日本財団理事長 尾形 武寿
仕事で1月28日からフランス・パリ、トルコ・イスタンブール、イギリス・ロンドンの3都市を7泊8日で回った。
いずれも昨年秋から年明けにイスラム過激派によるテロ事件が発生しており、厳しい入国審査を覚悟して出発した。
しかし、どの国も意外なほどスムーズに入国でき、国境や宗教をめぐり長い紛争の歴史を持つ3国と、海に守られ平和を享受してきた日本との違いを、あらためて思い知る気がした。
最初に訪問したパリ。昨年11月、130人を超す犠牲者が出た同時多発テロ後、非常事態宣言も出されていたが、他国に比べて簡単な入国審査は従来通りで特段の質問も受けなかった。
イスタンブールへの移動はトルコ航空を避けエアーフランスを利用した。空港に到着すると、いつもなら観光客でごった返すロビーは閑散としており、日本国のパスポートを示すと簡単に入国できた。
ロンドンにはブリテッシュエアで移動。トルコ経由の入国にもかかわらず、入国審査はこれまで以上に簡単に済み、機関銃を手にした警備兵の表情にも緊張感はなかった。
パリの知人に感想を求めると、「テロに屈しないことを示すためにも外出も含め普段通りの生活を保っている」との返事。自由を尊重する立場から、非常事態宣言の継続に反対する人も多いと聞いた。
平常に近いロンドンの表情には、北アイルランドの独立を目指したIRA(アイルランド共和国軍)のテロとの長い戦いが続いたイギリスの自信と冷静さがあるような気もした。
もっともイスタンブールは訪問二週間前に、中心部の観光地でドイツ人観光客ら10人が死亡する過激派の自爆テロが発生した直後だけに緊張感も漂っていた。観光客の姿は少なく、道路もこれがイスタンブールかと思うほど車は少なかった。
アゼルバイジャン、キルギス等、中央アジア六カ国からトルコに留学する学生への奨学事業の関係で毎年この街を訪れ、今回も例年と同じホテルに泊まったが、朝食時の食堂にいつもの長蛇の列はなく、ロビーの客も大半はトルコ人だった。
地元の関係者は、この国の主要産業である観光へのテロの悪影響を嘆き、留学生も何人かは自国でテロを経験しているものの、日常生活も不便になり動揺は隠せない様子だった。
隣国シリアからの難民は150万人を超え、犯罪の増加など治安も悪化しているようだ。アサド政権軍の反政府勢力攻撃で難民がさらに増える兆しもあり、過激派組織「イスラム国」(IS)や少数民族クルド系の非合法武装組織PKK(クルディスタン労働者党)との戦いも先が見えない。
訪問した3国でも、とりわけトルコが位置する中東地域は紀元前から民族や宗教の違いからくる紛争と戦乱が続いてきた。この地域で何が起き、今後どうなるか、日本人には想像することも難しい。
日本は海に守られ、世界の中でも特異な文明を築いてきた。多発する自然災害に対する知恵と工夫があり、東日本大震災では被災者の我慢強さやかばい合いの精神が世界から絶賛された。
しかし中東地域のような激しい領土紛争や宗教戦争の経験はなく、テロに対する備えも希薄だ。グローバル化が進む中、我国もテロと無縁ではない時代が来るかもしれない。その時、どうするのか。ロンドンからの帰途、そんな取り留めのない思いで頭がいっぱいになった。