染すると皮膚と末梢神経が侵されます。末梢神経が侵されると、熱さや痛みを感じることができなくなり、ケガやヤケドをしても気がつかなくなります。鼻や目など、顔の形状が崩れ、手足が変形してしまうなど、外見にも症状が現れます。神からの罰、前世で悪い事をした報いなどといった誤った迷信もあり、古くから忌み嫌われ、差別の対象になってきました。

四国八十八箇所の霊場を巡るお遍路さんの中には、ハンセン病の後遺症や差別によって働くことが出来なくなり、生きていくために施しを受けながら一生お遍路を続ける方が多くいたそうです。

医療技術が発達した現在では、感染力は極めて弱く、感染しても治る病気だということがわかっています。日本での新規患者はほぼいませんが、後遺症として外見に症状が残る事などから、患者や回復者のみならず、その家族に対しても差別や偏見の目が向けられてきました。

日本では、1907年に「癩(らい)予防に関する件」という法律が制定され、患者を収容し、隔離する政策が進められました。1953年には「らい予防法」として改正され、国立療養所への強制的な入所、外出の制限、従業の制限、汚染場所への消毒などが規定され、回復後の退所の規定はありませんでした。
感染力が極めて低いことや、治療法が確立し、治る病気ということがわかったあとも、「らい予防法」は改正されることがなく放置され続けました。「らい予防法」が廃止されたのは1996年のことです。

1998年には、回復者など13人が原告となり、ハンセン病国家賠償請求訴訟を起こしました。2001年5月11日、「らい予防法」は違憲であったとの判決が下され、国は隔離政策の継続の誤りを認めました。判決では、「遅くとも昭和35年(1960年)以降、隔離の必要性は失われており、国の違法性と過失があった」としました。

その隔離施設である国立ハンセン病療養所は全国で13カ所存在し、そのうちの2カ所が長島にあります。

長島愛生園は、1930年に日本で最初の国立療養所として誕生しました。現在では約200人の入所者が療養生活を送っています。ハンセン病そのものは完全に治っていて菌のある人はいませんが、後遺症を持つ人がほとんどで、平均年齢は80代と高齢です。隔離の根拠となっていた「らい予防法」が廃止され、入所者が自由に外に出られるようになったのは1996年のことですが、その段階で入所者の平均年齢は70歳を超えていました。「家族にも差別の目が向くから」という理由によって、家族や故郷、本名まで失って生きてきた状況に加え、高齢や今でも消えない差別や偏見のために社会復帰は困難な状況で、ほとんどの入所者がその生涯を療養所で暮らしています。

長島愛生園にある歴史館は、ハンセン病の歴史を伝える施設です。旧事務本館として、1996年までは園の運営に関する事務を行っていました。職員が生活する地域にあったため、入所者は決して立ち入ることが出来ませんでした。今では、差別や偏見のない誰もが住みよい社会を創造するために、警鐘を鳴らすための歴史館として存在しています。
1階では、ハンセン病政策や入所者の作品などの展示、2階ではハンセン病に関連した映像資料を視聴することができます。

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長島愛生園 歴史館

映像資料では、入所者の体験談が視聴できます。

「収容され、言われるがまま消毒風呂に入った。出てみたら服もお金も無い。返してほしいと言ったら、明日園内通貨を渡すと言われた。家族や近所の人に迷惑がかかるからと、偽名を使う人も多かった。外に出たらみんな同じ作業服を着て作業をしている。囚人のような生活だと思った。」

「子どもが出来ないように、男性は断種手術、女性は不妊手術をさせられた。子どもが出来ても堕胎させられた。」

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収容後に入れられた消毒風呂 入所者は「クレゾール」という強い消毒液に浸った。

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「園内通用票」園内からの逃走を防ぐため、入所者のお金は取り上げられ、園内でしか利用できないお金に変えられた。

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「収容桟橋」の跡 入所者専用で、職員等が利用する桟橋は別の桟橋だった。

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園内にある「納骨堂」 家族にも差別の目が及んだため、亡くなった後も故郷に帰れない3600人以上の遺骨が眠る。

長島愛生園の藤田邦雄園長は
ハンセン病の歴史は人間の本質を示している。ハンセン病を知ることで人間の本質にせまることができる」と語りました。

ハンセン病に対する差別や偏見、人権侵害の問題は、未だに世界中で存在しています。ハンセン病に限らず、正しい知識の無さや、自分には関係が無いなどといった無関心が、差別や偏見を生んでいます。他人が置かれた状況を自分のことのように思いやり、理解する事で、少しずつ差別や偏見が減っていくのではないでしょうか。

日本財団は、40年以上に渡り、薬の無料配布や各国の要人への働きかけなどを通して、世界からハンセン病と、それに伴う差別や偏見を一掃するための活動を続けています。


ハンセン病~病気と差別をなくすために~(日本財団公式サイト)

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