- 2016年02月10日 23:35
「比較的安全な資産」という言葉
■「比較的安全な資産」とは?
日銀が「マイナス金利」を発表後、一時的に円安に戻したものの、なぜか急激な円高になってしまい、黒田氏は豆鉄砲を喰らった格好になってしまったようだ。円高になった理由は様々だが、最近毎日のように耳に入ってくる言葉がある。それは、「比較的安全な資産」という言葉だ。
この言葉は、毎度、円が買われる(円高になる)度にアナウンスされる。ニュースを観ていても「比較的安全な資産である円が買われ…」と判でついたような決まり文句が耳に入ってくる。
「マイナス金利」の発表後は、「比較的安全な資産である円」だけでなく、「比較的安全な資産である国債」という言葉もよく聞かれるようになった。
この「比較的安全な資産」というのは、「戦争やクーデターなどが起こらない平和な国の安定的な資産」という意味合いで使われているそうだが、本当にそんな理由だけで円(や国債)が買われているのかは甚だ疑問ではある。
■最小不幸社会思考の「国債買い」
日銀の思惑では、マイナス金利を導入すると、銀行が日銀にお金を預ける意味が無くなる(逆に利子の支払いが生じるため)ので、投資活動が活発になるという算段があったのだろうと思う。
確かにこれは理屈の上ではその通りだと思われるのだが、残念ながら日本ではそういった世界標準の理屈が通用しなかったということなのかもしれない。そのうち軌道修正されるかもしれないが、少なくとも、短期的には裏目に出てしまった格好だ。
日銀にお金を預けているだけで濡れ手に粟で利子収入を得ている銀行が、直ぐさま、まともな投資活動に切り換えられると考えるのも楽観的過ぎるかもしれないが…。
現在、10年国債を買ってもプラスにならないことが判っていながらも、国債が売れるという異常事態が発生している。その理由というのが、「株を買って大損するより、少しの損なら国債を買う方がまし」という極めて後ろ向きな思考が元にあるらしい。
これは言うなれば「最小不幸社会思考」とも言えるだろうか。幸福にはなれなくても、最小の不幸なら受け入れるという意味では、極めて自虐的なリスクヘッジ思考とも言える。
しかし、よくよく考えると、これは「清貧の思想」が根付いた日本でしか有り得ない行動様式だろうと思う。「大損するなら少損の方がよい」という、どちらに転んでもプラスにならない選択肢が、プラスになるかもしれない選択肢よりも優先されるのだから、日本社会では投資理論などは全く役に立たないと言えるのかもしれない。
世界標準の理屈が通じない日本社会では、豆鉄砲的な「マイナス金利」よりも、判り易い「バズーカ砲」の方が良かったのかもしれない。
皮肉はこの辺にして、実際のところは、「断固として急激な円高は避ける」と世界に向けて意思表示するのが1番安全で確実な方策だと思う。戦わずして勝つ、本物の策士ならそうあるべきだ。



