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都立高校入試でまた出題ミス 理科教員の地学離れは深刻 - 勝村久司 (高等学校地学教諭、元厚生労働省医療安全対策検討WG委員)

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日経新聞の報道の誤り

 日本経済新聞は、2016年3月4日付けで、『都立高入試の解答、金星の位置が実際とズレ』という見出しで、この問題を以下のように報じた。
先月24日に実施した東京都立高一般入試の理科の問題で、金星の位置関係を尋ねた設問の解答が、実際に観測される位置と異なることが3日、都や関係者への取材で分かった。都教委は解答と実際の位置との違いを認めたが、問題はないとして点数調整などを行う考えはないとしている。
  設問は月や火星との位置関係を示す図や、金星の満ち欠けを描いたイラストをもとに、正しい金星の位置を選択させるもの。図と説明文を読めば正解が導き出される。
  ただ問題には、観察日が「平成27年(2015年)3月24日」と明記されていた。国立天文台の県秀彦准教授(天文教育)によると、実際の同日の金星の位置は、都が正解とする位置とは異なる。県准教授は「科学的に矛盾している。理科の入試問題として不適切」と指摘する。
  都教委によると、日付を入れたのは設問を具体的にイメージしやすいと考えたためで、「文章と図から惑星の位置関係を読み取る設問」と説明する。都立高一般入試の理科の問題では、14年にも太陽や月、地球の位置関係に関する出題ミスがあった。
(日本経済新聞  2016年3月4日朝刊)

 日経新聞が、放置されたままの都立高校の今回の入試問題の過ちを社会問題化しようとしたことは大いに評価できる。しかし、この報道にも大きな誤りがある(それを指摘するために、敢えて全文を引用した)。

 それは『図と説明文を読めば正解が導き出される。』と書かれてている部分だ。記者は誰の話を元にしてこのように書いたのかわからないが、図と説明文を読めばウもしくはイを選択せざるをえない設問になっているのであり、都教委が正解とするイだけが導き出せるということはない。

 日付の問題を全く考えなくても、「ウ」を正解とすべき設問であり、「イ」だけが正解ということは、そもそもおかしい。「ウ」と答えた生徒を×としたままで放置しているのは許されないと思う。

 繰り返すが、設問で設定された日付の日に金星は事実、ウの位置にいたのであり、解答が間違っているだけである。その後も、同じ設問の問2以降で、金星が東方最大離角や内合の位置に来る日付が示されている。それらも、実際の事実通りの日付になっている。

 また、金星の公転周期も記されていて、高校で教える内容ではあるが、それらの情報を元に会合周期を求めれば、やはり、解答は事実通り「ウ」となるのである。高校で教えるような式を使って考えた生徒はほとんどいないかも知れないが、論理的に考えれば到達できる加減乗除だけの式であり、これらの情報から確信を持って「ウ」を選択した生徒がいた可能性も十分に考えられる。「ウ」を×にしたままでは、学問的良心を守れないと都教委は考えるべきである。

 間違った解答に導くような、微妙な図2のスケッチを示したことで、本当の金星のその日の位置ではない「イ」も正解にしなければならなくなったのである。それでも、図2のスケッチは「ウ」を否定しきれるほどのものではなく、図1の状況に最も近い金星の位置はそもそも「ウ」なのだから、「ウ」と答えた生徒にも4点を加点するのは当然だろう。ぎりぎり不合格になってしまった生徒のうち、この設問で「ウ」と答えていた生徒については、すぐに4点を加点して合否判定をやり直してあげるべきだろう。

2年前にも同じようなことがあった

 東京都立の入試問題では、2年前も同じようなことがあった。詳細は下記をご覧いただきたい。

「防災の日に思う 地学教育を空洞化させた文科省と教育委員会の責任は重い」(WEDGE Infinity 2014年9月1日記事)

