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ホンハイ買収受け入れで見えた、シャープの「甘い認識」 - 大前研一の日本のカラクリ

小川 剛=構成

駆け込み寺と化す産業革新機構

シャープの再建支援をめぐって、政府系ファンドの産業革新機構とテリー・ゴウ(郭台銘)会長率いるチャイワン企業、ホンハイ(鴻海精密工業)の綱引きがどうやら終結したらしい。もともとシャープ買収に熱心だったのはホンハイで、積み増しで最終的には7000億円規模の支援策を提示した。一方、シャープの技術流出を懸念する政府の意向を受けて救済に名乗りを上げたのが産業革新機構で、こちらの出資額は3000億円。政府保証付きの産業革新機構の提案に一時は傾いていたが、1月末にテリー・ゴウがシャープ本社に直接乗り込んで現経営陣の続投や雇用維持を訴えたことで流れが一変、取締役会は支援条件で上回るホンハイに決定した。

産業革新機構とホンハイ、シャープは再生のパートナーにどちらを選ぶべきなのか――。少なくとも産業革新機構ではなかったと私は考える。

産業革新機構は2009年に設立された官民共同出資の投資ファンド。ベンチャー企業や大企業の事業再編に絡んで革新的な技術を育てることが本来の設立目的だが、近年は破たんした企業の駆け込み寺的な存在と化していた。要は安倍政権の下でバタバタと会社が潰れても困るし、右派政権だから外資に乗っ取られても困る、ということなのだろう。

産業革新機構の最大の問題は、金融機関ほかいろいろなところから人材をかき集めてはいても、シャープに乗り込んで再生できる経営のプロを今は抱えていないことだ。つまり出資先のトップはどこからか探してきて送り込む。しかし、現場のことがわかっていないトップがマイクロマネジメントしようものなら、待っているのは悲劇である。機構にしか目線が向いていない腰掛けトップの下で、全社一丸の再生などなしえない。

シャープに対する産業革新機構の提案を見ても、事業が何によって成り立っているのか、全然わかっていない。

たとえばシャープの白物家電とやはりトラブっている東芝の白物家電を事業統合する、という。同じ家電といっても、それぞれに歴史は異なるし、強みも違う。しかも白物家電の歴史でいえば韓国のLGや中国のハイアールといったまったく異質の競争相手が世界市場では登場してきて、日本のメーカーは歯が立たなくなっている。競争に敗れたら潰れるのが自由主義社会の大原則である。潰れる恐怖を取り除いて、負け組と負け組をくっつけてもうまくいくわけがない。事業においてはマイナスとマイナスを足してもマイナスにしかならないのだ。

赤字部門同士をくっつけても何の意味もない

人材がいて、彼らが必死に顧客のニーズに基づいた商品を開発し、必死にコストダウンして生産性を高め、必死になって販路を開拓する。会社というのはそうした人の魂と情熱が幾重にも積み重なって成り立っている有機体である。それを生き物として扱わずに、まるでレゴブロックのように組み合わせて、「大きな戦車ができました」というのが産業革新機構のやり方だ。それで生き残れるなら、ハイアールなどに負けていない。

液晶事業はジャパンディスプレイとくっつけるという、これまたレゴ的発想である。ジャパンディスプレイはソニー、東芝、日立製作所の液晶ディスプレー事業を統合してできた会社で、主導したのは産業革新機構。つまり寄せ集め部隊であって、シャープと統合しても有機的なメリットは生じない。多少スケールアップしても、中国や韓国のディスプレーメーカーには価格競争力で敵わない。中国勢は去年と今年で液晶に1兆円投資するといわれている。清水の舞台から飛び降りるつもりで1000億円投資する日本のメーカーとは桁が違うのだ。

さらにシャープのソーラー事業は昭和シェル系のソーラーフロンティアとの統合案がある。ソーラーシステムはかつて日本とドイツが世界をリードしていた。しかし再生可能エネルギーのブーム到来とともに、中国がソーラーパネルの製造機械を日本などから大量に買い込んで、安価なシステムをつくって世界中にダンピング輸出するようになった。今や中国メーカーが圧倒的に強くて、ドイツ勢は潰れてしまうし、シャープのソーラー事業もソーラーフロンティアも大赤字だ。しかもシャープの主軸は家庭用ソーラーで、ソーラーフロンティアは産業用メガソーラー。技術的あるいは販売チャネル的な共通項は何もない。

