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「亡国の徒」曽野綾子の老化した感性

昨日の産経新聞に曽野綾子が「貧しい表現力が招く不幸」という批評を書いていた。
例の「保育園落ちた日本死ね」のブログについての批判である。
「このブログ文章の薄汚さ、客観性のなさを見ていると、私は日本人の日本語力の衰えを感じる」とボロクソである。

気の毒な人だ。
いくら文章を生業にする者でも、やはり老化すると感性は衰えるという真実を証明している。

これを読んで思い出したのは、わしが『おぼっちゃまくん』で小学館漫画賞を受賞したとき、老いた審査員からこともあろうに授賞式で、下品だと酷評されたことである。
わしは「その下品な漫画に賞をくれた審査員の勇気に感謝します」とスピーチして、関係者をあわてさせ、翌年、審査員は総入れ替えになった。

『おぼっちゃまくん』の下品さの正体は人間の根源的な「活力」であり、そこには親子の愛や友情や、拝金主義を笑い飛ばすパロディ精神など、相当辛辣な批評性が詰まっていたのだが、審査員の老いた感性にはそれが見抜けなかった。

曽野綾子は愛国者らしいが、このような老人が多すぎるのである。
大阪市の中学校長が全校集会で「女性にとって最も大切なことは、こどもを2人以上産むことです」と言ったらしい。
校長は愛国者らしいが、こういう劣化した愛国者こそが、実は「亡国の徒」であり、少子化の原因なのだ。

曽野綾子も同様、こういう感性の劣化した、そして現実を知らぬ老人が少子化をますます促進し、国を滅ぼそうとしている。
平沢勝栄も同様の老人であり、自民党の議員の多くがこういう無意識の「亡国の徒」となっている。

人間の幸福感に結び付かない近代主義と、中間層を崩壊させた新自由主義の結果、現れた格差社会の現実が、どれほど厳しいものか、曽野綾子はもう一生分からないだろう。
たかが高度経済成長の頃のノスタルジーで、今の日本社会に説教しても害にしかならない。
曽野は敗戦後の貧困を知っている、発展途上国の貧困を見てきたと自慢するが、残念ながら敗戦後の日本にも、発展途上国にも、共同体は確固として存在し、「活力」は漲っていたのだ。

老化した審査員に下品と評された『おぼっちゃまくん』の世界の「活力」が、今の日本にないのは何故なのか?
それが曽野綾子やアベノミクスや一億総活躍と虚しい掛け声をかけている自民党議員には分からない。

民主党は名前を変えることより、今の自民党の根本的な過ちを見抜いて、日本社会に「活力」を取り戻す政策を打ち出すべきなのだ。
選挙の結果より、日本の「公」を訴え続けていれば、いつかチャンスは回ってくる。

しかし曽野綾子の老化した感性では「日本死ね」の感性の凄さが見抜けなかったのだろうが、わしは「日本死ね」という表現でしか言葉の「活力」が生まれなかったと思っている。
もちろんこの言葉づかいは、アマチュアだからこそ生まれたもので、偶然の産物である。

わしが学んだのは、アマチュアリズムを忘れないプロであり続けることの難しさだ。
素人からも学ぶことは大いにあるのである。

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