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カリスマ考証家が語り尽くす大河ドラマ「真田丸」の世界 - 二木謙一

大河ドラマ「真田丸」の世界「真田丸」を10倍楽しむ〜大河ドラマ十四作品の考証を手がけた碩学が歴史的背景&最大の見どころを徹底ガイド

二木謙一(豊島岡女子学園理事長、国学院大学名誉教授)


 今回のNHK大河ドラマ「真田丸」は視聴率20%前後と好調なスタートを切りました。これはやはり三谷幸喜さんの脚本、主人公、真田源次郎信繁を演じる堺雅人さんの明るさと、父の昌幸役・草刈正雄さんのちょっとコミカルな策謀家の魅力でしょう。

 さらにいえば、戦国時代の面白さです。信長や家康、北条、上杉といった際立った個性、様々な人間哲学を備えた人物たちがぶつかり合う。彼らの言葉には、現代の私たちの指針になるものが少なくありません。

 私は歴史学者としては中世・戦国の専門家ですが、大河ドラマの時代考証・風俗考証として、応仁の乱を描いた「花の乱」(1994年)から、岡田准一さん主演の「軍師官兵衛」(2014年)まで、二十年間にわたり、十四の作品に携わりました。いわばドラマを舞台裏からも楽しむ立場にいたわけです。史実とドラマを橋渡ししてきた立場から、最新作「真田丸」の見どころをお話ししましょう。

史料のないところは大変

 まず今回のドラマの主人公が真田信繁(幸村)、それも武田家滅亡から始まると知って、私は、これはまた大胆な、と驚きました。というのも、歴史家からすると、「真田幸村」ほど人気、知名度の高さに比べ、実態のわからない人物もいないからです。

 幸村といえば大坂の陣です。世はほぼ徳川の天下と決したのにもかかわらず、義を貫いて豊臣氏に味方し、冬の陣では、「真田丸」と名付けた砦を拠点に大奮闘。いっそう情勢が悪化した夏の陣で、徳川家康から信濃一国を示されても歯牙にもかけず、合戦となれば敵本陣に猛攻をかけ、あの家康に自害を覚悟させるほどの打撃を与えた。さらには壮絶に討ち死にし、敵からも「日の本一の兵」と賞される。しかも、明るくて優しい。講談では、猿飛佐助ら忍者軍団「真田十勇士」を率いて大活躍。これほど日本人好みでドラマ向きの英雄もありません。

 ところが、歴史ドラマの主人公、ことに大河の主役となると話は別。これほど難しい主人公はいません。もともと小大名である真田家はあまり史料が遺されていないからです。ましてや伝説の「真田幸村」ではなく、歴史上の「真田信繁」となると、史料はほとんどない。「幸村」という名前からして後世の創作なのです。

 そこで長尺の歴史ドラマなどで真田家を取り上げるならば、戦国真田三代、すなわち軍功によって武田信玄に取り立てられた祖父・幸綱、信玄から「我が両目」と称された軍略家の父・昌幸、そして関ヶ原で敵味方に分かれる信幸・信繁兄弟という三代記を描くのがいわば常道でした。NHKの連続ドラマ「真田太平記」(1985年、池波正太郎原作)もそうです。

 しかし、今回の「真田丸」は、初回でいきなり武田家が滅亡してしまいます。信玄も出てこなければ、真田幸綱も登場しません。

 大河ドラマは一年間、およそ50回です。一回45分としても、35時間を優に超える大作です。上田合戦と大坂の陣はたっぷり描くとしても、はたしてエピソードは足りるのだろうか、などとドラマ作りの内情を知るだけに、勝手な心配もしておりました。

 でも、その史料が少ない部分を巧みに作るのが、脚本家と制作スタッフの力量なのです。

 前にも述べたように、真田家は北信濃と西上野を拠点としたちっぽけな大名です。武田家の家臣とはいうものの、東は北条、北は上杉、西からは織田・徳川の脅威を受けるという過酷な条件下で、必死に生き残りをかける、嵐の中の小舟のような存在です。当主の昌幸としては、絶対的な主君、信玄はとうになく、勝頼も昌幸を信じきれずに死んでしまった。ドラマは、頼りになるものは何もないところから始まります。智謀で名高いスーパーマン一家の物語であるかにみえて、大国の意向や状況に翻弄される「普通の自営業家族」の物語でもあるわけです。

 当時の関東には、真田家のような武将たちがいっぱいいました。確実な明日の保障は何もないのですから、彼らは一種のバクチ打ちにならざるを得ません。複雑な義理に縛られつつも、直感を研ぎ澄ませ、先を読む。成功すれば領地を与えられ、失敗すれば一族が滅ぶ。