レゴブロックの発想で赤字の白物家電は東芝に、赤字の液晶パネルはジャパンディスプレイに、赤字のソーラーはソーラーフロンティアにくっつけると最後に残るのは複写機・プリンター事業である。シャープで唯一利益を出している事業であり、産業革新機構はこれを中核に立て直すというのだが、あまりに世の中の情勢を知らなすぎる。

シャープの複写機・プリンターが利益を出しているのは、キヤノンとリコーが価格の傘を貸してくれているからだ。紙送りのようなアナログ技術とデジタル技術が融合したこの分野は今でも日本の独壇場である。しかし業界的には大きな構造転換期を迎えていて、MPS(社内に散らばる複数のプリンター、複合機をうまく運用管理してコスト低減につなげるサービス)と呼ばれる事業領域に急速にシフトしている。大手に比べてこの領域のマンパワーが圧倒的に不足しているシャープに、これからの激変期を乗り越える算段があるとは思えない。

テリー・ゴウはなぜシャープを欲しがるのか?

そもそも政府や産業革新機構が海外流出を懸念するような技術がシャープに残されているのだろうか。そんな大層な技術があるなら、こんな体たらくにはなっていまい。

本来、守るべきは技術ではなく人材なのだが、その人材も蜘蛛の子を散らすように抜けて、国内外の競合メーカーに取り込まれてしまった。かつてのシャープの強い個性は失われて、もはや抜け殻のようなものだ。

そんなシャープをテリー・ゴウはなぜ欲しがるのだろうか? 理由はいくつかあるが、一つはホンハイがOEM(発注元のブランドによる生産)やODM(発注元のブランドで販売される製品を設計・製造すること)の受注組み立て専業メーカーだから。受注生産で世界一になっても、ゼロから何かをつくり出した経験がない。そこに強い憧れがある。

自前のブランドを持ったことがない、ということもある。いつかアップルから仕事を切られても、シャープのブランド力にホンハイの生産能力があれば十分に生き残れる。

かてて加えて今の受注生産を続けていくうえでも、シャープという会社組織の機能が大いに役立つ。テリー・ゴウは常に日本の研究をしていて、どこの企業にどんな部品素材や工業機械、生産機械があるか、どこの誰がどういう技術を持っているのかを調べ上げている。それらを取り入れてハイクオリティな受注生産を提供しているのだ。たとえば最初のiPodの美しい白い筐体には、新潟の小林研業という小さな会社の鏡面研磨技術が注ぎ込まれている。

引き続き日本の技術をマークしていくうえで、シャープのような生粋の日本メーカーの購買部隊をワンセット抱える意味は大きい。以上のような理由から、テリー・ゴウは7000億円出してもシャープを手に入れたいのだ。仮に失敗しても彼にとっては“ナイストライ!”で惜しくないだろう。

産業革新機構の志賀俊之会長は非情なカルロス・ゴーンの「日産リバイバルプラン」を間近で見てきた。したがって、恐らくシャープの経営権を取れば、かなり厳しいリストラを断行するに違いない。対してテリー・ゴウは現経営陣も雇用も守ると言っているのだから、シャープがなびくのも当然。図に乗って、シャープはリストラや事業売却をしない旨の誓約書を求めたが、ホンハイはこれには応じなかった。このあたりに身の程をわかっていないシャープ経営陣の本質的な問題が垣間見える。もっともシャープが取締役会決議の前日に出してきたと言われる「偶発債務」は大きな問題だ。シャープが有価証券報告書などで開示しているリスク情報はせいぜい800億円程度といわれているが、本件では何と3500億円くらいの潜在リスクが網羅されているという。時価総額や正味資産を遙かに上回る額で、現実のものとなれば、債務超過ものだ。つまりシャープとはそういう会社(“本当のことを言うと、潰れているんですよ!”)なのだ。

実際にホンハイは交渉期限を引き延ばし潜在リスクの精査を始めた。当然、その結果、破談や条件再交渉もありうるだろう。こうしたことが取締役会決議後に出てくる、というところにシャープ、およびホンハイの異常体質がある。したがって、どちらに転んでも数年はギクシャクした関係が続くのだろう。

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