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特集:2016年のアイオワとニューハンプシャー

 2016年米大統領選挙は、今月から予備選プロセスが始まりました。昨年夏からずっと戦いは続いてきたわけですが、それは候補者や支持者や政治評論家たちがいろいろ言っていただけで、有権者の声が示されるのはこれが初めて。アイオワ州とニューハンプシャー州という序盤2州において、得票率と代議員数という形で民主・共和両党の勢力図が表されてみると、これがなかなかに深いメッセージを投げかけているようです。

 浮かび上がってくるのは、「ドナルド・トランプ旋風」「バーニー・サンダース現象」という二大政党における非主流派の快進撃です。このような状況を招いている米国の社会的、経済的背景とは何かを考えてみました。

●IA州とNH州が残した「数字」

 ニューハンプシャー(NH)州は北東部の小さな州である。面積が2万4000平方キロで人口が130万人というから、「長野県と岐阜県を足した面積に、岩手県の人口」という規模である。だから資金の乏しい無名候補でも、その気になればとことんドブ板戦術で勝負ができる。さらにオープンプライマリーと言って、無党派がその場で党員登録して投票できる制度なので、しばしば事前の世論調査を裏切る結果が出る。

 過去にはNH州で多くの名勝負が生まれてきた。1992年には不倫と徴兵逃れ疑惑で窮地に立ったビル・クリントンが、奇跡的な2位を獲得して生き残った。1996年には共和党大本命のボブ・ドール上院院内総務を相手に、政治評論家のパット・ブキャナンが大金星を挙げた。2000年には先行するジョージ・W・ブッシュを相手に、ジョン・マッケインが逆転劇を演じたことなどが思い起こされる。

 端的に言うと、NH州はへそ曲がりな選択をする。直前のアイオワ(IA)州とは違う結果が出ることが多い。序盤で2通りの結果が出るということが、その後の大統領選挙に重要なメッセージを残してくれる。中西部の”Caucus”は熱心な党員たちが検討した意見を述べ、北東部の”Primary”では世相を反映した結果が出ると言えるだろうか。

 民主党ではクリントン候補がIA州を辛くも制したが、NH州はサンダース候補が勝利した1。お隣のバーモント州選出の上院議員という「地の利」もあったが、3倍ものテレビCMを投入(280万ドル対80万ドル)した結果、実に20p以上の大差をつけている。

吉崎達彦
 共和党は混戦となっている。アイオワではクルーズ(保守派)、トランプ(ポピュリスト)、ルビオ(主流派)の3者に票が割れた。もともと宗教的右派の強いお土地柄で、クルーズ候補の首位は「いかにも」だが、2012年にはサントラム上院議員、2008年にハッカビー元知事が勝利し、いずれも早期に撤退しているのであまりゲンのいい話ではない。

 NH州ではトランプ候補が、2位以下を引き離す首位となった。IA州では「地上戦の不足」が祟って2位にとどまったが、さすがに2016年選挙の台風の目であることを印象づけた。IA州で3位につけたルビオ候補は、そのまま主流派の統一候補となるかと思われたが、2月6日に行われた討論会が不出来で5位に後退。ケイシック・オハイオ州知事(2位)、ジェブ・ブッシュ前フロリダ州知事(4位)の後塵を拝することとなった。

 もうひとつ、序盤戦2州の隠れた役割とは、候補者を振るい落として有力者を絞り込むことである。2016年も、多くの候補者が撤退を余儀なくされている。

吉崎達彦

●主流派が苦戦する民主党と共和党

 NH州を制したのがサンダース&トランプということになると、「自称・民主社会主義者」と「不動産王兼テレビ司会者」が2大政党のフロントランナーということになる。いずれも米国大統領になる姿がイメージしにくく、つくづく2016年米大統領選挙は異例尽くしである。この現象をどう読み解けばいいのか。

 民主党支持者は、「心に訴えかけるサンダース」と「頭で理解できるクリントン」の間で引き裂かれている模様である。古い世代は、「共和党に勝つために」仕方がなくクリントンを応援している。しかし若い支持者は、サンダースが語る「政治革命」や「最低賃金時給20ドル」「公立大学の無料化」といった大胆な考え方に魅力を感じている。党員集会で時間をかけて決めると後者になるが、予備選挙の一発勝負だと前者になる。一般的な民主党員が、今のオバマ政権に満足していないことも窺える。

