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特集:トランプ旋風と米国外交の行方

米大統領選の予備選挙日程は一気に進み、明日3月15日はいよいよ「ミニチューズデー」です。”Mini”とは言うものの、その実態はまことに”Crucial”な火曜日であり、3月1日の「スーパーチューズデー」の流れが加速して、一気に「共和党はトランプ、民主党はクリントン」がほぼ確定してしまうかもしれません。

果たして現在のトランプ旋風はどこまで続くのか。共和党は今後、どのように対応していくのか。そして本選ではどんな結果が出て、次期政権の政策、特に自由貿易や移民政策に対してどんな風に影響していくのか。日本としても無関心とはいられないこれらの問題について考えてみたいと思います。

●もう無視できない「トランプ大統領」の現実味

3月1日のスーパーチューズデーでの大勝利以降、米大統領選挙予備選ではトランプ旋風がますます加速している。ネット上では、「なぜ2016年大統領選挙は重要か」というジョークを発見した。以下のようなものである。

もしもクリントン候補が当選すれば、合衆国で最初の女性大統領になる。
もしもサンダース候補が当選すれば、合衆国で最初のユダヤ人大統領になる。
もしもルビオ候補が当選すれば、合衆国で最初のヒスパニック大統領になる。
もしもクルーズ候補が当選すれば、合衆国で最初のカナダ生まれの大統領になる。
もしもトランプ候補が当選すれば、合衆国で最後の大統領になる。

今では真面目に語られるようになった「トランプ大統領誕生」の確率は、果たしてどの程度あるのだろうか。本誌の長年の経験から言えば、こういうときにもっとも頼りになるのは「米国以外で行われているギャンブルサイト」の予想である。

○英国のサイト”Paddy Power”で見る最新オッズ1

上記の数値を参考にすると、トランプ大統領誕生は単勝4.0倍程度の確率ということになる。他の共和党候補では、かろうじてテッド・クルーズ上院議員が気を吐いている程度で、本誌推奨のマルコ・ルビオ上院議員は失速甚だしく、3月15日の地元・フロリダ州予備選で勝てなかったらその場でゲームオーバーとなりそうだ。逆に共和党穏健派の「最後の希望」となっているのがジョン・ケイシック知事で、こちらは3月15日の地元・オハイオ州予備選を勝ち残れば、今しばらくは選挙戦を継続可能であるように見える。

逆に民主党側を見ると、ヒラリー・クリントン候補がリードを維持している。バーニー・サンダース上院議員はミシガン州で勝利し、逆転には届かないまでも勝負を長引かせることはできそうだ。すなわち、サンダースは「メッセージを届ける」ことに成功するだろう。

全体としてみると、「トランプ対クリントンの戦いに収斂し、最後はクリントン」、というのが上記オッズの読み筋と言えよう。いつものことながら、余計な主義主張が入らない分だけ、ギャンブラーたちの「集合知」は信頼に足るのである。

ところで上記には、低いオッズながら正式に立候補していない顔ぶれも入っている。つい先日までは、マイケル・ブルームバーグ前NY市長も入っていたのだが、撤退宣言とともに姿を消した。これらは万が一に備えてカウントされている「潜在的候補者」である。

ジョー・バイデン副大統領の名前が入っているのは、クリントン候補が私用メール問題で司法省から起訴された時の「保険」という意味合いがある。確率は低いが、その場合は急きょ「民主党員の誰もが納得する候補者」を用意せざるを得ないからだ。

そして共和党側では、2012年の正副大統領候補であったミット・ロムニー元MA州知事、ポール・ライアン下院議長の名前が見える。これらがどう共和党側の「保険」となるかについては後述したい。

●悩ましい共和党内部の事情

本誌の2月12日号「2016年のアイオワとニューハンプシャー」でご紹介した通り、トランプ旋風の裏側にあったのは、「失業率は下がっても、良い雇用(Good Jobs)は増えない」「特に白人の中年層が置いてきぼりになっている」という現実である。いわば米国経済の失敗が、トランプ候補に力を与えてきたということができる。

それと同時に、トランプ旋風は「共和党の失敗」でもある。スーパーチューズデーにおけるトランプ勝利が「勝ちに不思議の勝ちあり」だとしたら、共和党本流派の現状は「負けに不思議の負けなし」と評することができるだろう。

昨年夏から秋にかけて、予備選挙の序盤戦においては、トランプ人気は共和党にとってまことに好都合であった。何より新しい支持者を呼び込んでくれたし、メディアの関心も大いに高めてくれた。むしろトランプ候補が途中でへそを曲げて、「第三政党から出馬する」と言い出すことを恐れていた。1992年にロス・ペロー候補が出馬したときも、保守票が割れて共和党は大敗している。ちなみにそのときに当選したのがビル・クリントン大統領であり、2016年はヒラリー・クリントン候補が漁夫の利を得るかもしれない。

