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特集:長期停滞と向かい合う世界経済

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Foreign Affairs最新号(3/4月号)の特集は”The World Is Flat.”です。題名だけ見れば、2006年のトマス・フリードマンによるベストセラーと同じですが、こちらは”Surviving Slow Growth”(低成長時代を生き抜く)という副題付きで、ペシャンコになった地球儀の絵が添えられています。つまり『パンクした世界経済』というわけ。

現下の世界経済は「長期停滞」に直面しているように見えますが、果たしてどういうメカニズムでそうなっているのか、そしてどんな対応策が可能なのか。米国と中国、さらに日本はどんな手が打てるのか。今後の国際協調のあり方を考える必要がありそうです。

●2006年と2016年の違い

トマス・フリードマンの『フラット化する世界』(日本経済新聞社)は、ほんの10年前にしては懐かしく感じられる本である。インドのバンガロールには、米国企業のコールセンターがたくさんできていて、低賃金のインド人たちが「24/7」で働いている、という描写が印象に残っている1。要するにグローバル化とIT時代の到来を派手に描いた本である。そういえば2004年の米大統領選挙では、ジョン・ケリー候補が「アウトソーシングとオフショアリングを止めよう」と主張していたことを思い出す。

当時、本書に対する批判として、「ビジネスクラスから見たグローバル化論」という指摘があった。トマス・フリードマンはNYタイムズ紙の花形記者だから、きっと5つ星ホテルとビジネスクラスのフライトで世界を駆け回っているのであろう。でも、そんなことで本当の世界経済の姿が見えるんですかね、という嫌味である。

10年後の今になってみれば、確かにこの本は楽観的過ぎた。今週、ブリュッセルで自爆テロ事件が発生した後では、特にその感が強くなる。ISISはSNSを使って、「ホームグローン」のテロリストを養成し、国境のはるか彼方から事件を起こしている。これがグローバル化とIT時代の「負の面」でなくていったい何なのか。仮に2006年にLCCで世界を、特にイスラム圏を重点的に回るジャーナリストがいたら、『フラット化する世界』とはまったく違う、より悲観的な世界経済像が描けたかもしれない。

今回のテロ事件は、欧州における難民問題の解決を更に困難なものにするだろうし、6月23日に予定されている英国の国民投票において、「EU離脱」の声を強めてしまうのではないか。さらには異例続きの米国大統領選挙において、トランプ候補の「暴論」に新たな力を与えてしまいそうである。

その問題はさておいて、世界経済の雰囲気が10年前とは一変している。2006年当時は、米国では住宅バブルがまだ健在であったし、中国は資源爆食型の経済成長を続けていた。そして日本経済も、輸出主導型の「いざなみ景気」の最終局面にあった。国際貿易量は毎年のように二桁増を記録し、石油価格は1バレル60ドル台でまだ上昇途上にあった。

10年後の今日、世界経済はすっかり沈滞ムードにある。とにかく2008年の国際金融危機の痛手が大きかった。中国が4兆元の財政出動を行い、一種の「新興国バブル」を起こすことでかろうじて回復してきた。米国の量的緩和政策による資金が、新興国を潤したと いう背景もあった。しかるに今では中国経済が減速しつつあり、ましてやブラジルやロシアは息も絶え絶えといったところである。先進国経済は活には程遠いが、新興国経済は息切れしている。さて、経済成長の原動力をどこに求めればいいのか。

Foreign Affairsの最新号”The World Is Flat”特集は、この状況を様々な角度から捉えている。所収されている8本の論文のうち、巻頭はローレンス・サマーズ元財務長官による「長期停滞論」である(The Age of Secular Stagnation)。本号のP6~8で長めに抄訳を紹介しているが、サマーズの論点は、①長期停滞の原因は供給側ではなくて需要側にあり、②金融政策では是正できないから財政政策の出動を、の2点に集約できる。

新興国経済に詳しいルチール・シャルマは、「生産年齢人口(15~64歳)が減っているから世界経済の低成長化は不可避」と指摘している(The Demographics of Stagnation)。人口を増やす、あるいは労働人口を拡大する政策努力(例えば安倍内閣の「ウーマノミクス」など)も行われているとはいえ、その効果はまだ限定的である。

さらに興味深いのが、投資家ザッカリー・キャラベルによる”Leaning to Love Stagnation”である。「GDPに議論を依存しているのが誤りで、デフレと低需要の下でも繁栄は可能だ。その証拠に日本を見ろ」(Growth isn’t everything.Just ask Japan)と意表を突く議論を展開している。かつて”Japanization”と揶揄された低成長、低金利、低インフレの状況は、かならずしも「日本症候群」などではなく、むしろポスト成長モデルなのだ、という。

こういうユニーク論考が載るところが、いつもながらForeign Affairs誌の懐の広さというものであろう。

●映画『マネーショート』に学ぶ金融危機

経済が停滞して久しい日本としては、「世界経済全体の長期停滞」と言われてもいまひとつピンとこない。そういう意味ではやや感覚が海外とズレているかもしれない。

 そのことは「リーマンショック」という呼び方にも表れている。これは日本特有の現象で、.なくとも英語で書かれた記事で"Lehman-shock"という表記は見たことがない。"The 2008 Financial Crisis"とか、"The Global Financial Crisis"、あるいは単純に、”The Great Recession” と呼ぶことが多い(1930年代の大恐慌は”The Great Depression”と使い分ける)。ちなみにウィキペディアを見ると、"Financial Crisis of 2007-08"となっていた。

「××ショック」とは、自分に責任のない外来性の環境変化があった時に、日本人が好んで使う表現である。「黒船到来」とか「石油ショック」など、大騒ぎをしながらこの手の変化に対応するのは、日本人が古来、得意とするところである。逆にじわじわと進む変化や自らに非がある事態への対応は、ついつい「問題の先送り」が多くなる。

「リーマンショック」もまた、日本では外来性の事件と受け止められてきた。2008年9月15日のリーマンブラザーズ社倒産に伴う「天から降ってきた災難」という印象である。

ところが国際金融危機は、もちろん原因があって生じたものである。今月、封切りになった映画『マネーショート~華麗なる大逆転』を見て、あらためてそのことに気づかされた。この映画は、金融危機の一部始終を懇切丁寧に、あるいは面白おかしく描いている。国内向け広告は、「これがリーマンショックの真実だ」と語っているけれども、リーマンブラザーズ社は最後の方でほんの少し登場するだけである2。

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