- 2016年02月12日 06:29
時代の分岐点としての「恥かいてきなさい」
「恥かいてきなさい」
浮気をされて、妻が傷つくのは「自分も悪かった?」「浮気相手より魅力がない?」「そんなに軽い存在なの?」そして「こんな人を選んでしまったなんて」との責め苦を追うところにある。
そして何より「恥をかかされた」と思うことだ。
たとえ誰が知らなくても、少なくとも浮気相手は、夫が自分を軽んじたことを知っている。もしくは、彼女は自分に対して、一時でも優越感を味わったかと思うと、本当に悔しい。情けない。
…耐えられない。
そして「浮気をされた妻」と誰かに知られるのではないかと思っただけで、辛すぎる。裸で外を歩かせられるような感覚。「恥ずかしい」のだ。
そんな「恥をかかせた」夫が許せない。
だからこそ、傷つきは奥へ奥へと浸透し、全治することはないのである。
それがないというのは、不幸中の幸い、なのかな。
大変そうだな、と思っていたので、良かったなと率直に思う。
やり直しができる、稀有な例かもしれない。
そして、実はこの発言には重要な役割があるかも、などと思っている。
今まで、我が国では浮気や不倫で「恥をかく」のは夫でなく、妻側だとされてきたと思う。
そういう意味では、時代の分岐点のひとつの象徴であることは間違いないであろう。