 しかるに今後、主戦場が南部に移るとサンダース候補の勝ち目は薄い。知名度や組織作り、資金面においては、クリントン候補が明らかに優位に立っている。さらに言えば、サンダースが批判している「格差」(inequality)とは、つまるところおカネの話である。ところが南部に行けば、人種問題という別の「格差」(divide)がある。サンダースは、この「地域間格差」を埋めなければならない。今後、予備選日程が進むにつれて、マイノリティに人気があるクリントン候補が盛り返すだろう。

 共和党では、IA州で失速したかと思われた「トランプ旋風」が、NH州では健在であることが示された。さすがに半年間、共和党内でトップを独走してきただけのことはある。序盤戦2州という関門を潜り抜けたからには、「トランプ旋風」は当面続くだろう。IA州で1位になった保守派クルーズとともに、当分は予備選レースに残るはずである。

 これに対し、主流派は候補者が絞り込まれていない。NH州で2位につけたケイシック候補は、南部での準備が整っておらず、資金面でも不安がある。次に勝ち目のある予備選挙は地元オハイオ州の3月15日だが、それまで選挙戦が持続できるかどうか。

 対照的にブッシュ候補は、知名度や組織、資金面は十分だが、人気が低迷していた。NH州で4位につけて一息ついたが、逆に言えば撤退しにくくなった。同じフロリダ州選出のルビオ上院議員との関係が微妙で、早くどちらかが選挙戦から退出してくれないと、主流派はまとまりきれないのである。

 クリントン陣営から見れば、いちばん出てきてほしくない相手はルビオであろう。1971年生まれを相手にすると、彼女の最大の武器である「経歴」はかえって重荷になってしまう。なおかつ、ルビオには「ヒスパニック系」という武器もある。

 ところがそのルビオは討論会で決まり文句を繰り返し、未熟さを露呈してしまう。せっかく若手が出てきたのに、オヤジ世代の集中砲火に沈められた格好である。ルビオ叩きの先頭に立ったクリスティーは予備選終了後に撤退しており、何ともちぐはぐな展開である。

 総じてみれば、民主党は苦しみながらも本命クリントンが生き残りそうである。ところが共和党の候補者選び長引きそうで、誰にまとまるのか見当がつかなくなった。

 2016年選挙においては、順当な候補者がなかなか勝ち切れない。逆に今までの常識に当てはまらないような候補者がブームになっている。「トランプ旋風」「サンダース現象」の背景には何があるのだろうか。

●雇用情勢を見る2つの指標

 少なくともエコノミスト的には、「米国経済は調子がいい」ということになっている。人口の増加、シェール革命、ハイテク部門の好調さ、住宅市場の底入れ、自動車販売の好調さなど、いくらでもデータを上げることができる。

 なかでも雇用情勢は分かりやすい。2009年10~12月には10%を超えていた失業率が、今年1月には4.9%と5%を割り込んだ。まことに結構なことであって、雇用情勢の改善こそが昨年12月の米連銀による利上げの根拠となっている。

○米雇用統計(左)とGallup Good Job(右)
吉崎達彦
 ところが一方では、ギャラップ社の”Good Jobs Rate”という指標がある2。これは米国の成人人口(18歳以上)のうち、フルタイム(週30時間以上)で定収がある人の比率である(自営業や週30時間以下の人たちは含まれない)。この数値を見ると、2月12日現在で44.7%であり、なおかつ2010年頃からさほど改善していない。

 つまり失業率は半減しても、「グッドジョブ」は増えていない。日本でよく言われる「正規/非正規社員」の問題に重なるようなところがある。

全体の景気指標で見ると雇用情勢は回復しているが、個人の立場から見ると「自分の環境はほとんど改善されていない」ということになる。これでは「ミドルクラスの復権」など、まったく望み薄である。どうも鳥の目で見た経済指標と、虫の目で見る生活実感の間には途方もない落差が生じているのではないだろうか。