そこでつい、トランプ候補のワガママは見過ごされてきた。過激な発言に対する批判も遠慮がちであった。しかも公開討論会で直接攻撃を試みたジェブ・ブッシュ候補は、トランプ氏得意のアドリブでいいように手玉に取られてしまった。皆が「まさか」と思っているうちに、あれよあれよという間にここまで来てしまったのである2

共和党はこれまで、ジョージ・W・ブッシュという保守派候補を2000年、2004年に当選させ、その後はジョン・マッケイン上院議員(08年)、ミット・ロムニー元MA州知事(12年)という穏健派の候補を立てて2連敗している。米大統領選の歴史において、3連勝(or 3連敗)ということは滅多にない

しかも2月13日に保守派のアントニン・スカリア最高裁判事が急逝したことで、2016年大統領選挙は最高裁の「最後の1人」を争う闘いになってしまった。現在の保守対リベラルの比率は4人対4人なので、次期大統領がどちらの党になるかによって、今後の憲法判断が左右されることになる。いよいよ「負けられない戦い」になったのである。

さて、どうするか。いっそのことトランプ人気に賭けてみるか。現在、2位のクルーズ上院議員は確信犯的な保守派であり、周囲によるコントロールは考えにくく、まだしも「ネゴシエイター」のトランプの方がマシ、との見方も少なくない。しかしトランプでクリントン候補に勝てるのか。あるいはマスメディアの攻撃に耐えられるのか。また、こんな極端な候補者を担ぐことは、共和党の自殺行為ではないのか、などと考え始めると切りがない(メディアのトランプ批判例としては、本号P7のThe Economist誌記事を参照)。

●「トランプ封じ策」を考えてみる

英語圏では3月15日のことを”The Ides of March”と呼ぶ。かのジュリアス・シーザーが暗殺された日で、ローマの英雄は占星術師から「3月15日に気をつけろ」と何度も警告を受けていた。にもかかわらず悲劇は避けられなかったわけで、この日が「天下分け目のミニチューズデー」となっているのは、なんとも皮肉なことに感じられる3

明日のミニチューズデーにおいては、フロリダ州(99)やオハイオ州(66)など代議員の多い州がWinner-Take-All方式で行われる。これは2012年選挙で、ロムニー候補がなかなか予備選を勝ち切れずに苦しんだことから、「後半に行くと『勝者総取り』方式が増えて、トップ候補が勝ちやすくする」ために新たに導入されたルールである。ところが2016年選挙では、この新ルールがトランプ候補を利してしまっている。共和党の主流派としては、踏んだり蹴ったりの展開と言えよう。

ここから先は少し深読みになるが、どうやったら「トランプ正式指名」を避けることができるだろうか。7月の党大会に向けて、(1)トランプ候補が過半数の代議員を獲得する、(2)票が割れて誰も過半数を確保できない、という2通りに分けて考えてみる。

まずは前者の場合から。

1-1) トランプ自身が経営者らしく柔軟に変身し、主流派との間で妥協が成立する。穏当な副大統領候補を選び、政策も中道寄りのものになる。この場合、「現状維持路線のヒラリーに挑戦する変革の人ドナルド」という対立軸になり、本選は意外といい勝負になるかもしれない。

1-2) 「仮にも民主的な手法で選ばれた党の候補者を、強引に引き摺り下ろすことはできない」ということで、主流派が嫌々ながらトランプ候補でまとまる。ただし「本選挙ではクリントンに入れる」「家で寝ている」という支持者が増えるだろう。

1-3) 党大会は予定通りトランプ候補を指名するが、主流派はあくまで独自候補の擁立を模索し、共和党は分裂選挙となる。例えば保守派「トランプ=クルーズ」対穏健派「ケイシック=ルビオ」という2通りのチケットが競い合い、共和党は内戦状態となる。この展開は、もちろん民主党を利することになるだろう。

次にシナリオ(2)の場合、党大会は1度目の投票で候補者を決められず、2度目からは州ごとの投票結果に縛られなくなる。この場合もいろんな展開が想定できる。

2-1) 何らかの事情によってトランプ人気が失速し、あるいは大統領を目指す本人の意欲が失われ、他の候補者が党の正式指名を受ける(とはいえ、今となってはこの展開は望み薄だろう)。

