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- 2016年02月29日 05:30
デジタル教科書とは—文科省の会議にて
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Q 海外における「デジタル教科書」の形状・形態はどうか。
A 申し訳ありません。私たちはその情報を持っておりません。
諸外国における「デジタル教科書」又はデジタル教材の整備状況を文部科学省に何度か聞いたことがありますが、それぞれの国により制度や位置付けが違うということもあり、統一的な比較は難しいという説明を受けています。
各国調査、現状把握も非常に重要なテーマになってきていると思っておりますので、私たちも協力しながら、きちんとしたデータを共有して議論が進むようにしたいと思っています。
Q DiTTの考えている「デジタル教科書」とはどこからどこまでを言っているのか、端末まで含むのかなどについて、今一度正確に表明いただければと思います。
A 「デジタル教科書」を協議会の中で正確に整理し、定義したことがありませんので、私個人の認識なのですが、端末と、ネットワークと、教材、つまりコンテンツは別物なのだと認識しております。
それから、当初、ネーミングについてひともんちゃくありました。最初、「デジタル教科書協議会」ということで発足をさせようとしたのですけれども、デジタル教科書の存在に疑義もあり、「教材」という文言を入れたという経緯もありました。
その認識は、実は正式には「デジタル教科書」なるものは存在していないのであろうということです。つまり、法律上の定義で言う教科書の中に、デジタルの教材というものは、紙の教科書をデジタル化したものであっても存在していないというところです。
これから活動を進め、広がったところでデジタルも教科書として正規化され、制度の中に組み込まれて、ようやく「デジタル教科書」というものが出来上がるであろうということで、私は、世の中にあるのはデジタル教材であり、それを学校現場でお使いになっているという認識であり、「デジタル教科書」は目標として掲げている、と考えていただいた方が正確かと存じます。
Q 教科書となった場合には、学ぶ内容と、その質が検定などによってきちんと保証されたものというものであり、一方、デジタル教材は、チェックのようなものは通っておらず、学習に寄与するものであれば何でもデジタル教材と言えるのではないかという気もするのですが、「デジタル教科書」とデジタル教材というような住み分けを考える場合、違いとして、質的・内容的な保証のほかにはどのようなものが考えられるでしょうか。
A これも私たちの中で随分議論がありまして、例えば紙の教科書をPDFにしたものが制度に組み込まれたら、それも「デジタル教科書」と呼ぶのかという議論がございました。それも「デジタル教科書」と呼ぶのでしょうが、それによって教科書の質、あるいは教育の質が高まるかというと若干疑問があります。
紙の重さを軽くするという効果はあるかもしれませんが、それ以上のものではないということで、デジタルあるいはICTの良さを生かして、紙ではできないような性能を持ち、かつそれが制度的にきちんと整理をされて、検定なども制度的にクリアされ、措置されたものを「デジタル教科書」と呼ぶことになるのではないかと感じています。
委員コメント
このようなことを進めようとすると、それに対する不安というのは必ず起こりますが、推進しようとする方と、それを止めようとする方の持っているイメージが全然違うことがあります。
デジタル情報機器を持っている中でも、ノートを使ったり、鉛筆を使ったり、様々な活動の中でデジタル機器を含めて使っているわけであり、そういったイメージで推進するのだと思います。
しかし、反対する方、不安に思う方は、教育活動や、あるいは教師や生徒が「デジタル教科書」に制約されるのではないかというイメージを持ちやすく、特に教師の場合はそうだと思います。
そのような、0か1かという極端な考え方ではなく、推進する方も、いかにしてそれを自然な形で推進していくかということを考えているわけですので、不安に思う方もそのようなことを理解していく必要があると思います。
私自身、学校の中で推進する方ではあったのですが、学校の中には教師の都合があり、その一方で生徒の未来があります。
これは対抗するものではないと思うのですけれども、今の学校には全国から見学者がいらっしゃるのですが、話を聞くと、教師の都合の方が非常に肥大化しているのではないかと感じます。生徒たちの未来が余り考えられていないのではないかとも考えます。
