- 2016年03月03日 10:00
米国経済にも吹き始めた冷風 マイナス金利の可能性も - 倉都康行 (RPテック代表取締役、国際金融評論家)
季節は徐々に春へと向かい始めているが、経済に春一番が吹く日はなかなかやって来ない。それどころか、単一エンジンとして世界を牽引していた米国経済さえも、やや調子がおかしくなってきた。中国経済、原油安、欧州金融不安、シリア混迷といった不透明要因がなかなか払拭されない中で、米国まで成長ペースが失速するとなれば、どんなに日本経済に強気な安倍政権でも、消費税増税見直しを含め経済対策を検討せざるを得なくなるのではないか。
米国経済が不調という見方には異論があるだろう。確かに昨年第4四半期の成長率は前期比0.7%と急減速したが、本年1-3月期は2%台へと回復する見通しであり、失業率が5%を割れるなど雇用市場も改善の一途を辿っている。自動車販売は絶好調であり、住宅市場では価格が上昇基調を維持する中で、新築・中古ともに販売件数は順調に伸びている。FRBは昨年12月に利上げをした後、2016年は3カ月おきに利上げを行う「金利の正常化」へのメッセージを打ち出していた。
FRBはいずれ利下げに向かう
だが、年初来の市場の乱流をFRBも無視できなくなっている。恐らく3月のFOMCでの利上げは凍結されるだろう。ただしそれは、単なる利上げの先送りに止まらない可能性が高い。市場には、今年は利上げができないとの見方が急速に強まっており、気の早い向きは「FRBはいずれ利下げに向かう」といった相場観に転じつつある。
そこには、単に市場が荒れて株価が下落しているから、という皮相的な思惑だけでなく、米国が景気後退に向かい始めている、という冷静な現状認識が含まれていることに注意しておきたい。中国経済のハードランディングや欧州金融の信用不安でリーマンショック並みの激変が起き、米国がリセッションに入る、といった超悲観的な筋書きではない。景気循環の必然性として、2009年6月に始まった米国経済の拡張期がそろそろ終盤に差し掛かっているという、極めて常識的な判断から来る米国経済不安説なのである。
実体経済に立ち入る前に、ややテクニカルではあるが、米国債券市場において金融市場関係者が着目している景気後退の予兆を示す動きを、3つほど指摘しておこう。
期待インフレ率の低下、長短金利差の縮小、ジャンク債の売り圧力
まずは期待インフレ率の低下である。物価動向を把握するには、現実の物価を基にした指数で測る方法と、債券市場が示す期待インフレ率を見る方法の2つがある。米国の場合、前者はコアPCEデフレータ(個人消費支出指数)で、後者は国債と物価連動債の利回り格差(ブレーク・イーブン・レート)で見るのが通例だ。
足許のコアPCEデフレータはここ約3年間、年率1.3%前後で推移しているが、後者の期待インフレ率は昨年6月の1.7%から一貫して低下している。特に昨年12月に利上げが発表されて以降、さらに低下スピードが加速しており、2月10日には0.95%にまで低下した。それは債券市場が、米国も経済の失速で日欧と同様にデフレに悩まされ始めるのではないか、と危惧し始めている証左である。
2番目は、短期金利と長期金利の差(イールド・スプレッド)である。一般的に長期金利の方が短期金利より高いのが普通だが、この差が縮まってくる(即ち、長期金利が短期金利に接近する)と景気後退が近い証拠、という侮れない市場経験則がある。
現在の米国債の利回りは2年債が0.75%で10年債は1.72%と、その差は0.97%と過去8年間で最少となっている。2年前の2.5%、昨年6月の1.7%といった水準から比べても着実にその差が縮小していることがわかる。機械的に判断することはできないが、FRBが景気拡大中と見て利上げをする一方、債券市場が逆向きの判断をしていることは無視できない事象である。
そして3番目はジャンク債(投機的格付け社債)の利回り急上昇である。米国市場では急速な原油安でシェールガス開発企業を中心に社債が売り込まれ、その利回りは米国債利回りを大幅に上回る水準となった。昨年秋以降、それがエネルギー産業だけでなく他のセクターにも飛び火してジャンク債全般が売り圧力に押されている。米国市場では、それもまた景気後退の確率上昇を示すインディケーションとして捉えられている。
以上、米国経済がリセッション入りする可能性を示す3つの市場動向を示してきたが、実体経済の指標にも気になる点が幾つか挙げられる。
最大の懸念材料はドル高
最大の懸念材料はドル高である。イエレン議長らは為替レートの米国経済への影響は限定的と判断しているようだが、決算発表で明らかなように米国主要企業の業績はドル高の逆風で低迷を余儀なくされている。昨年11月に公表された連銀スタッフの分析に拠れば、ドルが20%上昇すれば約1年後に米国の成長率は1.5%押し下げられ、3年後にはその縮小幅が3%にまで拡大する、という。
主要通貨に対するドル・インデックスは2014年7月の80台から2015年3月に100台へと約25%上昇しており、現在でも95台で20%高の水準に止まっている。その分析に照らし合わせれば、米国の成長率は既に1.5%以上押し下げられている計算だ。ちなみにゴールドマンは、現在のドル高は2.5%の利上げに等しい効果を持つと試算しており、昨年FRBの利上げはさらに追い討ちを掛けるような上乗せになった、と見ている。
また個人消費がガソリン安に反応していなことも特筆されよう。米国家計はガソリン安の恩恵を他の消費に充てるのが従来のパターンであったが、昨年来の可処分所得の増加は貯蓄に回っているのが現状だ。これは、消費者が将来の所得減少リスクを敏感に感じ取っていることを示している。
米国コンファレンス・ボードが発表した2月の消費者信頼感指数は前月比5.6ポイント低下して2015年7月以来の低水準に落ち込んだのは、年初来の市場動揺で景況感が悪化したことが主因だが、その消費節約傾向は現実問題としてGDPに影響し始めるだろう。心理面の冷え込みだけでなく、財・サービスへの支出縮小が始まる可能性は高い。
他にも設備投資の不振、製造業景況感の悪化など良くない数字が並んでいるが、総じて一時的な停滞で終わる可能性もある。FRBは恐らくそうした判断をしている筈だ。だが中国に代表される新興国経済の状況や日欧経済の停滞などを考えれば、米国といえども独り勝ちがいつまでも続く状況にはないかもしれない。
ブルームバーグに拠れば、主要中銀による過去10年間の経済見通しにおいて、最も楽観的であったのがFRBであった、という。仮に年後半にでも景気後退のムードが出て来れば、さすがにFRBも方針を大転換せざるを得ないだろう。市場に「米国も日欧に続いてマイナス金利か」といった観測が浮上してくる可能性も、全く無いとは言えまい。
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