 その本質をよくあらわしていたのが、武田氏滅亡で岐路に立つ真田家が上杉につくか北条につくか、苦悩する場面です。息子二人を前に座る昌幸が二本のこよりを左右の掌に握って、長男・信幸(大泉洋)にどちらか引けと迫るのですが、どちらも固く握って離そうとしない。挙句のはてに、「このように大事なことをくじで決めていいのか」と言い出し、こよりを投げ捨てて、武田氏を滅ぼした織田氏につく、と息子たちに明かすのです。三谷流のコミカルな表現のなかに、戦国武将のサバイバルの厳しさが示されている。

 それにしても、ドラマを作る側からすると、史料のないところは本当に大変なんです。

 一本の大河ドラマを作る際に、われわれ考証関係の人間が加わるのは、放映される前の年の3月ごろ。そこからおよそ一年半かけて作っていくのですが、台本だけで三回作り直すのです。まず下書き的な準備稿ができ、ストーリーや設定が史実に反しないかどうかに始まって、いろいろと修正が加えられる。これは表紙が白だから「白本」と呼んでいました。「信長は煙草を吸っていたか」(タバコ伝来はもっと後だから、吸っていなかった)とか、「毛利元就が花火を見る場面はOKか」(花火ももっと後代)といった質問、疑問が次々に出てきます。そして、表紙がブルーの第二稿(青本)ができてきて、決定稿となり、俳優さんたちに配られる。

 撮影が始まってからも、毎週、考証会議が開かれて、セリフ回しから登場人物の衣服、髪型、料理の献立、さまざまな儀式など、ありとあらゆることを調べて、決めていかなければなりません。

 今回の「真田丸」でいうと、第二回でしたか、信幸・信繁が一家を率いて、岩櫃城に向かう場面。途中、野盗に襲われ、着物を投げ与えて切り抜けたり、顔に泥を塗って身分を隠そうとする、ああいう場面は史料に出てきませんから、不自然にならないよう、脚本家、演出家が気を使うところなのです。

必死のサバイバル

 では、これからの「真田丸」の見どころについて。もちろん私はドラマの先がどうなるかは知りませんが、歴史の上で何が起きたかは分かります。

 まず前半の大きな見どころは、まさに真田家必死のサバイバルです。

 すでに放映された部分の復習も兼ねて、簡単に説明しますと、西から進軍した織田氏・徳川氏が武田を滅ぼす。そこで昌幸は、織田の軍門に下って領土の一部を安堵されますが、そのわずか三カ月後に、本能寺の変で信長が落命します。

 その力の空白に乗じて、甲斐・信濃占領に乗り出す徳川。これに昌幸は上杉、北条を後ろ盾にして対峙しますが、北条氏政(高嶋政伸)が甲斐に攻め入ると、昌幸は北条を裏切って、徳川に帰順するのです。

 ところが、その徳川は北条と和睦を進めてしまい、「上野は北条の領土」と認め、真田の拠点である沼田城を明け渡せと迫る。これを拒絶した昌幸は、今度は上杉景勝(遠藤憲一)に頼って、徳川との関係を絶つ。このとき、十九歳の信繁は上杉の人質となります。

 わずかの間に、織田→上杉、北条→徳川→上杉と、次々と同盟関係(というより、頼りにする主君)を鞍替えする昌幸は確かにしたたかな戦国武将ですが、一方で、戦国時代とは義が尊ばれた時代でもありました。

「真田丸」のなかで、同じ勝頼を裏切った家臣でも、以前から織田と通じていた穴山梅雪(榎木孝明)は厚遇されたのに、織田怖さのあまり突然寝返った小山田信茂(温水洋一)は斬られてしまう。同じ裏切るにも、信用度が違うというわけです。

 ことに多くの家臣を率いる大大名ともなれば、むしろ義に厚いことが家臣からも信頼され、尊敬を受ける大事な要素となりました。北条氏の総帥、北条氏綱は「人の命はわずかの間なれば、むさき心底ゆめゆめあるべからず」と、むさき心、すなわち裏切りなどの見苦しい醜い心を戒める言葉を残しています。

 のちに昌幸のことを、秀吉が「表裏比興(卑怯)の者」、表裏のある卑怯者と評していますが、これもしたたか者とのプラス評価半分、警戒半分の言だといえるでしょう。

 ここからの家康との緊張関係は、関ヶ原、大坂の陣へと続く、後半のドラマのメインテーマといっていいと思います。

 まずは第一次上田合戦です。徳川が真田の本拠地、上田城を攻めるのに対し、昌幸の軍略が冴えわたる大きな見どころでしょう。

 そして、いよいよ信長の後継者争いを制した羽柴秀吉の登場です。家康が秀吉に臣下の礼を取る。そして昌幸も即座に秀吉に臣従、景勝のもとに置いていた信繁を、今度は秀吉の人質に差し出すのです。

