- 2016年02月25日 12:30
格差縮小のカギは相続税強化にあり AIは人類の敵か味方か? 新しい技術が経済にもたらすインパクトを考える(後編)井上智洋×飯田泰之 - 柳瀬 徹
2/2ホスピタリティという付加価値
井上 フレイとオズボーンの『雇用の未来』ではホスピタリティはあまり考慮されていなくて、消える可能性が高い仕事にバーテンダーなども入っていますが、ちょっと違和感があります。
バーテンダーは機械的にお酒を出す仕事ではなくて、場を和ませたり会話を弾ませたりといったホスピタリティ能力を必要とされます。ウェイターやウェイトレスはすでに一部が機械に代替されていますし、ファストフードやコンビニもレジから人がいなくなるかも知れませんが、ちょっと高級な店や特徴のある店は、生身の人間が給仕し続けることになると思うんですよね。コンシェルジュがいるような高級感が売りのホテルと、機械でチェックインするビジネスホテルが共存するのと同じです。
「クリエイティブクラス」という言葉は、そういったホスピタリティという付加価値を生み出す人たちも含めて考えるべきなのかも知れません。
飯田 一握りのキャピタルクラスは世界のどこにでも住める人たちなので、日本で稼げなくなれば移住してしまいますが、その下のクリエイティブクラスにはそこまでの自由はない。だから社会のサステナビリティのために少しずつ拠出することが、自分の子どもたちのサステナビリティになるという説得は、ロジックとしては通っていると思います。ホスピタリティで競争できる人が多ければ多いほど、人によるホスピタリティをサポートするための技術革新が潜在成長率を引き上げていくでしょう。そうならなければ衰退国へ一直線です。日本はどちらに転んでもおかしくない。
井上 どっちに転ぶかはわからないですよね。
飯田 衰退国側に落ちたのがアルゼンチンです。「母をたずねて三千里」のマルコのお母さんはイタリアからアルゼンチンに出稼ぎに行っていたわけです。当時のアルゼンチンはそれくらいの大先進国だったのに、気がつけば現在のような経済状況になってしまった。市街地に残っている建物の多くは文化財級ですが、それは衰退以降に経済発展が起こらなかったことの証拠でもあります。アルゼンチンの凋落を独裁政権と規制で説明する人は多いのですが、独裁政権で規制だらけでも成長する国はしますし、むしろ階層分岐で需要制約を打破できなかったんじゃないかという気がしますね。
国策でクリエイティブクラスは育つのか井上 シンガポールなどは開発独裁ですからね。むしろ開発独裁が有利なのかなって気さえしてきます。
飯田 差し障りのある言い方をすれば、国家が強制的に教育してクリエイティビティを厚くしないといけないのかも知れない。「開発独裁型クリエイティブクラス」ってほとんど形容矛盾ですが(笑)。
井上 危機感はすごく伝わりますね(笑)。私は量的にも質的にもクリエイティブクラスが分厚い社会を「高度創造社会」と呼んでいますが、政府や政党には「高度創造社会を目指す」といったキャッチコピーを掲げてほしいですね。つい「人工知能を導入した国」と「導入しない国」といった対比で議論しがちなのですが、そこに「クリエイティブクラスを増やすための再分配政策をした国」「再分配しない国」の対比も合わせないといけない。再分配しない国は人工知能が発達したところで、成長率が伸び悩み結局は衰退国になってしまうかも知れません。
多様なコミュニケーションを生む都市の「規模」
飯田 問題は、クリエイティブクラスが食べていける土壌は人口集積地にしか存在しないということです。キャピタルクラスはどこに住んでもいい。クリエイティブクラスは人がいるところでしか仕事にならないし、集まっていないとそもそもクリエイティブになれない。
井上 「巨人の肩の上に乗る」という言葉がありますよね。過去の文化や知恵の蓄積があって初めて新しい発見ができる。そういった集積の上でクリエイティビティが生まれるのであって、そこには人と会うことで得られる暗黙知もあるのだろうと思います。人のいない寒村に住んで独学で学び、本やネットで情報を集めてクリエイティビティを開花させるのは相当に難しいけど、隣に「巨人」が住んでいれば手っ取り早い。クリエイティブクラスがバーベキューやワインパーティーを開きたがるのは、人と会う機会をつくることにメリットを見出しているからですよね。
飯田 インフォーマルコミュニケーションを取りやすく、コミュニティ形成が起こりやすい規模の都市が必要ですね。そこでは通勤時間の長さがかなり分かれ目になってしまう。出生率は通勤時間に依存しますし、平均初婚年齢も非正規労働者の割合と通勤時間の長さに依存します。通勤時間が長いとバーベキューをやる時間も体力もなくなってしまう。
井上 そもそも出会えない。
飯田 恋愛なんてインフォーマルコミュニケーションの最たるものですからね。クリエイティビティや暗黙知の共有も恐らく同じだと思います。集積だけ見れば「東京一極集中すべき」という議論もできるんですが、通勤時間を見るとやはり長過ぎることの弊害が出てくる。
井上 そこで『「30万人都市」が日本を救う!』というわけですね(笑)。
飯田 共著者の田中秀臣さんは、「50万人商圏にはアイドルがいる」とおっしゃっていました。その地方だけで有名なローカルタレントやラジオパーソナリティは、それくらいの規模がないと存在できない。テレビもラジオもその規模の商圏がないと広告料が入らないから、キー局の番組を流すしかなくなってしまうんです。
井上 ローカルなコンテンツが生み出されない限り、その地域がクリエイティブにはなりえない。
飯田 かといってラジオパーソナリティを10人移住させても経済成長しない(笑)。リチャード・フロリダは同性愛人口の占める比率である「ゲイ・レズビアン指数」を都市の創造性を表す指標として挙げていますが、クリエイティブな空気に惹かれて多様な人たちが集まっているのであって、その逆ではない。つまりラジオパーソナリティも同性愛者もここでは多様さを生む「何か」の代理変数なのですが、その「何か」がわからない。
井上 自由や寛容なのでしょうか。アメリカの法学者エイミー・チュアは、『最強国の条件』という本で、最も寛容な国こそがその時代の最強国になるという考えを示しています。そうした国には、差別されたり弾圧された人たちが集まる。金融のノウハウを持ったユダヤ系の人たちが集まって、世界の金融センターになったりして栄える。日本の都市や地域にも同じことが言えるかも知れません。寛容な都市や地域にこそ、多様な人々が集まり、クリエイティビティが醸成される。
飯田 歴史作家の佐藤雅美さんは、江戸時代は「政策的には何もしていない時期」ほど発展して、真面目に政治をすると停滞する、その繰り返しだったとおっしゃっていました(笑)。僕は文化文政期が大好きですが、政策的にはほとんど何もしていない。でも自由な雰囲気があるんですよね。ローカルアイドルでもラジオパーソナリティでもいいのですが、その余裕を生み出す根本に何があるのか、これから3年かけて掴むというのが僕の目下の課題です。経済学という分野も、こういう方向性を失うとつまらなくなるし、魅力的な人材が入ってこないんじゃないかという危機感がありますね。
井上智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部講師。慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に、『新しいJavaの教科書』、『リーディングス政治経済学への数理的アプローチ』(共著)などがある。
飯田泰之(いいだ・やすゆき)
1975年東京都生まれ。エコノミスト、明治大学准教授、シノドスマネージング・ディレクター、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書に『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。
- WEDGE Infinity
- 月刊誌「Wedge」のウェブ版



