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“日本一面白いサッカー人”が手掛けるサッカー通じた日タイろう学校交流とは 元プロサッカー選手 相原豊氏

森本茂樹 (スポーツライター)

「日本一面白いサッカーの人を目指す」という、分かるようで分からない目標は、相原豊氏の持つポジティブな明るさを象徴する一つの側面である。生まれながらに左手の手首から先がない彼は、2003年にタイに渡り、バングラデシュ、ウガンダと合わせて3カ国でプロサッカー選手としてプレー。現在は、タイでろうの子どもたちを指導している。「『障がいは個性だ』ってよく言うじゃないですか。そんなの個性じゃないって思うんですよね。何もしないで個性と認めて欲しいというのが、僕は嫌いなんです」と語る人生への厳しさがあるところが、ただ面白いだけで終わらない彼の複雑なユニークさを作り出している。「同じ障がい者だからこそできることがある」という彼の思いを聞いた。

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タイのろう学校や小学校の子ども、日本人学校の子ども。相原氏が指導するチームの子どもたちが一斉に集い、その日に組んだミックスチームでゲームを行う大会がユタカ祭り。ユタカカップではなく、祭りと名付けるところに、相原氏のこだわりを感じる

タイサッカー

 Jリーグが2月末に開幕し、日本のサッカーシーズンが今年も幕を開けた。Jリーグは、アジアでのプロモーションを強化しており、2012年からはタイリーグと提携している。2014年には、日本代表として活躍した岩政大樹選手(現・ファジアーノ岡山)や茂庭照幸選手(現・セレッソ大阪)らもプレーし、この数年は、50名ほどの日本人選手がタイリーグで戦っている。3月にスタートしたばかりのタイリーグは、選手や監督だけでなく、スポンサーにも日本企業がついている。リーグの名称も、トップリーグは、トヨタ・タイ・リーグであり、その下部リーグは、ヤマハ・ディビジョン1という。そのタイで、日本人選手の先駆けとして、2003年にタイに渡った隻腕の選手がいた。それが現在はタイでユタカフットボールアカデミーを主宰し、タイに住む日本人や現地の耳の聞こえない子どもたちにサッカーを指導する相原豊氏である。

 タイにサッカーブームが到来する10年近く前、移籍先もなくタイに渡った青年がいた。「高校卒業後、一般企業に就職したんですが、『やっぱサッカーだな』って思ったんですよ。自分のキャリアを考えた時に思ったのが、海外へ行こうということでした。地元でスクールを手伝っている時に出会った師匠と呼ぶ人がいて、彼がブラジルやエクアドル、コロンビアでプレーしたことがあって。その海外の話がすげえ面白かったんです」と語る。スクール後に飲み屋で聞く海外サッカー話に感銘を受けた相原氏は、タイに知り合いがいる、という伝手とも言えないようなつながりを望みにタイに渡った。サッカー用品の他には、現金15万円とガイドブックだけを携えての渡航だった。

 「タイに行ってみたら、その知り合いがいなくって。しかもサッカーはシーズンオフの時期で。どうしようもないので、仕方なく、ストリートサッカーをして、『プロ選手になりたい』とアピールしながら過ごしていました。2カ月程して、練習生として声がかかって。テストを受けたらプロ選手になれたんです」。代理人はおろか、何の伝手もないまま、相原氏は独力でタイ・プレミアリーグのタイ・タバコ・モノポリー(現・TTMカスタムズFC)と契約。日本人選手として2番目のタイ・リーガーとなった。

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相原豊氏は、生まれつき左手首から先がない先天性左手首欠損である。障がいがあるからこそ伝わるものがあると、タイでろう学校の子どもたちを指導している

バングラデシュを経てウガンダへ

 タイリーグでプレーした2004年シーズンを経て、翌年はバングラデシュリーグに移籍。日本人初となるリーグに行こうという選択の結果、場所も分からないままバングラデシュに飛んだ。外に出るのが嫌なほどだったというバングラデシュでは、時間だけは豊富にあった。この時、将来について深く考えたという。「まず、サッカースクールをしたいっていうのがあって。でも自分のレベルが分かるわけですよ。トップチームを指導する感じでもないよな、と。自分にできるのは、子どもたちと接して、楽しませることだって思ったんです。それから、そういや自分は障がい者だったな、って。生まれつき左手首から先がなくて、大人になってからは特に気にならなくなっていたんで、忘れていたというか、馴染みすぎていたというか。なんかしらでトップになりたいんで、障がい者サッカーの分野では、相原豊って言われるようになりたいな、と思ったんですよね」

