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上司が部下の「介護離職」を止めるためには-介護に突然直面したケースの「初動」について考える - 松浦 民恵

生活研究部 主任研究員 松浦 民恵

■要旨
社員の介護離職を防ぐうえで、上司が担う役割は大きい。特に、部下が突然介護に直面したケースでは、部下・上司ともにパニックになり、冷静かつ最適な対応をとれず、介護離職にまでつながってしまうことが懸念される。
去る2015年11月20日に、中央大学大学院戦略経営研究科「ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト」(代表:佐藤博樹氏(中央大学教授))の第7回成果報告会が開催され、前半の参加型分科会で、筆者は池田心豪氏(労働政策研究・研修機構副主任研究員)とともに分科会D「仕事と介護の両立支援を『加速』する~効果的なコミュニケーションの方法」を担当した。このなかでは、突然介護に直面したという「Aさん」のケースを用いて、Aさんの離職を防ぐためにどのような対応が必要かについて、参加者に考えて頂いた。
本稿では、上司である部長の立場に焦点を当て、Aさんという部下に対して、上司がどのような対応をとればAさんの離職を防ぐことができるかについて、分科会での議論のポイントを紹介しながら考えてみたい。

■目次
1――部下の介護離職の抑制に向けた上司の役割
2――突然介護に直面したAさんのケースにおける上司の対応

1――部下の介護離職の抑制に向けた上司の役割

1――部下の介護離職の抑制に向けた上司の役割

高齢化の進行にともない、介護保険制度の要介護者・要支援者の数は年々増加し、2013年度末には569万人にのぼっている(厚生労働省「平成25年度介護保険事業状況報告(年報)」より)。あわせて介護を担う者も、1991年の357万人から、2011年には683万人へと約2倍に増加している(総務省「社会生活基本調査」より)。75歳以上では、要介護者・要支援者が人口の3割強を占めるが、2025年には団塊の世代が75歳以上になる。彼ら・彼女らが要介護・要支援になった場合に介護を担うであろう団塊ジュニアを含め、今後、働きながら家族の介護を担う人々が一層増加することが予想される。このようななか、安倍政権においても、「一億総活躍社会」の実現に向けた「新・三本の矢」の一つとして、介護離職ゼロを目指す「安心につながる社会保障」が打ち出されている(一億総活躍国民会議「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策-成長と分配の好循環の形成に向けて-」(2015年11月)より)。

社員の介護離職を防ぐうえで、上司が担う役割は大きい。では、部下の介護離職を止めるためには、上司がどのように対応すればよいのだろうか。家族のケアということで共通する育児と比べて、介護は、部下が事実を明かさない限り、上司が把握しにくいという難しさがある。また、必要な対応の内容が、育児以上に多様かつ不透明であるという点も、仕事と介護の両立を難しくする要因となっている。このため介護は、親等の容体の急変、事故等によって、突然直面するというケースも決して珍しくはない。

前者の、部下の介護を把握しにくいという問題については、上司が、部下が介護のことについて話しやすい職場の雰囲気をつくることが重要である。たとえば上司自身が親等の介護や介護リスクを抱えていれば、それを何かの折に自ら話したりすることで、部下も自分のケースについて話しやすくなるだろう。部下が介護を担っていることに対して支援したい気持ちがあり、そのことによって一方的に仕事の割り当てを変更したり、評価を下げたりすることは決してないということを表明することも、部下が介護に直面していることを話す後押しになると考えられる。なお、たとえ話しやすい職場であったとしても、長時間残業が恒常化していれば、部下がこの職場で仕事と介護を両立することは不可能だと考え、介護の話を切り出せないままに離職に至る懸念がある。もしもこのような職場であれば、介護との両立などで時間制約のある部下が働き続けられるように、働き方改革を行う必要がある。

後者の、介護の多様さや不透明さに関しては、個別のケースごとに対応を検討するしかないが、特に留意すべきは、部下が突然介護に直面したケースへの対応である。突然のケースについては、部下・上司ともにパニックになり、冷静かつ最適な対応をとれず、介護離職にまでつながってしまうことが特に懸念されよう。

