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- 2016年03月10日 22:52
311に想う。死ぬ気で生きろ。死に物狂いではなくいつ死んでも後悔しない生き方を
「日本は終わった」「東京は終わった」と思った東日本大震災からもう5年が過ぎた。
2011年3月11日。東京にいた私は「東京は終わったかもしれない」「日本は終わったかもしれない」とさえ一瞬ではあるが思った。
揺れがすさまじかった。この世のものとは思えなかった。何がすごかったかといえば揺れが何度も何度も起きること。揺れがあまりにも長く続いたこと。
一回限りのでかい地震ではなかった。何度も何度も長い揺れが続きこのまま一生、地面は揺れ続け日本は崩壊するのではないかとすら思った。
そのぐらいすさまじかった。はじめの揺れの時には東京都内の出版社内にいた。長く揺れ続けていた。本棚が倒れるぐらいで被害はひどくはなかった。はじめの揺れがおさまるとあまりの恐ろしさにみんなで外に出た。東京都内の道路には人であふれかえっていた。そしてその場から1時間は動けなかった。次から次へと地震が襲ってきたからだ。もう東京は終わったかもしれない。そう思った。
でもこの時、私は知らなかった。東北でとんでもない大津波が押し寄せ何万人もの人が死んでしまったこと。でもこの時、私は知らなかった。福島原発が大変な事態になっていることを。
東京の終わり、世界の終わりを感じたものの揺れに慣れてくると関心は自分が会社からいつどうやって家に帰るかだけを考えていた。JRが運転中止を決め政府が無理して帰宅しないよう呼びかけたことからやむなく会社に泊まることにしたが私のその時の関心事といえば会社に泊まって何をしようかということだった。社内の同僚から借りた漫画スラムダンクを全巻読めるかもしれないといった本当にどうしようもないのんきな思いでいた。でもネットでテレビが見れるようになり日本がとんでもないことになっていることに気づいた。
でもこの世の出来事とは思えなかった。東北の海岸で200人が津波に巻き込まれたといったニュースが信じられなかった。
テレビは早速死者のカウントダウンを始めた。まるでゲームのように。死者の数が増えれば増えるほど被害の甚大さを誇張できるといったように。
その後も東京は揺れ続けた。1週間は揺れが断続的に続き収まらなかった。そんな中、原発が爆発した。にもかかわらずだ。私は普通に会社に出勤していた。電話も通じないのに。会社に行かないとまずい雰囲気がなんとなくあったから。「こんな時に行くなんてバカげてる」「こんなところにいるより被災地に支援に行くべきではないか」と思いながらもバカの一つ覚えのごとくアホみたいにいつも通り出勤していた。なんと愚かだったのだろう。
でもこの日本で、しかも同時代に、しかも電車で数時間行った先にとんでもない「大殺戮」ともいうべき「惨状」が広がっていることが何度テレビを見ても信じられずいてもたってもいられなくなってなんとしても被災地の現場をこの目で見たいと思い震災1カ月後に宮城県石巻市に入った。かつて何度か訪れたことがある場所。家が立ち並んでいたはずの町がまるで空襲にでもあったかのように全滅している姿をみて衝撃を受けた。
被災地の現場に行きこの目で惨状を見たことで「死を想え」という言葉の意味が今まで以上に身に染みてきた。
もしかしたら自分だって東日本大震災に巻き込まれて死んでしまったかもしれない。一歩間違えれば東京だって日本だって終わっていたかもしれない。これまで築いてきたものが自然の気まぐれであっけなく一瞬にして消滅してしまう恐怖。
いや恐怖ではない。もうそういう時がきてしまったらじたばたしても始まらない。自然に人は勝てない。これだけ文明が進歩しても。これだけ社会が発達しても。そして何か少しでも行動がずれていたらいつ自分がこの世にいなくなってもおかしくないはないんだということを東日本大震災で思い知ったのだ。
死を想え。私たちは自然災害や病気や事故である日突然死んでしまうリスクをある一定の確率を持ちながら生きている。この先、何十年も生きれると錯覚し年金不安などしていることが無意味になりもしかしたら自分の命は短いかもしれない。
ねえ。余命3カ月って言われたらどう生きる?今のような生き方してる?しないだろう。でも誰もがいってみれば病気にならなくても余命3カ月みたいな状況で奇跡的に生きている。だってそうでしょう。いつ災害や戦争や事故に巻き込まれるかもわからない人生なのだから。
ねえ。余命3カ月って言われたらどう生きる?今のような生き方してる?言われたらではなく常にそう思って生きていなければ心底後悔する人生を歩むだろう。
したいことがあるならすればいい。いやなことがあるならやめればいい。だってそうでしょう?誰もがみな余命3カ月かもしれない生でしかないのだから。
311。東京の揺れもすさまじかった。東北の被災地は尋常ではなかった。そんなとんでもないあり得ない事態がこの同時代に起きたという事実を振り返れば毎日不平不満を言うだけの人生なんてあり得ないし何よりもしたいことややりたいことにまい進する人生に全力を尽くしたいと思うだろう。
死ぬ気で生きろ。死ぬ気で生きろとは死に物狂いで生きろということではない。いつ死んでもおかしくないという覚悟を持ち1分1秒を大切にして今を生きるということだ。
いつやるの?今でしょ。人生に先送りはない。なぜならあなたに明日があるとは限らないから。
2011年3月11日、東日本大震災は一人一人に今を生きることを強烈に突きつけた。
それであなたは今を懸命に生きているのか?イヤなことばかりに人生を塗りつぶされていないか。いつかやろうなんていってただ毎回毎回したいことを先送りにしていないだろうか。