2-2) 誰も過半数を得られないままに党大会を迎える。ここで主流派は、「なるべく皆が反対しにくい候補者」として、急きょライアン下院議長を担ぎ出す。いわゆる”Brokered Convention”(取引党大会)のシナリオとなる。これですんなり党内がまとまればいいのだが……

2-3) トランプとその支持者たちが怒って、第三政党から出馬することも考えられる。その場合は勝利できないまでも、フロリダ州などの「激戦州」のみで出馬することにより、たやすく共和党に対する「復讐」を果たすことができるだろう。

いずれの場合においても、本選では共和党候補が勝ちにくいことがわかる。なおかつ、どのシナリオにおいてもトランプ本人がどのように行動するかが鍵であり、それがまったく読めない状況では、対策が立てようがない。最近は「彼は暴言王のように見えて、実は意外な現実主義者なのではないか」との楽観論が増えている。ただし、それもまったく推測の域を出ないのである。

●経済よりも外交政策が問題

こうした中で、3月2日に共和党の安全保障専門家たちが”Open Letter on Donald Trump from GOP National Security Leaders” を発表した4。その言わんとするところは、「トランプ氏の発言はあまりにも無秩序で、孤立主義に傾いており、通商戦争を招きかねず、反イスラム的な言辞は危険であり、日本などの同盟国を軽視し、なおかつ不正直である」ことを理由に、「大統領として支持できません」と宣言しているのである。

現時点では117人がサインしており、その中には元国務副長官のロバート・ゼーリックからネオコンのロバート・ケーガンまで、共和党系の「よく見る名前」が並んでいる。彼らを抜きにした場合、次期共和党政権の安全保障政策を立案することは困難になるはずである。とはいえ、こういった動きがトランプ支持者に再考を促すかと言えば、むしろ「党内既成勢力による露骨な妨害」と見られるのが落ちであろう。

実際問題として、トランプ候補の公約は経済政策では意外と「まとも」である。減税やらオバマケア廃止などを盛り込んでいるが、他の候補者と比べてそれほど変わっているわけではない。富裕層の負担増を盛り込んでいる点では、むしろ中道寄りである。問題は外交政策であって、特に「反不法移民」と「反自由貿易」にある。トランプ氏はこの2点については当初から一貫してブレがない。

例えば、トランプ候補の看板政策(?)であるところの「メキシコとの国境に壁を作る」というプロジェクトは、どの程度、現実味があるのだろうか。両国国境の大部分は私有地だそうなので、用地買収から始めると膨大な資金が必要になるだろう。なおかつ、「費用はメキシコに払わせる」という公約については、当然、メキシコ政府は拒否するはずである。問題はこういう非現実的な主張が、幅広く支持されているという点にある。

ここで筆者が思い出すのは、1992年の予備選挙において民主党のボブ・ケリー上院議員が「アイスホッケーCM」を放映した故事である。日米貿易摩擦が華やかなりし当時、ゴールポストの前に立ったケリー候補は、「米国の雇用を輸入品から守る」と訴えた。ところが、このCMは非常に評判が悪かった。ゆえにCMはすぐに放映打ち切りとなり、他の候補者も「保護主義」を主張することを止めたのである。

つまり1992年当時の有権者は、「米国経済は確かに悪いが、それは外国のせいではない」と考えていた。自由貿易主義が草の根レベルの支持を得ていた。その後、NAFTAが導入されたこともあってか、すっかり認識が変わっている。悪いのは外国やウォール街やワシントンの政治家たちで、自分たちは被害者という認識が強まっている。民主党側でも、サンダース候補に引っぱられるように、クリントン候補が「TPP反対」を打ち出している。

実は問題なのはドナルド・トランプ氏自身ではない。トランプ氏が支持されている(なおかつ、その状態が半年以上も続いていて、党の正式な候補者になりそうである)ことこそが重要なのではないか。そうだとしたら、「トランプ大統領」はさすがにないにしても、「トランプ支持」の民意は何らかの形で次期政権に反映されるだろう。
真面目にかなり怖い話ではないだろうか。

○次期政権はどうなる?
1 http://www.paddypower.com/bet/politics/other-politics/us-politics?ev_oc_grp_ids=791149
2 もちろん本誌も予想を外した側である。「民主党はクリントン候補に収斂するだろうから、共和党は最後はエスタブリッシュメント候補に収斂する」という見方をしてきた。
3 米大統領選挙予備選を描いた”The Ides of March”という映画もある(監督/主演:ジョージ・クルーニー)。日本では、『スーパーチューズデー~正義を売った日~』(2011年)という邦題で上映された。http://www.sonypictures.com/movies/theidesofmarch/
4 http://warontherocks.com/2016/03/open-letter-on-donald-trump-from-gop-national-security-leaders/

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