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【読書感想】ホッブズ――リヴァイアサンの哲学者

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ホッブズ――リヴァイアサンの哲学者 (岩波新書)

内容(「BOOK」データベースより)

「万人の万人にたいする闘争」に終止符を打つために主権の確立を提唱したホッブズは、絶対君主の擁護者なのか。それとも、人間中心の政治共同体を構想した民主主義論者なのか。近代国家論の基礎を築いたにもかかわらず、ホッブズほど毀誉褒貶の激しい哲学者はいない。第一人者がその多面的な思想と生涯を描いた決定版評伝。

 ホッブスといえば、『リヴァイアサン』を書いた人で、その内容は「万人の万人に対する闘争」。

 僕自身のホッブスに関する知識というのはこのくらいのもので、まさに「受験世界史レベル」だったのです。

 『リヴァイアサン』も、「『ファイナルファンタジー』シリーズの召還獣」のほうを先に思い浮かべてしまいますし。

 そもそも「万人の万人に対する闘争」って、どういう意味なのか?

 この新書は、ホッブスを長年研究してきた著者による、ホッブスの生涯とその思想をまとめたものなのです。

 ホッブスは、1588年に生まれ、1679年に91歳で亡くなっています。

 中年期に清教徒革命を経験し、名誉革命の前に没しました。

 当時としては珍しい長寿で、晩年まで活躍を続けていたのです。

 こんにち日本では、ロックやルソーの名前は民主主義思想の先駆者として広く一般に知られている。これにたいしてホッブス(1588ー1679)は、「万人の万人に対する闘争状態」を唱えたこと、また1651年に刊行した政治学の主著に『リヴァイアサン』(旧約聖書ヨブ記第三章にでてくる怪獣の名。地上においては神に次いで強いとされる)という奇妙なタイトルを付けたことによって、「権力欲のきわめて強い人」というマイナス・イメージでとらえられている。しかし、ホッブスこそが近代国家論の真の創始者なのである。

 ホッブスは史上初の「市民革命」であるイギリスのピューリタン革命期(1640ー60年)に、人間にとっての最高の価値(最高善)は「生命の安全」(自己保存)にあり、これを確保するためには「平和」が最優先されるべきであると主張していた。

 ホッブスは「権力志向」であり、「権力者を擁護している」というか「(原則的には)権力者に人々が逆らうことなく従うべきだと主張している」イメージがあるのです。

 でも、それは「権力者のため」ではないのです。

「強い権力によって、個人間の争いを抑制したほうが、結果的には多くの人の生命や平和を保てる」という、「みんなの利益のため」にそうすべきだと、ホッブスは考えていたんですね。

 ホッブスは、死後200年くらい経ってから、「近代民主主義思想」の創始者として再評価されていくことになります。

 16世紀から17世紀を生きた人なので、その生涯を詳しく辿るのは難しいのですが、著者はさまざまな史料から、ホッブスの人生を可能な範囲で再構成しています。

 ホッブスは大学卒業から1679年に亡くなるまでの約70年間、キャヴェンディッシュ男爵(1618年以降はデヴォンシャー伯爵)家に仕えている。これは貴族の家庭教師・秘書というよりは、もはや家族の一員そのものとなっていたといってもよいであろう。ホッブスがこの一族の人びとに学問的にいかに高く評価されていたか、また人間的にいかに信頼されていたか、ということである。

 オーブリーによれば、ホッブスの人となりは次のとおりである。「ホッブスは身の丈6フィート(約180センチ)。だれからも気に入られ、その快活な人好きのする性質や悪意のなさのゆえに人びとはかれと席をともにすることを喜んだ。かれの日常の座談は金言に満ちており、知力の点といえばその洞察力ははなはだ鋭く、かれはものごとを深く考えまたそれを分析するすぐれた方法と着実さを身にそなえていたので、めったに過ちを犯さなかった。

 もうべた褒め、という感じなのですが、イギリスの市民革命の時代に「権力者が絶対的な力をふるうのを擁護している」とも解釈できる主張をしたホッブスは危険人物を見なされることもあったのです。

 ホッブスは、フランスでの亡命生活も経験しています。

 ただ、ずっと庇護者には恵まれ、多くの人から敬意も払われていたようです。

 自らが政治の表舞台に立つことはありませんでした。

 ホッブスは「共通権力」を設けて、それに参加した(つまりそれを作ることを契約した)人びと全員の「多数決」によって「代表」を選び、この「代表」を「主権者」と呼んでいる。そしてこの「主権者」には「強い力」を与えよ、とホッブスはいう。つまり人びとが「生命の安全」をはかる契約を結んだのにそれに違反する人が現れれば、「契約」は「空文(デッド・レター)」=「絵に描いた餅」になるからだと、ホッブスはいう。

 このことに対して、「主権者」に「強い力」を与えよというのは「絶対君主」を擁護するものであると、ホッブスはいっせいに批判された。しかしホッブスのいう権力とは、あくまでも契約を結んだ人びとが、自分たちの「生命を守る」ために設けたものであり、それに反する人びとを制するのは、人びとが同意して設けた「国家の安全」を守ること、すなわち「人びとの生命を守るため」に必要であると考えられているのである。ホッブスの「主権者」はのちのルソーの「一般意志(ヴロンテ・ジェネラール)」と同じく国民(人民)主権主義に支えられている。ここに、20世紀最大のイギリスの政治学者ラスキのいう近代国家における「権力」と「自由」の緊張関係(シュパンヌンク:個人は国家がなにをしてくれるかで国家に忠誠を誓う)が描かれているのである。こうしてホッブスは、『法の原理』の第一部において、人間が「自分の生命を守るため」には強制力をもつ国家を形成することが必要であるという近代国家論の原理を提示したのである。

 したがって、ホッブスは一方ではあまりにも強大な「権力」を主張する国王や王党派を暗に批判していたのであり、他方ではあまりにも大きな「自由」を要求する「議会」権力を批判していたといえよう。

 著者は、ホッブスが、『清教徒革命』の前も、その後も、この考えを変えることがなかったと述べています。

 ホッブスは、権力者に媚びて、右往左往するようなことはなかったのだ、と。

 年譜も込みで170ページ程度と、厚くはない新書なのですが、1926年生まれの著者の文章は、良くも悪くも「岩波っぽい」感じで、けっこう難解なところもあり、読みこなせたかどうか、あまり自信がありません。

 でも、「万人の万人に対する闘争」という言葉は知っていても、「要するにみんな自分の利益を求めて争っているってことだろ」というくらいのところで思考停止してきた僕にとっては、ホッブスとその時代、思想について理解を深めることができる新書だったと思います。

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