311に想う。死ぬ気で生きろ。限られた生を楽しむために。奇跡的に生かされた生を楽しむために。
生きていることは奇跡なんだよ。
東日本大震災で亡くなった方の分まで生きる。生きろ。
2011年3月11日。東京にいた私は「東京は終わったかもしれない」「日本は終わったかもしれない」とさえ一瞬ではあるが思った。
揺れがすさまじかった。この世のものとは思えなかった。何がすごかったかといえば揺れが何度も何度も起きること。揺れがあまりにも長く続いたこと。
一回限りのでかい地震ではなかった。何度も何度も長い揺れが続きこのまま一生、地面は揺れ続け日本は崩壊するのではないかとすら思った。
そのぐらいすさまじかった。はじめの揺れの時には東京都内の出版社内にいた。長く揺れ続けていた。本棚が倒れるぐらいで被害はひどくはなかった。はじめの揺れがおさまるとあまりの恐ろしさにみんなで外に出た。東京都内の道路には人であふれかえっていた。そしてその場から1時間は動けなかった。次から次へと地震が襲ってきたからだ。もう東京は終わったかもしれない。そう思った。
でもこの時、私は知らなかった。東北でとんでもない大津波が押し寄せ何万人もの人が死んでしまったこと。でもこの時、私は知らなかった。福島原発が大変な事態になっていることを。
東京の終わり、世界の終わりを感じたものの揺れに慣れてくると関心は自分が会社からいつどうやって家に帰るかだけを考えていた。JRが運転中止を決め政府が無理して帰宅しないよう呼びかけたことからやむなく会社に泊まることにしたが私のその時の関心事といえば会社に泊まって何をしようかということだった。社内の同僚から借りた漫画スラムダンクを全巻読めるかもしれないといった本当にどうしようもないのんきな思いでいた。でもネットでテレビが見れるようになり日本がとんでもないことになっていることに気づいた。
でもこの世の出来事とは思えなかった。東北の海岸で200人が津波に巻き込まれたといったニュースが信じられなかった。
テレビは早速死者のカウントダウンを始めた。まるでゲームのように。死者の数が増えれば増えるほど被害の甚大さを誇張できるといったように。
その後も東京は揺れ続けた。1週間は揺れが断続的に続き収まらなかった。そんな中、原発が爆発した。にもかかわらずだ。私は普通に会社に出勤していた。電話も通じないのに。会社に行かないとまずい雰囲気がなんとなくあったから。「こんな時に行くなんてバカげてる」「こんなところにいるより被災地に支援に行くべきではないか」と思いながらもバカの一つ覚えのごとくアホみたいにいつも通り出勤していた。なんと愚かだったのだろう。
でもこの日本で、しかも同時代に、しかも電車で数時間行った先にとんでもない「大殺戮」ともいうべき「惨状」が広がっていることが何度テレビを見ても信じられずいてもたってもいられなくなってなんとしても被災地の現場をこの目で見たいと思い震災1カ月後に宮城県石巻市に入った。かつて何度か訪れたことがある場所。家が立ち並んでいたはずの町がまるで空襲にでもあったかのように全滅している姿をみて衝撃を受けた。
被災地の現場に行きこの目で惨状を見たことで「死を想え」という言葉の意味が今まで以上に身に染みてきた。
もしかしたら自分だって東日本大震災に巻き込まれて死んでしまったかもしれない。一歩間違えれば東京だって日本だって終わっていたかもしれない。これまで築いてきたものが自然の気まぐれであっけなく一瞬にして消滅してしまう恐怖。
いや恐怖ではない。もうそういう時がきてしまったらじたばたしても始まらない。自然に人は勝てない。これだけ文明が進歩しても。これだけ社会が発達しても。そして何か少しでも行動がずれていたらいつ自分がこの世にいなくなってもおかしくないはないんだということを東日本大震災で思い知ったのだ。
死を想え。私たちは自然災害や病気や事故である日突然死んでしまうリスクをある一定の確率を持ちながら生きている。この先、何十年も生きれると錯覚し年金不安などしていることが無意味になりもしかしたら自分の命は短いかもしれない。
ねえ。余命3カ月って言われたらどう生きる?今のような生き方してる?しないだろう。でも誰もがいってみれば病気にならなくても余命3カ月みたいな状況で奇跡的に生きている。だってそうでしょう。いつ災害や戦争や事故に巻き込まれるかもわからない人生なのだから。
ねえ。余命3カ月って言われたらどう生きる?今のような生き方してる?言われたらではなく常にそう思って生きていなければ心底後悔する人生を歩むだろう。
したいことがあるならすればいい。いやなことがあるならやめればいい。だってそうでしょう?誰もがみな余命3カ月かもしれない生でしかないのだから。
311。東京の揺れもすさまじかった。東北の被災地は尋常ではなかった。そんなとんでもないあり得ない事態がこの同時代に起きたという事実を振り返れば毎日不平不満を言うだけの人生なんてあり得ないし何よりもしたいことややりたいことにまい進する人生に全力を尽くしたいと思うだろう。
死ぬ気で生きろ。死ぬ気で生きろとは死に物狂いで生きろということではない。いつ死んでもおかしくないという覚悟を持ち1分1秒を大切にして今を生きるということだ。
いつやるの?今でしょ。人生に先送りはない。なぜならあなたに明日があるとは限らないから。
2011年3月11日、東日本大震災は一人一人に今を生きることを強烈に突きつけた。
それであなたは今を懸命に生きているのか?イヤなことばかりに人生を塗りつぶされていないか。いつかやろうなんていってただ毎回毎回したいことを先送りにしていないだろうか。
311に想う。死ぬ気で生きろ。限られた生を楽しむために。奇跡的に生かされた生を楽しむために。
生きていることは奇跡なんだよ。
東日本大震災で亡くなった方の分まで生きる。生きろ。



