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【寄稿】がん治療、言われるほど進んでいない

 がんは肉体への最も恐るべき攻撃だ。古代の医者が乳がんの中に見たのは「カニ(ギリシャ語)」だった。だが、それはもっと恐ろしく――B級映画に登場する巨大な宇宙モンスターのように私たちを襲う。

 科学的に言えば、がんは細胞の異常増殖であり、1996年に51歳だった私の妻を奪い、昨年は私が教える大学院の30代の教え子を奪った。先月も私の教え子の19歳の友人ががんで亡くなった。がんに命を奪われた人は数知れない。現在91歳のジミー・カーター元大統領もがんに冒された(今は完治したと言っている)。

 がんと戦ってきた人類の素晴らしい努力はサイエンスフィクション(SF)ではない。だが、その成果の中には誇大広告も含まれているとの指摘もある。今年1月の医学誌「JAMA腫瘍学」に掲載された研究論文によると、メディアの報道には大げさな誇張が広く使われており、特に未承認の薬剤に多いという。

 妻が亡くなったとき、子供たちは18歳、14歳、9歳だった。私たちは8年間に及んだ戦いに負けたのだ。当時で世界最高の知識を持ち、治療を受けられたにもかかわらずだ。あれは1996年のことだった。現在、がんについては当時よりはるかに多くのことが分かっている。だが、治療法となると、そうでもない。 

 確かに、わくわくするような新たな研究が行われている。遺伝子療法、免疫療法、正常細胞を温存しながらの治療、腫瘍への血流を遮断する方法などだ。ただ、これらの治療法はもう20年も前から新たな開拓分野だと言われていた。妻の治療に役立つ新しい情報を探していた頃にはもう存在していた。

 当時も今も、そのうたい文句はこうだ。がん治療は間もなく1900年以降の主な治療法「斬殺、焼殺、毒殺」(つまり、切除手術、放射線治療、化学療法)といったものではなくなる――。

 新たな治療法はないのだろうか。実はある。特筆すべきものが3つ。1990年代半ばから続いている治療法だ。

 グリベック(一般名イマチニブ)は、ある特定の白血病の原因になる異常な酵素を標的にする薬剤だ。この薬のおかげで米国ではこの白血病による死亡件数が半分以上減り、年間で1000件を下回るようになった。

 ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)は主に乳がんの治療に用いられる薬剤で、細胞の増殖を促す特定の受容体に作用する。乳がん患者のうち15%から20%はこの特定の受容体が多いがんだとされている。2014年の研究によると、乳がんの10年生存率は75%から84%に上昇した。この薬剤は年間で米国の女性を数千人規模で救っている。

 3番目のヤーボイ(一般名イピリムマブ)は進行性黒色腫を攻撃する免疫細胞を増やす作用がある。がん専門医はこの効果を称賛している。進行性黒色腫の5年生存率はこの薬剤を用いなければ5%にも満たないが、この薬剤を投与すれば20%台になる。治療は不快感を伴うが、これで完治する患者もいる。

 同じく免疫療法に用いられるキートルーダ(一般名ペンブロリズマブ)は4番目の画期的な治療法になるかもしれない。この薬剤は、皮膚がんが他の部位にも転移したカーター元大統領の治療に役立ったかもしれない。

 私は科学を愛している。科学への称賛を惜しまない。最新の進歩に興奮もしている。患者の免疫システムからT細胞を取り出し、より効果的にがんと戦えるよう遺伝子を操作した上で患者の体内に戻すという方法だ。これは一部の患者には確かに有効だ。

 だが毎年60万人の米国人が、がんで死亡している事実を考えると、こうした治療面での達成度は数値上、まだ小さいように思える。例えば、心疾患による死亡件数は1980年以降、半減している。最近の最大の進歩?それはヒトパピローマウイルス(HPV)の感染症を予防するワクチンだ。このワクチンが行き渡れば大半の子宮頸がんを予防できる。乳がんの遺伝子検査は予防面で新たな選択肢を提供している。つまり、両乳房切除手術だ。だが、前立腺がんや乳がんの早期発見を促す動きは物議をかもしてきた。ごく初期の腫瘍では、それが脅威になるかどうか分からないからだ。

 もちろん、「斬り捨て、焼き討ち、毒殺」も以前より良くなった。だが、1971年にニクソン大統領が「がん対策法」に署名してがん撲滅を宣言した際、米国人はもっと多くのことを期待した。オバマ大統領は、がん撲滅は「ムーンショット(壮大な挑戦)」だと言った。今度こそ「月」に到達できることを願う。

 がんと戦うのは難しい。人生のようなものだからだ。われわれはもっと成果を上げなければならないし実際上げるだろう。しかし、誇大広告(hype)と希望(hope)はきちんと区別しなければ患者やその家族のためにはならないだろう。

 がんを気力で乗り越える姿を見たければ、カーター元大統領が自身の脳腫瘍について明らかにした昨年8月の記者会見を見るといい。カーター氏は、ほほ笑みながら、「私が死ぬ前に、最後のギニア虫に死んでもらいたい」と言った。自分自身よりもアフリカ人のことを心配し、死亡率はがんほど高くないが非常に苦痛を伴う、この寄生虫の根絶を願ったのだ。

(筆者のメルビン・コナー博士はエモリー大学の人類学部と神経科学・行動生物学プログラムの教授)

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