ですから、余りにも教師の不安といったものにこだわり過ぎるのも、結果的には余り良くないのではないかと思います。
A 申し訳ありません。私たちはその情報を持っておりません。
諸外国における「デジタル教科書」又はデジタル教材の整備状況を文部科学省に何度か聞いたことがありますが、それぞれの国により制度や位置付けが違うということもあり、統一的な比較は難しいという説明を受けています。
各国調査、現状把握も非常に重要なテーマになってきていると思っておりますので、私たちも協力しながら、きちんとしたデータを共有して議論が進むようにしたいと思っています。
Q DiTTの考えている「デジタル教科書」とはどこからどこまでを言っているのか、端末まで含むのかなどについて、今一度正確に表明いただければと思います。
A 「デジタル教科書」を協議会の中で正確に整理し、定義したことがありませんので、私個人の認識なのですが、端末と、ネットワークと、教材、つまりコンテンツは別物なのだと認識しております。
それから、当初、ネーミングについてひともんちゃくありました。最初、「デジタル教科書協議会」ということで発足をさせようとしたのですけれども、デジタル教科書の存在に疑義もあり、「教材」という文言を入れたという経緯もありました。
その認識は、実は正式には「デジタル教科書」なるものは存在していないのであろうということです。つまり、法律上の定義で言う教科書の中に、デジタルの教材というものは、紙の教科書をデジタル化したものであっても存在していないというところです。
これから活動を進め、広がったところでデジタルも教科書として正規化され、制度の中に組み込まれて、ようやく「デジタル教科書」というものが出来上がるであろうということで、私は、世の中にあるのはデジタル教材であり、それを学校現場でお使いになっているという認識であり、「デジタル教科書」は目標として掲げている、と考えていただいた方が正確かと存じます。
Q 教科書となった場合には、学ぶ内容と、その質が検定などによってきちんと保証されたものというものであり、一方、デジタル教材は、チェックのようなものは通っておらず、学習に寄与するものであれば何でもデジタル教材と言えるのではないかという気もするのですが、「デジタル教科書」とデジタル教材というような住み分けを考える場合、違いとして、質的・内容的な保証のほかにはどのようなものが考えられるでしょうか。
A これも私たちの中で随分議論がありまして、例えば紙の教科書をPDFにしたものが制度に組み込まれたら、それも「デジタル教科書」と呼ぶのかという議論がございました。それも「デジタル教科書」と呼ぶのでしょうが、それによって教科書の質、あるいは教育の質が高まるかというと若干疑問があります。
紙の重さを軽くするという効果はあるかもしれませんが、それ以上のものではないということで、デジタルあるいはICTの良さを生かして、紙ではできないような性能を持ち、かつそれが制度的にきちんと整理をされて、検定なども制度的にクリアされ、措置されたものを「デジタル教科書」と呼ぶことになるのではないかと感じています。
委員コメント
このようなことを進めようとすると、それに対する不安というのは必ず起こりますが、推進しようとする方と、それを止めようとする方の持っているイメージが全然違うことがあります。
デジタル情報機器を持っている中でも、ノートを使ったり、鉛筆を使ったり、様々な活動の中でデジタル機器を含めて使っているわけであり、そういったイメージで推進するのだと思います。
しかし、反対する方、不安に思う方は、教育活動や、あるいは教師や生徒が「デジタル教科書」に制約されるのではないかというイメージを持ちやすく、特に教師の場合はそうだと思います。
そのような、0か1かという極端な考え方ではなく、推進する方も、いかにしてそれを自然な形で推進していくかということを考えているわけですので、不安に思う方もそのようなことを理解していく必要があると思います。
私自身、学校の中で推進する方ではあったのですが、学校の中には教師の都合があり、その一方で生徒の未来があります。
これは対抗するものではないと思うのですけれども、今の学校には全国から見学者がいらっしゃるのですが、話を聞くと、教師の都合の方が非常に肥大化しているのではないかと感じます。生徒たちの未来が余り考えられていないのではないかとも考えます。
ですから、余りにも教師の不安といったものにこだわり過ぎるのも、結果的には余り良くないのではないかと思います。



