- 2016年03月02日 06:00
エストニアの電子政府と日本の未来への提言 - 前田陽二 / 日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会代表理事
2/2日本の未来への提言
日本では、マイナンバー制度の導入を機に本格的にデジタル社会の構築に動き出そうとしている。
エストニアでは国の予算が少ないこともあり、時間と知恵を使って慎重にデジタル社会の構築を進めてきた結果、ICT先進国の一つとなることができた。彼らは、物事を進める場合に、技術だけでなく、法律、体制、予算を同時に検討してきた。この機会に、エストニアのデジタル社会構築の進め方を参考にすることは重要である。
エストニアでは、ICT推進の基本方針「エストニア情報ポリシーの原則」を1998年に採択し、それに沿って7年ごとに推進計画を作り、デジタル社会の構築を進めている。日本でも同様の「ICT推進の基本方針」を作成し、ICT推進の目的、官民連携の推進方針などを明確にする必要がある。
参考:情報社会の発展のための原則(エストニア情報社会戦略2013より抜粋)
・エストニアにおける情報社会の発展は、公共部門が主導する形で、この原則にしたがい進むべき方向を戦略的に選択する。
・情報社会は、公共部門、民間部門および第三セクターの間の協力に基づいた、調整された方法で開発される。
・公共部門は賢明な顧客であり、公共調達において、革新的な実現方法に可能な限りの自由が残されることを保証する。
・情報社会は、すべてのエストニア国民のために開発される。その一方で、特殊なニーズを持つ社会的なグループへの差別の廃止、地域の発展、および地域の自主性の強化に特別の注意を払う。
・エストニアの言語および文化の一貫性が保証される。
・知的財産の作成者と利用者の双方の利益を考慮に入れる。
・情報社会の発展によって、国民のセキュリティの認識が徐々に低下していってはならない。基本的な権利、個人のデータやIDの保護は保証される必要があり、また情報システムにおける受け入れ難いリスクは避けなければならない。
・EUや世界のその他の地域で起きている動向を考慮に入れる。さらに、エストニアは、アクティブなパートナーとして自身の体験を他の国々と共有すると共に、他の国々からも学ぶ。
・公共部門は、既に存在している技術(eIDカード、データ交換層X-Roadなど)を利用し、ICT技術開発の重複を避ける。
・公共部門はビジネス・プロセスを再構成して、一般市民、企業、および公共団体から1回データを収集するだけで、あらゆるサービスが実現できるようにする。
・公共部門は異なるハードウェアおよびソフトウェア・プラットフォームを同等に取り扱い、自由に無償で利用できるオープンな標準(オープンスタンダード)を使用して情報システムの相互運用性を保証する。
・データの収集および情報通信技術の開発は、再利用の原則に従って実施される。
国民の合意を得るためには、ICT推進計画の情報公開を行う必要がある。
例えば現在、日本ではマイナンバー制度の導入が急ピッチで進められているが、このマイナンバーは将来どのようなシステムに使われる計画なのか、情報を積極的に開示すべきである。将来の全体像を示した中で、まず税と社会保障に利用する、といった説明がないと、国民の合意を得ることは困難である。
エストニアでは、中期計画を公開するとともに、毎年の進捗を「年鑑」としてまとめ、Web上に公開してきた。これにより、国民はICT推進の計画・予算と進捗状況を知ることができる。また、関連する法律もWeb上にまとまって掲載されていて、容易に知ることができる。
省庁、地方自治体を中心とする公共機関のシステムでは、何を共通基盤として構築すべきかを明示することも必要である。エストニアでは、国民ID番号、セキュリティ、システム情報管理、情報交換システム(X-Road)などを各省庁・自治体が共通基盤として利用することにより、アプリケーション構築の負荷を大幅に軽くすることに成功している。
全国民を対象としたID番号制度は、日本では「マイナンバー」として導入が始まった。このマイナンバーは税と社会保障、災害対策の分野に使われるもので、現時点では教育や医療などの分野に使われることにはなっていない。今後は、すべての分野を対象とした国民ID番号管理体系を検討していく必要がある。
エストニアでは、国の情報システムの管理システム(RIHA)があり、省庁などが管理するデータベースの情報を公開している。エストニアでは、官民問わずデータベースの複製を作り、独自のデータベースを運用することを禁止している。データベースを利用したサービスを開発する場合には、そのデータベースを管理している組織と契約を結んで利用している。