さて、去る2015年11月20日に、中央大学大学院戦略経営研究科「ワーク・ライフ・バランス&多様性推進・研究プロジェクト」(代表:佐藤博樹氏(中央大学教授))の第7回成果報告会が開催され、前半の参加型分科会で、筆者は池田心豪氏(労働政策研究・研修機構副主任研究員)とともに分科会D「仕事と介護の両立支援を『加速』する~効果的なコミュニケーションの方法」を担当した。このなかでは、突然介護に直面したという「Aさん」のケースを用いて、Aさんの離職を防ぐためにどのような対応が必要かを、ケースのなかの部長、課長代理、人事それぞれの立場から、企業の人事担当者を中心とする参加者に考えて頂いた。この分科会での議論は興味深く、筆者自身の気付きにもなった。

本稿では、上司である部長の立場に焦点を当て、Aさんという部下に対して、上司がどのような対応をとればAさんの離職を防ぐことができるかについて、分科会での議論のポイントを紹介しながら考えてみたい1
リンク先を見る 1 本稿の執筆にあたっては、佐藤博樹氏、池田心豪氏から有益なアドバイスを頂いた。ここに記してお礼申し上げたい。

2――突然介護に直面したAさんのケースにおける上司の対応

分科会では、部長はできる限り速やかにAさんと会うべきだという意見が多く出された。確かに、Aさんが固辞するからといって部長がコミュニケーションの機会を持てないでいると、そのまま離職につながる危険性は高い。課長ともなれば、常日頃仕事のなかでそうしているように、部長と話す時には自分なりの結論を用意したうえで話す可能性が高い。Aさんが部長と会うことを固辞しなくなった時には、既に離職を覚悟し、転職先まで用意してしまっているかもしれない。その段階で、部長がAさんの離職を踏みとどまらせるのはなかなか難しいだろう。むしろ部長は、Aさんがこれから先のことを決めかねている段階でAさんと会い、仕事と介護の両立を支援したい、決して離職してほしくはない、というメッセージを伝えるべきである。ただし、Aさんがあくまでも部長と会うことを拒絶し、部長が訪問することによってかえってAさんを追い詰めてしまうような場合には、課長代理経由で手紙を託す等、当面は別の手段でこれらのメッセージをしっかりと伝えたうえで、会うタイミングを見極めるといった対応も必要となろう。

分科会のなかでは、部長のNGワードとして、「職場のほうは大丈夫だから安心して」という言葉があげられた。「大丈夫」といわれると、自分はもう職場にいなくてもいいのではないか、と否定的に受け取り、自信も失って、さらに離職に傾きかねないという懸念からである。Aさんの気持ちを慮ると、「Aさんがいなくて確かに困ってはいるけど、戻ってきてくれるまで、皆で何とか頑張ってみるから」というような言い方が望ましい。さらに、Aさんが皆に負担をかけて申し訳ないと思い過ぎないように、「Aさんにこれまで支えてもらったから、お互い様だと、皆言ってくれているよ」といった言葉を補足することも考えられる。

また、Aさんの状況に対して「それは大変だね」という共感し過ぎるのもどうであろう。部長自身に仕事と介護の両立に関する経験や知識がないと、Aさんのケースで両立が可能だと、部長自身が思えない危険性がある。そういう部長の不安がAさんに伝わると、Aさんも、やはり仕事と介護の両立は無理だという認識になり、さらに離職に傾く懸念が大きい。一方、部長自身に仕事と介護の両立の経験があれば、あるいは経験がなくても、こういうケースでも両立は可能であるという知識を持っていれば、「大変だけど、今が踏ん張りどころだ。介護しながら仕事を続けている人はたくさんいる。いずれ職場に戻ってくれると信じているから諦めないで」「介護は長く続くことだから、今疲れきっている時に、これからどうするかについての結論を出すのはやめたほうがいい。状況が少し落ち着いてから、これからのことを一緒に相談しよう。」「ひとまず介護休業を取得するという方法もある。その間に要介護認定を取得して、ケアマネジャーからリハビリ支援などを紹介してもらい、軌道に乗ったところで仕事に復帰するという道もある」「家族の介護は自分にも起こり得ること。介護休業を取得したからといって信頼を失うことは全くない」といった声掛けも可能になってくると考えられる。

もちろん、Aさんの介護離職を止めるために、部長がすべきことはAさんとの対話だけではない。Aさんの職場の要員体制の強化等、人事部門や職場を引き継ぐ課長代理ともコミュニケーションをとりながら、必要な支援を行っていく必要がある。

突然の介護への直面によって、Aさんのような責任感の強い、人望のある課長を失うことは、会社として取り返しのつかない損失である。上司の「初動」における心ない言葉や不用意な行動によって、そんな事態を引き起こさないように、企業が管理職研修等で、このようなケースを使って上司の初動対応を考える機会を設けることは有益だろう。

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