 2年前の天文の問題も、正答は二つある、と考えられる設問だったが、結局、都教委は、合格発表の前日になって、全員を正解にするという対応を決断し、各高校の現場では、採点と合否判定をやり直すというドタバタ劇になった。このときの反省が全く生かされていない。

 このような場合は、一般的に反省すべきは、設問の作成者個人ではなく、都教委のマネージメントである。人は誰でも間違えるのであるから、それが大事に至らないように設問の作成者を複数のチームにするなどの工夫はもちろん、もし間違いが見つかった場合でも、実害を最小限に抑えるための迅速で適切な判断ができるクライシスマネージメントが求められる。

 一般的には、今回のようなケースでは、合格発表までの間に様々な指摘が都教委に対してなされていたはずで、迅速に対応していれば、このような結果にはならなかったはずだ。

 にもかかわらず、このような結果になってしまうのはなぜか。

 それは、上記リンクの2014年9月1日の記事にも書いたが、「地学」という教科の空洞化が原因だろう。

 小学校教員から大学教員まで、ほとんどの理科教員の専門は、物理か化学か生物であり、地学が専門の教員は少ない。そのような状況が長期間続くと、中学や高校でも、この設問はおかしい、と言える理科教員が極めて少なくなってしまっているのである。

 背景には、文科省の長年にわたる地学の軽視がある。地学の設問を吟味するためのチームを構成するだけの理科教員がいない、間違いがあっても指摘できる理科教員も少ない、指摘されてもその内容を理解できる理科教員が都教委にもいない、というような負のスパイラルが起こってしまっている。

 文科省は、ことの深刻さに気付き、泥沼化している地学の空洞化と教育水準の低下に歯止めをかける方策を至急に検討すべきだ。

 まずは、都教委である。合否判定のやり直しまでにあまりに時間がかかってしまったら、本来合格だった生徒も、別の高校を受験して、そちらへの進学準備を始めていくことになる。

 都教委には、受験生たちにとって公平な決断を一刻も早くお願いしたい。

【追補】都教委高校教育課の反論への反論

 この原稿が公開された後、都教委(教育庁都立学校教育部高等学校教育課)が、『平成28年度東京都立高等学校入学者選抜学力検査問題(理科)に関する見解について』と題した見解をホームページに掲載したことを知ったので追補しておく。

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(出所)東京都教育委員会『平成28年度東京都立高等学校入学者選抜学力検査問題(理科)に関する見解について


 この見解では、結論として『設問としての内容については問題がないため、採点上の措置は行わない』としているが、見解を読み、都教委が間違っていた理由がよくわかった。図3の視線方向の補助線の引き方が間違っている。

 都教委の「見解」の説明では、図3において、地球からの視線方向の補助線を、模式的に書かれた地球の「表面」を始点として描いてある。本稿では繰り返しの指摘になるが、これは間違いである。

 太陽系のスケールに比べて惑星の大きさは本来、点で表現されるべき大きさなので、観察された図1をもとに、図3で惑星の位置を検討する場合、模式図の地球の「中心」を始点として、視線方向の補助線を引かなければいけない。

 都教委の説明の図は、その点で誤っているため、地球の近くに位置する「月」の視線方向が大きくずれてしまっているほか、金星や火星への視線方向もずれてしまっている。

 太陽系の運行模式図と、実際に空に見える惑星との対比を、このようなやり方で教育していたら、正しい認識ができるはずがない。

 そのために、正しい答に導けないばかりか、そのような誤解を元に設問が作成されていたから、はっきりしない設問となってしまっていたのだ。

 あらためて、この設問については、選択肢の「ウ」も正解として、採点をやり直す必要があると思う。

※編集部注:補助線の引き方の違いを詳しく理解したい方は下の拡大図をご覧ください。

画像を見る
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 【編集履歴】
・「追補」を行いました(2016年3月6日13時)。
・末尾の拡大図を追加しました(2016年3月6日14時)。

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