
小林恭子氏
欧米では、若者への投資が始まっている
-日経によるFT買収の背景には、新聞ビジネスが世界的に厳しくなっていることがあったと思いますが、逆に新興メディアの買収や投資など、“攻め”の戦略についてはどのような動きがあるのでしょうか?
Axel Springer Plug and Play Accelerator Berlin
例えば、FTを買収しようとしていた独アクセル・シュプリンガー社は、シリコンバレーに人を派遣して、そこで新興メディアへ出資するということをしています。また、数年前からは「プラグ・アンド・プレイ・アクセレレーター」というプログラムを立ち上げて、メディア関連のスタートアップのプロジェクトを募ったりもしていますね。
同じく、ドイツの「ディー・ツァイト」という週刊で発行される新聞も、若い人を募って起業させるなど、実験的なことをやっています。
また、オランダには、政府が出資するジャーナリズム基金があり、年に500万円ぐらい出してくれます。アメリカでは慈善団体がメディアの新しい人材を育てようとしていますし、イタリアの有力な新聞「ラ・スタンパ」(フィアット傘下)でも同様のことが行われています。
私も会議に参加している「WAN-IFRA(=世界ニュース新聞発行者協会)」も、スタートアップの人たちを助けるために新聞社がお金を出し合ってファンドを作り、新しいプロジェクトに出資したり、ノウハウを教えたりしているんですね。そういうことを日本もやっているのか、あまり聞いたことがないんですが…。
-日本でいうと、「SmartNews」のようなアプリや企業に出資するイメージでしょうか。
小林:そうですね。「SmartNews」とか「NewsPicks」のような企業に大手メディアが投資をしているのです。
日本の大手新聞社も「紙の新聞が売れない」と嘆いている時間があれば、若い人に投資して、将来を支えてゆくことを考えてもいいのではないでしょうか。そうすることで自分たちにはない発想を得て、イノベーションを起こすことが可能だと思います。
-うまくいったものについては、自社のメディアとも連携させていくというイメージでしょうか。
小林:どちらかというと育てるという意味合いが強いですね。そうした取り組みを行うことで、担当者の若返りや会社に新しいタイプの人たちが入って来ますし、活性化することもできるでしょう。
-お金が余っているからやっているというわけではなく、苦しい中でもあえて、未来への投資をしているのでしょうか?
小林:日本の新聞社の方に聞かれて本当にビックリすることの1つに「それはお金になりますか?」という質問があります。多くの人が「紙媒体からは大きな収益が上がっているが、デジタルはまだわずか。それなのに、どうしてデジタルに投資するのですか?」と言うのですね。
しかし、実際にはもうすでにほとんどの読者がデジタルでニュースを見ているのだから、やらざるを得ないと思うんです。
紙はどんどん少なくなって、電子の方が伸びていくという潮流は止まりません。イギリスの全国紙の部数の推移を見ると、10年前は約1200万部だったのが、今は約680万部になって、約520万部減りました。前年同月比で下落率が2桁台の新聞もありました。地方紙は過去10年で約300紙が廃刊になったそうです。
先週、イギリスの左派系全国紙「インディペンデント」が紙版を3月末で廃刊にして、電子版オンリーにする、と発表しましたね。イギリスでは全国紙が紙版の発行をやめるのはこれが初めてで、大きなニュースになりました。その一方で、インディペンデントのニュースサイトへのアクセスは大きく伸びているわけです。昨年12月の1日平均ユニークユーザー数は前年同月比で33.3%増の280万人でした。
日本でも新聞社に勤めている人だって、スマートフォンで新聞記事を読んでいるんですよね(笑)。そうした現状に対応するために、人員削減も含めて様々な施策をやる必要があるのですが…。
―日本の場合、全国津々浦々まで整備された宅配制度が、かえってデジタル化の足を引っ張っている一面があるのではないでしょうか?
小林:日本の場合は、宅配制度に支えられた紙媒体のビジネスが成功しすぎているのでしょう。成功したがために人員削減も出来ないという、手足が縛られている状態だとしたら、辛いですね。日本のような宅配制がない海外でも新聞社が置かれた状況は同じなのですが、本当に紙からの脱却というのは難しいのです。一方で、電子版で「月いくら」という購読料をもらう道もなかなか、険しい。
ドイツでは、あるスタートアップが始めたタブレット・アプリを使うと、日本円で月1,500~2,000円ぐらい払って、全ての新聞の記事を読むことができるようになっています。なぜ大手新聞社がこの取り組みにOKを出したのかと言うと、新聞を読まない若い人たちに向けての実験だと言うのです。
オランダには、1本ごとに記事を買える「ブレンドル」というサービスがあります。これは一本ごとに値段も変えています。
このように、普段、新聞を読んでいない人にどうやって届けるかということに、もうちょっと工夫があってもいいんじゃないかと思います。「私たちのシステムはこれだ、こっちに来てくれ」と一生懸命、言っているのは分かるのですが、こちらから「こうだったらどうですか?廉価だから持って行ってください」というアプローチがあってもいいように思います。
ジャーナリズムだけをやっていちゃダメ
-昨年『小説 新聞社販売局』を発表した、作家で元新聞社社員の幸田泉さんは、「押し紙」を含めた新聞社と販売店の構造的な問題を指摘していました。小林:私も幸田さんの作品を読んで、恐ろしいなと思いました。「押し紙」という存在については、聞いたり読んだりしたことがありましたが、こうした慣習が経営を不透明にしているとも言えるわけですよね。
先日、ある元大手新聞社の方と、その本の話になったのですが、「うちの社長も(本当の部数を)分かってなかった」といっていましたが、それは「笑い話なのかな」と思いました。
-幸田さんご自身も、記者から販売局に異動して初めて仕組みを知って、こうした構造的な問題があることを悟ったと言っていました。
小林:そこが問題ですよね。ビジネスの話をすれば、ウェブメディアの場合、編集長、あるいは記者のレベルでも、どのぐらい読まれているかを把握していますね。それと同じように欧米では新聞社の編集長は、どのぐらい売れていて、予算がどれぐらい使えるとか、把握していますよ。
誰がいくら払ってくれている、ということを知りながら活動をしていると、金銭感覚も真剣度も違ってきます。そういう意味でも、ジャーナリズムだけをやっていてはダメですよね。