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プロ野球選手だからできること “自分発信”の福祉活動続ける原動力 ゴールデンスピリット賞受賞 楽天・今江敏晃選手 - 森本茂樹

2月1日からプロ野球各球団が一斉にキャンプインし、2月20日からはオープン戦もスタート。3月25日の開幕戦に向けて、チーム作りが始まっている。例年日本シリーズが終了すると、プロ野球はシーズンオフとなる。およそ6カ月の間に、日本各地を移動しながら143試合を戦うプロ野球選手。オフは、シーズン中に疲れた体を休めるために重要な期間であり、またシーズン中にはできないファンとの交流を行う時期でもある。昨年11月、優れた社会貢献活動を行うプロ野球選手に贈られる「ゴールデンスピリット賞」を受賞した楽天イーグルスの今江敏晃選手は、今オフも東日本大震災後に交流を続けている福島県いわき市を訪れるなど、社会貢献活動を積極的に行った。多くのアスリートとは異なるスタンスで続けている活動について、話を聞いた。

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今シーズンから東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍した今江敏晃選手。社会貢献活動に積極的なプロ野球選手に贈られる「ゴールデンスピリット賞」を昨年受賞した

 社会福祉活動にはもともと興味があったという東北楽天ゴールデンイーグルスの今江敏晃選手。プロ入りする前から、有名人が多くの人を助ける姿を見て、「かっこいいな」と思っていたという。「自分も野球選手になって頑張って人に影響を与えられるようになりたい」というのが、高校卒業後プロ野球選手になった今江選手が考えていたことだった。

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2005年、今江選手は好調をキープし、自身初めてとなる日本一に貢献した

 今江選手は、大阪の名門PL学園で1年時から4番を務め、2年時には夏の甲子園大会に出場。2001年のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから3位指名を受け、夢に見たプロ野球選手となった。05年にベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞し、日本シリーズでは、4連勝での日本一に貢献し、MVPも受賞した。シーズンオフには、第一回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表メンバーにも選出され、5試合で4打点など世界一にも貢献した。

勇気をもらった障がい者チームとの交流

 社会貢献活動については、当初から「プロで活躍してから」と思っていた。「2005年、日本シリーズのMVPで僕の名前を覚えてもらったんで、2006年には社会福祉活動を始めることができたらと思っていました。でも、2006年は成績が振るわなかったんです。打率も悪くって。そんな時、たまたまテレビで障がい者野球を見たんです。このチームと交流することによって、『考え方が変わるんじゃないか』と思って、手紙を書きました」

 『普通、逆ですよね』と聞くと、「待ってるものではないですし、人に勧められてやるものでもないと思っているので」と笑顔で答えてくれた。手紙には『交流をさせてもらえませんか』としたため、その年のシーズンオフに初めて群馬県伊勢崎市に群馬アトムの練習場を訪ねた。「グラウンドに行くと、片手や片足の選手が転びながらも、みんな声を出して楽しそうにプレーしていたんです。初めはホントに衝撃的でしたね。彼らと交流をさせてもらうっていうことは、もちろん自分のプレーも生半可な気持ちではできないと思っています」

 日本身体障がい者野球連盟には、16年1月現在で全国36チーム、896名が登録している。選手は、松葉杖を片手に守備についたり、片手でバットを振ったり、車椅子でプレーしたり。チームは身体障がい者と視聴覚などの障がい者で構成される。今江選手が交流する群馬アトムは昨年11月に行われた第17回全日本身体障がい者野球選手権大会では準優勝した強豪チームである。

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「たくさんの勇気をもらっている」と話す社会福祉活動では、今江選手の思いを直接伝えている

 「続けると思って始めた」群馬アトムとの交流は、ホームゲームへの招待やオフの交流など10年が経過した。「チームの人たちはハンディを抱えておられます。交流することで、その大変さが和らいで希望を持ってもらえたら、と思っていました。笑顔を見たいと思って始めた交流で、勇気を与えるつもりだったのが、逆に勇気をもらっているんです。プロ野球選手って、やっぱり選手だけで成り立っているわけじゃなく、たくさんのファンやいろんな人たちに支えられているんです。だから社会に恩返しがしたい、と思ってやっています」

人と人とのつながりを大切に

 小児がん患者を支援するNPO「ミルフィーユ小児がんフロンティアーズ」では夫婦で理事を務めていたり、児童養護施設の子どもたちと交流を行っていたり、東日本大震災の後には、福島県いわき市を毎年訪れていたりと、今江選手の活動は、年々広がっている。そして、今江選手の活動がユニークなのは、全て自ら関わりを始めているところである。

  「どの活動も、全部自分発信なんです。母がガンでなくなり、闘病生活を見ていました。未来のある子ども達が同じように苦しい思いをしているのを知り、小児ガン患者の支援を始めました。千葉の養護学校は、子どもが生まれてから、子どもへの愛情とか、自分が愛情をかけて育ててもらったことを実感して。親のいない子ども達の力になれたら、という思いで始めました。そして、いつもこういう福祉活動を手伝ってくれたスタッフが、福島県いわき市の出身で。震災後、少しでも力になれればと思って、いわきへ行きました」

 福島県いわき市への訪問は、震災の起きた2011年から始め、今年で5回目となった。市役所や小学校、中学校を訪れ、夜には野球教室も実施した。小学生の頃から交流している生徒がいる磐崎中学校では、トークイベントを実施。質疑応答や野球部とソフトボール部の生徒への素振り指導も行った。生徒からは、「今江選手が行っている社会貢献活動に興味を持った」「今江選手の優しさ、温かさを感じた」と、小学生時代から知っているプロ野球選手に親しみも感じていた模様。野球部の顧問でもある鈴木哲先生は「震災以来多くの有名人が被災地を訪問している中、5年も継続して活動していることが素晴らしいことだと改めて感動しました。子どもたちに笑顔で接していただいたので、生徒たちは安心して緊張せずに過ごせたと思います」と話した。

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小学生の頃から交流している今江選手の来校を、生徒たちは心待ちにしていたという(写真提供:磐崎中学校)

 「どの活動でもそうなのですが、交流して刺激し合って、切磋琢磨して。距離感があるのはいやなので、自ら訪れてやっています。やっぱり、人と人とのつながりが一番大切だと思います。自分が著名だからと上からではなく、同じ位置に立って、同じ目線で交流したい。ホントに気づきながらできているというか、僕の財産になっています」

 14年過ごした千葉ロッテマリーンズから、今年、東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍した今江選手。移籍の交渉では、星野仙一副会長から、社会福祉活動を評価され、人間性も含めて若手のリーダーになってほしいと言われたという。今江選手は、「一人のプレイヤーとして、そして人間としても評価してもらっての移籍になりました。福祉活動をすると、見えてくるものも違うんで、後輩に興味を持ってもらえたら、社会もよくなっていくと思います。人間としてもいい具合に影響できたらいいですね。東北は、震災があって、まだまだ復興が大変なんで、そういう意味でも東北の人に喜んでもらえる、元気を出してもらえるプレーをしたいと思っています」

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