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特集:マイナス金利下の日本経済

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正直なところ、「これだけ難しい問題は久しぶりだ!」と思いました。1月29日に日銀が発表し、2月16日から実施されたマイナス金利をどう評価するか。もともと金融政策の話は難しい上に、相手は前代未聞の「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」。しかも米欧金融当局との駆け引きとか、円高・株安とか、高齢者の心理とか、沈滞気味の世界経済とか、いろんな要素が複雑に絡んでいる。

少なくとも、マイナス金利は歓迎されているようには見えません。理屈としては正しくても、今の日本経済にとって正しい処方箋ではないのではないか。少なくとも、大きな効果を期待することはできないというのが実感です。

●「マイナス金利」は長期戦になる?

いよいよ2月16日から「マイナス金利」が始まった。「2016年の2月16日」というと妙に覚えやすい日付なのだが、この日は長く記憶されることになるかもしれない。

なんとなればこの制度は、一度導入したら容易に解除できない。金利を再びゼロ以上に戻すには、まず「物価目標2%」を達成しなければならない。1月29日の展望レポート(経済・物価情勢の展望)では、達成期限は2016年度後半頃から17年度前半頃に先送りされている。かなり疑わしいが、仮に17年度後半あたりに目標が達成されたとしよう。

それから先は出口戦略ということになるが、その場合、先に手掛けられるのは「量的緩和政策」の方であろう。日銀が大量に購入した日本国債を、市場に影響を与えないような形で少しずつ減らしていくことになる。相当に神経を使う作業になるだろう。なにしろこの間に、長期金利の高騰を招いては元も子もない。

マイナスになった金利をゼロ、さらにはプラスゾーンに戻す作業は、その量的緩和政策の解除に目途がついてからということになる。果たして2020年の東京五輪とどっちが先になるか、くらいのイメージになりそうである。

以前からマイナス金利の導入を示唆していた論者に、岩田一政氏(日本経済研究センター理事長)がいる。昨年11月18日の日経「経済教室」において、「現在の量的・質的緩和は2017年半ばにも限界に達する」から、「日銀はマイナス金利の採用を検討すべきである」と主張していた。確かに理屈から言えば、国債買い入れには限界があるけれども、金利の引き下げには限界がない。

その岩田氏は、マイナス金利導入後のインタビュー(日経、2月7日付)で「私は量的・質的緩和が始まったときから2%の実現には5年程度かかると言ってきたので、おおむね見通し通り」と述べている。要するに「2年で2%」ではとても片が付きそうにないので、デフレとの持久戦を覚悟してマイナス金利の導入を、ということになる。

もっともこれに対し、世間の評判はあまり芳しくない。今回のマイナス金利導入に対する批判としては、以下のような論点がある。

1. 銀行の仲介機能が低下する~銀行の収益が悪化すると、かえってお金が行き渡らなくなってしまう(マイナス金利による減収は限定的との指摘もあるが、利ザヤは確実に細るし、既に銀行株は売り込まれている)

2. 効果が限定的である~現金の金利はゼロであるから、それ以外の金利を大きなマイナスにすることは不可能である(現金の金利をマイナス化する、という「禁じ手」もないではないのだが、現金選好が強い日本社会では非現実的だろう)

3. 現場の準備不足~サプライズ効果を狙ったために、1月29日発表→2月16日実施という短期決戦となったが、「日銀自身のシステムも実はマイナス金利に対応できていない」1(ちなみにECBがマイナス金利を導入した際は、1年前から予告していた)

4. かえってデフレ心理を強めてしまう~いずれは普通預金もマイナスになる、と考えた預金者が警戒心を強めている(経済・金融の理論と心理学は別物ではないか?)

私見を述べるならば、「マイナス金利」は欧州に先行事例があるとはいえ、ほとんどが未体験ゾーンの世界である。副作用が目立ち始めたら、早期に幕引きする可能性を排除すべきではないだろう。

これから先の金融政策においては、製造業における「PDCAサイクル」のようなプロセスが重要ではないだろうか。極端な例を挙げれば、年初の上海株式市場は「サーキットブレーカー制度」をわずか1週間で撤廃した。褒められた話ではないが、メンツを重視して続けていれば傷口はさらに広がっていたはずである。

●日米欧の金融緩和競争か?

そもそも1月29日の決断はなぜ行われたのか。

今年から日銀の金融政策決定会合が、従来の年14回から「グローバルスタンダード」である年8回開催に変更された2。その結果、日米欧の金融政策会合が近い日程で開かれるようになり、「金融政策決定ウィーク」のようなリズムができあがった。

吉崎達彦
1月のラウンドは、ECBが「追加緩和を示唆し」(1/21)、FRBが「利上げせず」(1/27)の直後に行われた。日銀が何もしなければ、円高進行は必至であっただろう。そこで繰り出されたのが「マイナス金利」というサプライズであったのだが、ここまで来ると金融政策ではなくて為替政策、もっといえば単なる円安誘導策ということになる。

しかし、日米欧の当局が自国通貨を安くしようと競い合っていても、全体としての緩和効果はゼロサムになってしまう。なにしろ「金融政策決定ウィーク」は、すぐに次の回がやってくる。来月のそれはECB→BOJ→FRBの順で訪れる。こんなことを繰り返していると、中国をも巻き込んだ通貨安競争に発展してしまうのではないだろうか。

おそらく半年もたてば、市場はこのサイクルに慣れてしまうだろう。が、それまでは「隣は何をする人ぞ」が気になって仕方がない。為替市場も不安定になるということだ。

「円高を止めるために、いっそ為替介入を」との声も一部にある。が、1ドル110円前後での為替介入は非現実的だろう。現在の米大統領選挙では、反自由貿易の嵐が吹き荒れている。「日本が為替介入を実施」というニュースが伝われば、激しく非難されるだろう。場合によっては、TPP批准をつぶす格好の理由として使われてしまうかもしれない。

●円高・株安は危険な水準か?

もともと本誌では、「2016年は貿易収支の改善で円高」と予想していた3。そのせいもあって、今の1ドル110円台がそんなに危険な水準とは考えていない。

確かに直近の日銀短観12月調査を見れば、大企業・製造業の想定為替レートは119.40円となっている。為替差損の発生により、3月期決算を修正するところも出てくるだろう。それでも2012年頃のことを思えば、110円前後を「円高」と呼ぶことには抵抗がある。

株安についても同様の印象がある。これまた本誌のいつもの手法で、東証時価総額と名目GDPを比較してみると以下のようになる4

○東証時価総額/名目GDPの推移
吉崎達彦
1. 安倍内閣発足時点ではまだ60%台だった(2012年12月)。
2. 黒田・日銀が異次元緩和を開始すると80%台に(2013年4月)。
3. 追加緩和の翌月から100%を超える(2014年10月)。
4. 日経平均が15年ぶりに2万円を超え、120%の危険ゾーンに(2015年5月)。
5. 世界同時株安によって16か月ぶりの100%割れ。現在は90%台で推移(2016年2月)。

この見方から行くと、追加緩和以降の株価がむしろ高過ぎたということになる。むしろ名目GDPを600兆円程度に増やしながら、時価総額もそれにつれて増えていくという形を目指すことが望ましいのではないだろうか。

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