 ここで真田家と家康は、秀吉を介して、複雑な関係を結びます。

 家康も昌幸も豊臣家の直臣となりますが、秀吉は、昌幸に家康の与力大名となることを命じるのです。つまり統一して軍事行動を取る際には家康の指揮下に入るが、身分的には対等という関係です。秀吉が家康の与力に昌幸を置いたのは、いざというとき、家康側の動きを牽制させる目論見があったのかもしれません。

 その入り組んだ関係が端的にあらわれるのが、信幸・信繁の婚姻関係です。

 長男の信幸は家康のもとに人質として出され、家康側近の本多忠勝の娘を妻とします。それに対し、秀吉の人質となった信繁は、秀吉側近の大谷吉継の娘を正室に迎える。ちなみに、いまドラマで活躍中のきり(長澤まさみ)、梅(黒木華)はいずれも側室になります。

 そして、奇しくもこの縁組みによって、関ヶ原の合戦で、真田家親子は豊臣方(昌幸、信繁)と徳川方(信幸)に分かれることになるのです。

「天下分け目の戦い」関ヶ原合戦では、諸国の大名は徳川・豊臣いずれかにつくことが求められました。中立や日和見は許されない。そのなかで、九鬼や鍋島など徳川・豊臣の双方につくことで、どちらに転んでも生き残りを、と画策した家もありました。

 そうしてみると、真田家は縁戚関係といい、人脈といい、東西両張りにうまく大義名分が立っている。これぞ「表裏比興の者」昌幸の苦心の策といえるのではないでしょうか。

隠れた「見どころ」は?

 後半の最大の山場といえば、昌幸・信繁親子がわずか二千人の手勢を駆使して、関ヶ原合戦に向かう徳川秀忠3万8千の大軍を足止めさせる第二次上田合戦、そしてなんといっても二度にわたる大坂の陣でしょう。どんな描かれ方になるかは、ドラマを見てのお楽しみですが、実は、私はもうひとつの隠れた「見どころ」があると考えています。

 それは「九度山」です。

 関ヶ原で豊臣方についた昌幸・信繁は、信幸の必死の助命嘆願によって死罪を免れ、高野山の麓、九度山での蟄居を命じられます。このとき信繁34歳、昌幸54歳。それから大坂の陣まで、実に14年間も幽閉生活が続く。

 この九度山での14年を、三谷さんはどう描くのか。なんともドラマになりにくい場面にも思えますが、多くの妻女たちに囲まれ、兄・信幸にたびたび無心の手紙を送ったり(あるときは壺とともに、このなかに焼酎を入れて送り返してください、と書き送ったことも)、村人と交わったりする信繁の姿は、三谷ドラマの恰好の題材かもしれません。まさに脚本家の腕のふるいどころでしょう。

 最後に、大坂の陣について、少し触れておきたいと思います。

 実は大坂の陣は一種のジェノサイド(虐殺)でした。当時のイギリス商館員リチャード・ウィッカムは、「12万人虐殺され、逃走追走せり」(『慶元イギリス書翰』)と記しています。

 それは家康の戦争目的が二つあったからです。ひとつは、豊臣家を滅ぼすため。そしてもうひとつは、大量の浪人を討滅するためでした。

 関ヶ原後、家康は、敵方についた88の大名を取り潰し、減封も含めて93大名を処分しました。その結果、没収した石高は実に630万石にも上ります。およそ一万石で抱えられる軍役は約250人ですから、20万人近い失業者が出たことになります。しかも、彼らはさっきまで殺し合いを日常とし、武装もしていました。徳川の治安を維持するためには、どうにかして排除しなければならない存在だったのです。大坂城での決戦は、まさに全国の浪人を集結させる、恰好の戦いでもありました。夏の陣も冬の陣も、徳川勢は敵のおよそ2倍の兵力を投入、最後は一方的な戦いとなりました。

 そのなかにあって、武士としての死に場所を見出し、豊臣家への「義」のために戦った信繁の存在は大きかったと思うのです。彼の、無類に明るく清々しい奮闘がなければ、大坂の陣は、はるかに凄惨な歴史として記録されたでしょう。

 そう考えてみると、信繁を神格化し、天下の名将ともちあげたのは、家康の巧みな戦後処理だったのかもしれません。

 また昌幸が権謀術数の限りを尽くして生き残りをはかった真田家も、「義」のために死んだ信繁=幸村によって後世に長く名を残したわけです。これも智謀と義、ときに相反する二つの原理を重視した戦国という時代をよくあらわしているといえます。

ふたき けんいち 1940年東京生まれ。国学院大学大学院博士課程修了。国学院大学教授、豊島岡女子学園校長などを歴任。著書に『大坂の陣』『関ケ原合戦』(ともに中公新書)、『時代劇と風俗考証』(吉川弘文館)など多数。

決戦 真田丸!大戦国史
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