日本においても、国や公共団体が管理しているシステムに関する情報を公開する環境を作るべきである。こうすることにより、ベンダーによる特定のシステムの囲い込みを防止することができる。
セキュリティの確保は最重点課題である。これは技術、法律、推進体制のすべてで進めていくべきである。エストニアでは、官公庁職員を含む全国民がeIDカードを用いて電子認証、電子署名を行っている。このため、アクセスコントロールを行ったりアクセスログを残すことができる。
日本においても省庁及び地方自治体では電子署名や電子認証の利用を進めるべきである。これにより、いつだれが何の目的で個人情報をアクセスしたかの記録を残すことができ、システム全体への国民からの信頼を高めることができる。
マイナンバー制度導入においては「情報提供ネットワークシステム」を構築してシステム間の情報の受け渡しを行う予定となっている。これは非常に複雑な仕組みであり、用途も税と社会保障分野に限定されている。今後はまず、利用できる分野を広げていく必要がある。
エストニアでは、経済通信省の国家情報システム局(RISO)を中心に電子政府の構築を進めているが、この外郭団体としてエストニア情報センター(RIA)があり、高い技術力を持った職員が配置されている。日本の省庁では数年ごとに人事異動がある。官僚に多くの分野を経験させるメリットも大きいが、ICTの技術は日進月歩の世界であり、国際的な競争も激しい分野である。ICT関連事業に継続的にかかわれる人材を確保することが必要になっている。
日本は、2001年から始まったe-JAPAN戦略とそれに続くICT新改革戦略を通じて、世界の中のICT先進国家になるべく活動を初め、すでに15年の年月がたってしまった。当初は、2005年には多くの電子政府サービスが全国で利用されると期待されていたが、2015年の現在でも、一部の業界をのぞいて現状は15年前とまったく変わらないといっていいだろう。エストニアは1991年に独立回復後、歴史の浅い小国ながら、多くの人が知恵を出し合い、これらの壁をひとつひとつ乗り越える工夫をし、国民も情報社会のメリットを得てきた。
国の大きさが違う、歴史が浅い、といった些細な理由ではなく、優れた先行事例としてこの北欧の小国の実績と未来像を多くの人々に知ってほしいと筆者は考える。
リンク先を見る 未来型国家エストニアの挑戦 電子政府がひらく世界 (NextPublishing)著者/訳者:ラウル アリキヴィ 前田 陽二
出版社:インプレスR&D( 2016-02-26 )
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オンデマンド (ペーパーバック) ( 172 ページ )
ISBN-10 : 4802090382
ISBN-13 : 9784802090384
世界でもっとも進んだ電子政府を持つ国、エストニア。未来型のオープンガバメントをいち早く実現し、さらに進化させているこの国の現在の姿を最新情報とともに紹介します。さらに、それを支えるICT技術基盤や電子政府サービスの将来ビジョンも詳細に解説、エストニア政府CIOのターヴィ・コトカ氏による序文も掲載しました。国民ID番号とeIDカードの配布による最先端の行政システムを実現したエストニアからみた、マイナンバー導入に揺れる現在の日本に対する提言も掲載。今後の行政効率化と電子化に向けた将来像を描いています。
画像を見る 前田陽二(まえだ・ようじ)
日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会代表理事
1948年富山市生まれ。早稲田大学理工学部電子通信学科卒業後、同大学理工学研究科修士課程を修了。三菱電機株式会社に入社し、文字・画像認識分野の研究開発に従事した後、2001年~2009年にECOM(次世代電子商取引推進協議会)に出向し電子署名および認証の分野を中心に調査研究に従事。2010年~2013年、一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)主席研究員、2005年~2014年、はこだて未来大学(夏季集中講座)非常勤講師。工学博士。共著に『未来型国家エストニアの挑戦 電子政府がひらく未来』(インプレスR&D)『IT立国エストニア−バルトの新しい風』(慧文社)、『国民ID制度が日本を救う』(新潮新書)他。



