- 2016年03月03日 16:00
なぜ「女性が働きやすい会社」は伸び悩むのか
女性を封じたから急成長できた!?
──日本の女性はどう社会進出を遂げてきたか。経済成長との関わりは?近代化を迫られた明治期や高度成長期には、国や企業は競争力を急激に高める必要がありました。組織や価値観は画一化したほうが効率がいい。そこで女性の社会進出を封じ「男は仕事、女は家事・育児」と分業して乗り切ったのではないでしょうか。
そうした中でも、医師や学者や飛行士など、幾多の障壁を乗り越え仕事に就いた女性はいました。その存在が社会的に認知されることで、徐々に女性の働く道が切り拓かれてきました。
1986年の男女雇用機会均等法施行、97年の改正法成立を画期として建前上、女性は男性と同等に働けるようになりました。
その意義は大きかったものの、有能な女性を広告塔として登用しただけの事例も多かった。キャリアも家庭も持つエリートという高すぎる理想に意気を削がれたり、多すぎる選択肢の前に途方にくれる女性も増えたのです。
多様化を受け入れて居心地よい国目指せ
──多くの男性は女性抜きのほうが楽で、経済も成長すると考えている?短期的な成長だけを考えれば、多様化は非効率。とはいえ、旧来の男性中心社会で米中に伍していこうにも、人口比から見て不可能でしょう。
しかも、画一化社会は危機に際し脆弱です。先進国で働き方が多様化しているのは、リスク分散のため。女性も一度働くという選択肢を知った以上、もう後戻りはできません。
それならば、成長はそこそこでも技術力があり、気候と治安がよく、多様化が認められる居心地のよい国になればいい。老舗ブランドや歴史の厚みなど日本と共通の多い、イタリアのような国を目指すのも面白いのでは?
時代に挑み道を拓いた“日本初”の女性たち
【1885年】荻野吟子が医術開業試験に合格。湯島に「産婦人科荻野医院」開業、女医1号に。
【1887年】羽仁もと子が報知社(現・報知新聞社)に入社、日本初の女性ジャーナリスト。
【1917年】栃木県の渡辺ハマ(当時23歳)が自動車運転免許試験に合格。初の女性ドライバー。
【1925年】翠川秋子が東京中央放送局(JOAK)入社。初の女子アナ誕生。毎朝の家庭講座を担当。
【1928年】アムステルダム五輪で人見絹枝が女子800m走で銀メダル。日本人女性初のメダリストに。
【1931年】東京航空輸送が客室乗務員「エアガール」を3人採用。6人乗り水上飛行機に乗務。世界でも初の試みだった。
【1934年】埼玉県七本木村の西崎キクが単発複葉機「白菊号」で満州へ。女性飛行士初の海外渡航。
【1936年】ベルリン五輪競泳女子200m平泳ぎで前畑秀子が日本人女性初の金メダル。
【1940年】中田正子が弁護士試補試験に合格、女性初の弁護士。鳥取県弁護士会長などを歴任。
【1946年】第22回衆院議員総選挙で園田天光光、山口シヅエら39人が当選。女性初の代議士に。
GHQの指示により、女性警察官(婦人警察官)採用。当時は執行(逮捕)権を持たなかった。
【1960年】自民党の中山マサが第1次池田内閣で厚生大臣として入閣。初の女性閣僚。
【1968年】陸上自衛隊が輸送学校隷属の「婦人自衛官学生隊」編成。初代隊長は前田米子1等陸尉。
【1971年】医師で登山家の今井通子が女性初のアルプス3大北壁登攀に成功。
【1975年】テニス・ウィンブルドン女子ダブルスで沢松和子が日本人女性初のテニス4大大会優勝。
登山家の田部井淳子がエベレスト登頂に成功。92年には7大陸最高峰登頂の偉業も。女性の登頂成功は世界初!
【1978年】女子サッカーFCジンナンが日本代表としてアジア女子選手権に参加。初の国際試合に。
【1979年】高島屋の石原一子が常務取締役に昇進。東証一部上場企業で初の女性重役。
【1980年】労働官僚だった高橋展子が、日本初の女性大使として駐デンマーク大使に任命される。
【1985年】衣装デザイナーのワダ・エミが黒澤明監督『乱』でアカデミー賞(衣装デザイン賞)受賞。
【1989年】第1次海部内閣で環境庁長官の森山眞弓が、前任者の辞任に伴い女性初の官房長官に。
女優の和泉雅子らが北極点到達。女性では日本初、世界でも2人目。
この年6月に亡くなった歌手・美空ひばりに、翌月女性初の国民栄誉賞が授与される。
【1991年】緒方貞子が日本人初、かつ女性として世界初の国連難民高等弁務官に就任。
【1992年】国道19号線北山トンネル工事で建設省の監察官・所靖子が現場監督として女人禁制が伝統の現場に入坑。
【1993年】土井たか子が衆院議長に。党首就任(86年)、参議院首班指名(89年)も女性初だった。
【1994年】宇宙飛行士・向井千秋がスペースシャトル・コロンビア号で宇宙に飛び立つ。
【1997年】南極越冬隊員として、東北大学の坂野井和代と京都大学の東野陽子が昭和基地へ。
【2000年】JR西日本の山下留美と福沢美幸が、新幹線運転士として「こだま」に乗務。
横山ノック辞任に伴う大阪府知事選挙で太田房江が当選。女性初の都道府県知事。
【2001年】自民党の田中眞紀子が第1次小泉政権で女性初の外務大臣に就任。
【2004年】扇千景が参議院議長に就任。
【2007年】第1次安倍内閣で、小池百合子が防衛大臣就任。
【2010年】JALエクスプレス(JAX)の藤明里が国内初の女性機長に。
【2011年】女子サッカー「なでしこジャパン」がアジア勢代表として初のワールドカップ優勝。
【2014年】野村信託銀行社長に眞保智絵。女性初の国内銀行トップ。
五百田達成(いおた・たつなり)東京大学教養学部卒業。角川書店、博報堂などを経て2007年に独立。著書に『なんで水には色がないの? 大人も知らない世の中の仕組み』『察しない男 説明しない女』など多数。米国CCE,Inc.認定キャリアカウンセラー。
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