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米・アカデミー賞とジャーナリズム

この度、機会があって第88回米アカデミー賞の授賞式に私が参加した事は、前回の原稿(「英米のテレビが堂々と政府批判できる理由」)に少し書かせていただいた。日本のWOWWOWの放送で見るのと、LAのドルビーシアターで見るのとは、ある意味、別次元の体験であった。劇場で見ると、これは世界最高の映画の祭典でありながら、ABCネットワークが放送権を持つ立派なゴールデンタイムのショー番組であることがわかる。

という訳でほとんどテレビの都合優先であるため、うっかりCMタイムに座席を離れトイレなどに行くと、扉の前の屈強な係員に次の「CMまでお待ください。」と言われる。ドアを開いた時の光がステージの照明効果に影響を与えるからだ。仕方なくペリエでも飲みながら劇場のモニターで会場の模様を立って見る訳だが、せっかく現場に居るのにかなり悔しい思いをすることになる。おそらく全米の大映画スターが集まるこの映画の祭典はかなりの放映権でABCに売られているので、局は高視聴率を取らなければいけないので、テレビ的な演出がかなり優先されているのであろう。というわけでノミネート作品のダイジェスト版編集などもかなりギリギリまで刈り込まれることになる。

しかし、主催の映画芸術科学アカデミーも全てにABC放送に完全に「操」を売った訳ではもちろんない。衣装・メイクアップ・特殊効果などの裏方の賞とスピーチも堂々と放送させる。(ただし時間は限られている。)ABCはその前後に作品賞候補作品のロングカットの場面を挿入し、視聴のテンションが下がらない様な工夫をする。

そして、短編アニメ賞、短編映画賞、長編ドキュメンタリ―賞、長編アニメーション賞の発表が始まる。もちろんこれもカットされずに全米で生放送される。おそらくこれらの賞の放送の効果は強烈でアニメや短編映画がしっかりと映像ビジネスとして成り立つ基盤を作ることを主宰者が計算した上での措置だと思う。また、賞にノミネートされただけでも今後一定の敬意が払われるので新しい世代の映像制作者が生まれる事を見込んでいると想像されるのである。別に持ち上げるつもりはないが、世界に冠たるコンテンツ産業を維持・発展させているハリウッド関係者の知恵と意地の様なものまで感じてしまうのである。

私はもともとテレビ屋であり、今ではネット屋であり、映画愛好者でもあるが、映画評論家でも映画研究家でもない。だから、以下の文章に誤謬がある可能性もあるのだが、最近ネット記事で「アカデミー作品賞を取っても日本における興業収入にはほとんど影響がない。」というデータを示しながらのリポートがあった。
しかし、私に言わせれば主催の映画芸術科学アカデミーは作品賞の受賞による興行収入の増加など最初から目的にはしていないと思う。作品賞の授与は映画というコンテンツの表現の幅と深み、演者・スタッフの果てしない努力を認めるためのものであると思う。

かつて話題になったのは2010年の「アバター」VS「ハート・ロッカー」の戦いである。片やジェームス・キャメロン渾身の3D・SF娯楽大作。片や彼の元妻キャスリーン・ビグローが製作・監督する中東イラクにおける爆弾処理班のリアルな社会派戦争物語。結局、賞は「ハート・ロッカー」に与えられた。一部日本の映画ファンの間にはあれだけ大ヒットした「アバター」に何故アカデミー賞が授与されなかったのか?という疑問もあったと言うが、実はそんな簡単な話では無かったのだと思う。まだ終結もしていない米軍のイラク戦争展開中に「ハート・ロッカー」を製作・公開するのはその位、困難な事業であった。

映画製作において「困難な事業」と言えば、壮大なセットでのファンタジ―作品、過酷な地で撮影された冒険物語などがあるが、私は『社会派映画の製作』もその一つであると思う。社会の権力のタブーや闇や暗部に光を当て、それを白日の下に曝す。製作にあったって厄介な訴訟を含むあらゆる、妨害工作やトラブルが「社会派映画」の製作には山の様に降りかかって来る。

近年で言えば、名匠アラン・J・パクラ監督の「大統領の陰謀」(1976年)はワシントン・ポスト紙の若手記者がニクソン大統領の不正選挙工作を暴いて行く実話。相手は米国最高権力者である現職ニクソン大統領。事実が明るみになるにつけ上司の編集局長などが段々腹を括っていく姿が生々しい。アカデミー賞はこの作品に4部門の最優秀賞を与えている。
その他、原発事故もの「チャイナ・シンドローム」、環境問題告発もの「エリンブロコビッチ」、赤狩りを描いた「グッドナイト・グッドラック」等ハリウッド映画では社会派作品が脈々と製作され続けられている。(もちろん、日本にも社会派映画は存在する。)

そして、今年も最優秀作品賞は「スポットライト」という社会派作品に授与された。事前情報では日本人にとっては、馴染みの無い「カトリック教会の神父による児童虐待問題」。
2001年の夏に起きた事件なので9・11テロの記憶に完全に隠れてしまったのかも知れない。私もまだ見ていないので正確な評価は出来ないが、資料によるとボストン・グローブ紙という地方紙の記者がある日、カトリック神父が男女児童に性的虐待行為を行っていたという証拠を掴む。編集部がまだ確信を得ないまま、調べて行くと数十人の神父の1000人近くに及ぶ児童への大規模な性的虐待行為が徐々に判明してくる。しかも、教会側はこれを組織的に隠ぺいしようとしていた。しかし、この地のボストン・グローブ紙の定期購読者の55%はカトリックであった。発行部数現象は免れない。「記事にした場合の責任はだれが取るのか?」または「記事にしなかった場合の責任はだれがとるのか?」新聞社内は嵐の様な議論が巻き起こる。

「マッド・マックス」「オデッセイ」等の数々の力作を押さえ最優秀作品賞を獲得した作品だが、映画芸術科学アカデミーはこの賞を同作品に授与するに当たって12億人の信者を持つカトリックの総本山であり、世界の各方面に強大な力を持つ最もパワフルな組織の一つ「ローマ教皇庁」を敵にする可能性もあったと想像される。
2016年。混沌とするジャーナリズムの世界。そして映画でそれを物語にしてゆく事は想像以上の困難が待ち受けていたに違いない。製作者側にも、賞を授与した側にも相当な気骨と勇気が無いと出来ない行為だと十分に想像される。

この社会でこれから映画はどういう役割をしてゆくのか?娯楽・慰み・癒し・・・見れば気持ちが良いジェット・コースター・ムービーも悪くないが、良く練らて作られた「社会派映画」は上映中画面に釘付けになり、目が離せなくなるばかりでなく、映画館を出た後も鑑賞者に様々な影響を与え続ける。

映画の役割は驚く程多様であるし、今後さらにそれを広げるべきだと思う。それを、今回の「スポットライト」受賞は示唆してくれた様な気がする。(了)

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