- 2016年03月19日 23:42
第355回(2016年3月19日)
3/3さて、ここまで書くと、近代政治史を少々整理したくなりました。ポイントのみ列挙します。お付き合いください。
明治中頃(1898年<明治31年>)、第3次伊藤博文内閣が軍拡目的の増税(地租増徴)を企図。「自由党」と「進歩党」が猛反発。両党は合流して「憲政党」を結成。伊藤内閣は退陣し、日本初の政党内閣、大隈重信内閣が成立。
しかし「憲政党」の内部対立によって大隈内閣は4ヶ月で崩壊、第2次山縣有朋内閣が成立。山縣内閣は増税、軍拡を実現すると同時に、政党の影響力弱体化を企図して治安警察法や軍部大臣現役武官制などを施行。
伊藤は政党の必要性を再認識。「憲政党」と開明派官僚を糾合して「立憲政友会」を創設して初代総裁に就任し、第4次伊藤内閣を組閣(1900年<明治33年>)。危機感を感じた山縣は明治天皇に進言して伊藤を枢密院議長に祭り上げ、「立憲政友会」総裁を辞任させました。
「立憲政友会」は西園寺公望を第2代総裁に選出。西園寺と山縣門下の桂太郎(陸軍大将)が交互に政権を担当する「桂園時代」に入りました。
大正中頃の1918年(大正7年)、本格的政党内閣である原敬内閣が誕生。その後も、高橋是清内閣、加藤高明内閣と政党内閣が連続。加藤内閣は男子普通選挙制を実現する一方で、治安維持法も成立させました。
昭和に入り、若槻禮次郎内閣、田中義一内閣、濱口雄幸内閣はそれぞれ「憲政会」「立憲政友会」「立憲民政党」を母体とした政党内閣。
若槻内閣、濱口内閣は協調外交を推進して軍国化を阻止しようとしましたが、経済失政や軍縮への国民や軍部からの批判に晒されて退陣。
田中内閣は昭和恐慌への対応では成功を収めた一方、対中国強硬外交を推進。陸軍暴走を助長し、張作霖爆殺事件における陸軍への甘い対応によって昭和天皇の信任を失い、退陣。
1932年(昭和7年)、日本の孤立化を懸念して満州国樹立に抵抗した犬養毅首相が軍部によって暗殺され(5・15事件)、戦前の政党内閣は終焉。同年には血盟団事件も起き、以後、軍人内閣時代に突入。
政党内部にも軍部に呼応する動きが顕現化し、1940年(昭和15年)、政党は大政翼賛会に合流。そして、太平洋戦争が始まり、敗戦。
戦後、政党政治が復活。紆余曲折を経て、1955年(昭和30年)、「日本民主党」と「自由党」が合流して「自由民主党」が誕生。対抗政党として「社会党」がありましたが、総選挙は中選挙区制であったため、政権交代は起きず、万年与党と万年野党でした。
1993年(平成5年)、小選挙区制導入を巡る混迷の末、非自民の細川護煕内閣が誕生。再び「自民党」政権に戻るものの、1996年(平成8年)、小選挙区が導入され、2009年(平成21年)、本格的な政権交代が実現。「民主党」政権が誕生しました。
2012年(平成24年)、再び「自民党」が政権復帰。2016年(平成28年)、「民主党」と他の野党は紆余曲折を経て、「民進党」を結成。
さて、日本は再び同じ政党が長く政権を担う時代となるのか、それとも時に政権交代が起きる新陳代謝の高い政治が定着するのか。分岐点に来ています。
3.ゲリマンダー
民主主義国では、与党が「ゲリマンダー(恣意的な選挙区割り)」を行って野党に不利な選挙制度が構築されることがあります。一票の格差是正や選挙制度改革に不熱心な場合には、その疑念があります。
「ゲリマンダー」発祥の地は米国。小選挙区制の米国では、選挙区割りは原則として州法で規定。州議会議員選挙のみならず、連邦下院議員選挙の区割りも州法が規定。そのため、州政界の事情によって「ゲリマンダー」が発生します。
米国では民族や人種、生活水準(所得階級)の違いで居住地域が分かれる傾向があり、その違いは投票傾向にも反映されます。そのため地域と投票行動に相関性があり、選挙区割りを操作することによって投票結果を誘導することが可能になります。そのため、選挙区が歪(いびつ)で異様な形状になる場合があります。
「ゲリマンダー」の手法にはいろいろあります。例えば、一票の格差を意図的に操作する方法。都市部の一選挙区当たりの有権者数を多くすることで、都市部の有権者の指向性を選挙結果に反映できないように誘導します。
与党支持者が多い地域が明らかな場合には、その地域の選挙区を多くする一方、野党支持者が多い地域は可能な限り少数の選挙区とし、結果的に与党の議席数を増やします。
語源は1812年に遡ります。マサチューセッツ州のエルブリッジ・ゲリー知事が、自分の所属政党に有利になるように選挙区割りをした結果、選挙区の形が奇妙なものとなりました。それがサラマンダーに似ていたことから、ゲリーとサラマンダーを合わせた造語「ゲリマンダー」が誕生。
サラマンダーは中世の「動物寓意譚」に登場する架空の生物。火を司る精霊とも言われ、トカゲやドラゴンのような姿。ファイアー・ドレイクと同一視している文献もあります。
今日では両生類の一種である有尾類(有尾目)科の動物の英語名にもなっています。日本語では「サンショウウオ」と訳される場合が多いですが、要するに、イモリやサンショウウオのようなクネクネした不思議な形状をした生物。
戦後日本の総選挙は中選挙区制であったため、「ゲリマンダー」は発生せず。なぜなら、人口変動が生じても定数増減で対応可能であったこと、各選挙区が概ね行政(市区町村)境界で規定されていたため、恣意的区割りの余地があまりなかったこと等によります。
そうした状況下、総選挙に小選挙区制を導入しようとすると、野党や有識者から「ゲリマンダーを画策している」と批判されるのが一般的でした。
小選挙区制導入を企図した政権は、首相の名前とゲリマンダーを重ねた造語で揶揄され、ハトマンダー(鳩山一郎内閣)、カクマンダー(田中角栄内閣)、カイマンダー(海部俊樹内閣)などと言われました。首相ではありませんが、戦前の政治家では床次竹二郎がトコマンダーと言われました。
1996年の総選挙から小選挙区制が導入されたことから、「ゲリマンダー」が行われる可能性が指摘されています。
このため、内閣府(旧総理府)に選挙区画定審議会が設置され、同審議会が行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に勘案して区割り案を内閣に勧告し、内閣提出の区割り案が国会で審議されるのが慣例となっています。
最近の日本では、「野(や)党」と「与(よ)党」の中間にあって、良く言えば是々非々、悪く言えば政府に擦り寄る「癒(ゆ)党」が存在することから、「ゲリマンダー」論争も単純な与野党構図だけでは深層が見えてきません。要注意です。
最後に、英国では国王から野党第1党に対して公的地位が与えられ、「国王の王立野党」と呼ばれます。議会制民主主義の源流である英国が、野党の重要性を諭しています。
(了)