 タイ、バングラデシュと2ヵ国でプロサッカー選手としてプレーした相原氏。「サッカースクールをやるために、もう1カ国くらいインパクトのある国でプレーしといたほうがいいなと考えたんです。それで、アフリカに行きたいな、と思って、選んだのがウガンダでした。バングラデシュのチームメイトにウガンダ人がいて、彼が『ウガンダはいい国だよ』って話していたのを信じて行ったんです。ウガンダに帰っていたはずの彼に電話してもつながらなくて、またいつものストリートサッカーをしていたら、彼に遭遇して。『なんだ、連絡くれよ』って言われて。そんな感じで3カ国目のプレーが始まりました。マラリアに罹ったり、サトウキビで給料を支払われたり、近くで発砲があったりと、色んなことがあったウガンダでした。その時は、『これがプロ選手の姿か』と思うこともありましたが、同時に『これはネタになるな』とも思っていましたね」

アンプティサッカー日本代表

 “日本一面白いサッカーの人”は、フットワークの軽さが特徴である。自らの力で所属クラブを決めてきたバイタリティーと行動力はスクールを始めてからも変わらない。「初めてのタイがそうだったのですが、自力で何とかしようとしていたら、周りの人たちが面白がってくれて、助けてくれたんです。それなら全部自分でやってやろうと思ったんですよね。本来、プレーのことだけ考えてやれればいいのですが、選手としての才能があったら、どっかに引っかかっているんですよね。僕には選手としては何かが足りなかった。だから僕は自分で考え、もがきながら行動してきましたし、そこで得た経験が僕の財産になっています。だから、今スクールで出会う子どもたちには、最初っから人に聞いたり、助けを求めたりするんじゃなくって、まず自分で考えて、やってみて欲しいと話しています」

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元プロサッカー選手としては、唯一のアンプティサッカー日本代表選手になった2012年。「日本一面白いサッカーの人」を目指すという言葉通り、何にでもチャレンジしてみようという姿勢が、行動力を生んでいる

 現在、スクールで教える立場にいるが、引退はしていない、という。2010年には、モンゴルの全国フットサル選手権に参加し、2012年には、アンプティサッカー日本代表として、ロシアワールドカップに出場している。病気や事故で手足を切断した選手が松葉杖をついてプレーするアンプティサッカーだが、相原氏はゴールキーパー(GK)として招集された。

 「元サッカー選手がアンプティでキーパーやるなんて面白いですよね。僕は“1番面白いサッカーの人”が目標なんで、その時も速攻で『やります』って言いました。それと『キーパーは素人だけど、代表チームの意識を変えることはできますよ』とも。実際に日の丸を背負って戦うってことの意味を理解してない、旅行気分の代表でしたから」と語る相原氏を誘ったのは、現在もアンプティサッカー日本代表監督を務める杉野正幸氏である。

 「彼が入ることで、GKから正確なフィードが可能になり、攻撃のオプションが増えました。ロシアでは私の指導力不足もあり、最下位という不甲斐ない結果になりましたが、ユタカがチームに植え付けたスピリットが、その大会では、0-4から同点に追いつき、初の勝ち点1獲得となり、2014年メキシコ大会のベスト16につながっていると思っています」と話してくれた。

「障がいは個性」に覚える違和感

 スクールを開くためにタイに渡ったのは、2009年のこと。バングラデシュ時代に、障がい者サッカーのスクールをしようと考えていたが、選んだのは耳の聞こえない子どもたちのための教室だった。「知的障がいはどう対応すればいいか分からなかったですし、当時アンプティは知らなかった。ブラインドだとプロにはなれないだろうな、と思ったんです。耳が聞こえない選手でも頑張ればプロになれるんじゃないかって思って。日本のデフサッカーはちょっとハードルが高かったので、タイでプロ選手だった経歴を生かしてタイでスポンサーを見つけたり、関係作りから始めようと思って、再びタイに渡ったんです。