少し旧聞に属するところだが、「米国の中年白人における死亡率が上昇している」という衝撃的な報告がある。昨年11月2日にThe New York Times紙が報じて注目を集めたが、この研究は昨年のノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートン教授(プリンストン大学)のグループによるもの。米国では、中年(45~54歳)の白人における死亡率が増え続けていることを示している。

○衝撃の「Ann Case and Angus Deaton論文」3

吉崎達彦
 どこの国でも、死亡率は長期では低下している。左上のグラフは、FRA(仏)、GER(独)、UK(英)、CAN(加)、AUS(豪)、AWE(スウェーデン)などで死亡率が右肩下がりになっていることを示している。ところが唯一、USW(米国白人)だけが年率0.5%程度、上昇している。USH(米国ヒスパニック)も他国と同様に低下しているので、これは非常にユニークな事態ということになる。ちなみに黒人の死亡率は、USWよりも高くてグラフ内に入りきらないが、それでも右肩下がりになっているとのこと。

 それでは中年白人の死亡率悪化の原因がどこにあるかと言えば、右上のグラフにあるようにPoisoning(中毒)やSuicide(自殺)、Chronic Liver Diseases(慢性肝炎)などが増加している。この間に普通の肺がん(Lung Cancer)などは減少しており、中年白人の間でアルコールや薬物の乱用が増えている様子が窺える。

●2016年選挙は「反現職機運」

 こうしてみると、米国経済は言われているほど良好ではないし、個人レベルで言えばとてもハッピーとは思われない。失業率は回復しても、「雇用の質」が改善されているわけではない。もっともそれは政治が悪いからというよりは、産業構造の転換や技術革新、グローバル化などによる効果もあるのだろう。TPPなど貿易自由化の不人気ぶりも、なるほどと思われてくる。

 特に中年白人にとって状況は深刻である。彼らの怒りが向かう先は、ひとつは「不法移民」であろう。もっとも「移民反対」といったことは、普通であれば政治家は怖くて口に出せない。ところがただ一人、平気で顰蹙発言を繰り返しているのがドナルド・トランプ候補である。過激な言動にもかかわらず人気が落ちない理由は、どうもこの辺にあるのではないか。

 さらに言えば、米国社会の価値観は近年、急速にリベラルになっている。雇用の現場でも、男女間や人種間の機会均等が進んでいる。ところがそのことは、中年白人男性から見れば「既得権の喪失」を意味している。そんな中で、今どき女性や移民への蔑視発言をして恥じないトランプ氏は、「ホンネを代弁してくれる人」、あるいは「政治家らしくない正直な人」という評価になるのであろう。

 もうひとつ、安心して怒りを向けられる先は「ウォール街」ということになる。これについては、「オキュパイ運動」以来の怨念が草の根レベルでくすぶっている。特に既存の政治家たちがウォール街と結びついている、という認識が怒りを深くしている。この怒りの延長線上に「ヒラリーの不人気」があり、既存のワシントン政治を全否定する「サンダース現象」があるように思える。

 あいにくなことに、こうした「中年白人層の不満」を今の米国政治はほとんど吸収できていない。おそらくオバマ大統領も、まったく理解していないのではないか。むしろ彼がみずからの理想を語れば語るほど、「ああ、わかっちゃいない」という反発を強めているのが現状であるように思える。

かくして2016年選挙では「反現職機運」が吹き荒れている。ところが「トランプ大統領」や「サンダース大統領」が正しい処方箋になるかと言えば、それは大いに疑わしい。トランプ大統領は胸のすくようなことを言ってくれるかもしれないが、行政経験は皆無であるし、そもそもどの程度、政策を理解しているか未知数である。同様にサンダース大統領が誕生したとしても、議会は共和党が多数のままであろうから、予算も法案も通らないということになりかねない。

IA州とNH州の結果が出て、2016年米大統領選挙のテーマが少しだけ見えてきたような気がする。ただしソリューションを考えるのは、まことに難儀な仕事となりそうである。

1 データについてはThe Cook Political Report (Feb10) “Charlie Cook on the New Hampshire Primary”に基づいた。http://cookpolitical.com/story/9247
2 http://www.gallup.com/poll/125639/gallup-good-jobs.aspx
3 “Rising morbidity and mortality in midlife among white non-Hispanic Americans in the 21st century” http://www.pnas.org/content/112/49/15078.abstract

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