 障がい者サッカーの指導者って、アマチュアか同じ障がい者が多いんです。元プロ選手がやっているのってあまりないんですよね。障がい者スポーツが、リハビリやメンタル面のケアとして捉えられているからだと思うのですが、でも、本気でいじけている人には届かないと思うんです。『君たち健常者でしょ』って言われちゃう。でも、僕なら手がなくてもプロになったって言えるんです。『言い訳してないで何かしてみようよ。俺は障がい者だけどプロ選手になれたぞ』って。周りの目を気にして前に進めなかったり、守ってもらったり優しくされて当たり前だと思っていたり、色々と諦めていたりする障がい者に伝えていこうと思ったんです。

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バンセンのろう学校の生徒たちと。学校の理解もあり、サッカースクールを授業の一コマとして行っている

 耳の聞こえない子どもたちでも、「聞こえないことは個性だ」っていうのは違うと思うんですよ。障がいって言っちゃってるくらいですから、そんなの個性じゃないですよね。それを何もしないで個性と認めて欲しいというのが僕は嫌いなんです。僕もそうですけど、両手があった方がいいし、耳だって聞こえた方がいいじゃないですか。今は平然としていますが、思春期の時は僕なりに手がないことで悩むこともありましたから。

 僕に関しては手の障がいがあって、それでも我が道を突き進む精神とコミュニケーションがあって、そこにサッカーがあって。それでようやく手の障がいが薄れて、個性的だって言われるようになったんだと思います。そうなって『そういえばコイツ手がなかったんだな』と思われて、『すげえ』ってなるんですよ。そういう順序で個性ってなるのに、まず個性だって認めて欲しいなんていうのは順序がおかしいし、認められないですよね。言葉は悪くなりますが、身体の障がいはもうしょうがないから、心まで障がい者になっちゃダメだよって伝えたいんですよね」

日タイ交流をアジアでの展開に

 相原氏は、今年2月、ネパールの震災後支援に参加した。これは、日本政府が推進している、スポーツを通じた国際貢献事業を行うスポーツ・フォー・トゥモローの取り組みで、サッカー、バレー、野球のコーチがスポーツを通して交流し、防災についても教えるという取り組みだった。相原氏は、ベガルタ仙台を退団後、18の国・地域でプレーし、『アジアの渡り鳥』と呼ばれる伊藤壇選手らとともに、5日間で1000人の子どもたちとサッカーをしてきた。

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2015年4月に発生したネパールの大地震。8000人以上の方がなくなった震災後の支援として、Jリーグから依頼があり、ネパールの子どもたちに笑顔を届けるべく参加した

 「子どもたちにスポーツを楽しんで笑顔になってもらいながら、次に地震が起きた時に身を守る術を伝え、少しでもネパールの人たちの支援になればという思いから実施された企画でした。言葉は通じなかったけど、たくさんの子どもたちが笑顔を見せてくれました。最初あまり乗り気じゃなかった女の子たちも、『エンターテイメント性があって楽しかった』と言ってくれて嬉しかったですね」

 「今後については、基本的にはタイを中心にアジアで活動をしたいと思っています」と語る相原氏。2014年、指導しているマハメークろう学校サッカー部の子どもたちは、東京の大塚ろう学校と交流した。子どもたちにとっては、初めて乗る飛行機で、初めての海外。「ドリンクバーだけでびっくりするような子どもたち」が、3泊4日でサッカーを通した交流を日本の子どもたちと行った。そして、翌年には、日本からタイへ子どもたちが行き、継続的な交流となっている。

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2014年から実施している日タイろう者サッカー交流。今後は、アジアに広がる交流にしていきたいという

 「今の日本とタイのろうの子どもたちのサッカー交流をアジアで展開していきたいんですよね。今ミャンマーとも話をしていて、その輪を広げていければいいな、と思っています」と語る。相原氏が子どもたちから愛されるのは、その厳しい言葉の裏にサッカーと子どもへの深い愛情があるからだということはすぐに分かる。「今年の8月には、タイからまた日本にろう学校の子どもたちが行く予定です。早いうちに色んな人と知り合って、経験を積んで、自信を持ってもらいたい。将来、自分をアピールできるようになって欲しいんです。彼らが個性を出すために、夢とか自信とか積極性を身に付けて欲しいし、障がいを気にせずに夢を語れる大人になって欲しいですね」

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