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第353回(2016年2月7日)

1月29日、日銀が「マイナス金利」導入を発表。メルマガ読者から「マイナス金利」を取り上げてほしいとのご要望がありましたので、今回のテーマは「マイナス金利」。既に概要をご存じの方が多いと思いますが、今日出演したNHK日曜討論での発言も踏まえ、以下、過去の経緯と今回の仕組み、評価等について整理します。

1.発言責任と結果責任

今を遡ること27年前、日本はバブル経済絶頂期。1989年12月29日、日経平均株価は既往ピークの38,916円を記録。

ほどなくバブル崩壊。株価や不動産価格が暴落し、不良債権問題が深刻化。政府は景気対策を企図して財政拡大するものの、税収不足のため国債発行が急増。

景気対策、政府の利払い負担軽減、不良債権処理に苦しむ金融機関支援等の要因が相俟って、相次ぐ金融緩和(利下げ)。1995年頃、超低金利状態に突入。

1990年代後半、大手金融機関が次々と破綻するに至り、1999年に「ゼロ金利」、2001年に「量的緩和」がスタート。

2000年代半ば、不良債権問題や景気情勢は一段落したものの、巨額の財政赤字を抱えた政府の利払い負担軽減、デフレ脱却のため、金融緩和は継続。

2010年、白川方明総裁の下で日銀はETF(上場投資信託)やJREIT(不動産投資信託)も購入する「包括緩和」に着手。

2013年、政府が求めるさらなる金融緩和を受け入れる意向を表明した黒田東彦氏が総裁に選任され、就任早々「マネタリーベース(資金供給量)を2年で2倍にし、物価上昇率2%を達成。デフレ脱却を実現する」との「公約」の下、「異次元緩和」がスタート。

2014年10月、物価上昇率2%がなかなか実現しない中、黒田総裁は、マネタリーベース増加量、国債購入量、ETF・REIT購入量を大幅に増やす「異次元緩和第2段」に染手。

それでも成果があがらず、2016年1月29日、黒田総裁は「マイナス金利」導入を決断。日銀政策決定会合の賛否は分かれ、5対4で導入決定。

誰が言い始めたか、黒田総裁の金融政策は「黒田バズーカ」という愛称を獲得。「バズーカ」は米国で開発された「携帯式対戦車ロケット弾発射器」の愛称。「衝撃力があり、効果が大きい」という意味を重ねたのでしょう。

しかし、「バズーカ」の命中精度は今ひとつ。「マイナス金利」導入に合わせ、2016年度の物価上昇率予想を1.4%から0.8%に引き下げ、「公約」の2%達成時期も2016年前半から2017年度前半にまたまた後ろ倒し。

当初は「2年で2%」が「公約」。2017年前半は黒田総裁の任期5年の最終年度。さて、任期中に「公約」を達成できるでしょうか。

「2年で2%」を達成できなければ「辞任する」と大見得を切って就任した岩田規久男副総裁。黒田総裁ともども在任4年目に入りました。

黒田総裁と岩田副総裁。いずれも日本経済好転のために頑張っていただいていることは理解しています。

しかし、日本経済の未来、将来世代に重大な影響を及ぼす前人未踏の政策を選択している現実を重く受け止め、公人には「発言責任」「結果責任」が伴うことを肝に銘じていただく必要があります。他の審議委員も同様です。

2.矛盾と嘘

日銀は「マイナス金利」導入により、金融機関から個人や企業への貸出が増え、景気も良くなり、デフレ脱却に資すると説明しています。

「マイナス金利」の仕組みは、日銀当座預金(金融機関からの預入金)を3つに分け、「基礎残高」には従来どおり「0.1%」、「マクロ加算残高(義務的預入金等)」には「0%」、「政策金利残高(今後の金融緩和に伴ってさらに増える預入金)」には「マイナス0.1%」を課すという内容です。

専門的でわかりにくいと思いますが、要するに「一部に導入するだけなので、安心してください」というのが日銀の説明振り。さらに「欧州でも導入済みなので、安心してください」という説明も行っているようです。

残念ながら、その説明を額面どおり受け止めるわけにはいきません。「黒田バズーカ第3弾」直後は円安、株高が進んだものの、先週は円高、株安。効果は帳消しです。

その原因は「黒田バズーカ第3弾」が論理的に矛盾している政策であることを、市場も国民も直感的に感じ取っているからです。

「マイナス金利」になると金融機関は日銀に資金を預けにくくなり、国債等で運用したいと考えるでしょう。

一方日銀は、自身が国債を大量購入する「量的緩和」も続けると言っています。しかし、金融機関の上述の傾向を踏まえると、論理的に「マイナス金利」と「量的緩和」の併用は矛盾しています。

矛盾は混乱を招来。過度に国債が枯渇する(マイナス金利になる)ため、既に国債窓口販売や一部の公社債投信販売が中止される等の混乱が生じています。

たしかに欧州では「マイナス金利」を導入済み。ECB(欧州中央銀行)、及びデンマーク、スウェーデン、スイスの中央銀行です。

しかし「マイナス金利」導入後も企業向け融資残高は横這い。所期の目的は果たせず、効果は限定的です。

「マイナス金利」導入で金融機関の利鞘は薄くなり、収益は悪化。大雑把な計算ですが、利鞘が0.05%縮小すると金融機関の純利益は5%程度減少します。

そのため、金融機関は顧客にコスト転嫁。むしろ金利を引き上げたり、預金手数料を課す動きが出ることが予想されます。貸し渋りや貸し剥がしも起こり得ます。

昨年11月、スイス中銀メクラー理事の講演で「住宅ローン金利はマイナス金利導入前よりも上昇した」ことが明らかにされました。大手金融機関UBSは大口預金客に利払い(手数料支払い)を要求。

日本でもさっそくメガバンク等を中心に大口預金客に利払い(手数料)を求めることを検討との報道が続いています。

日銀への過剰準備(上述「基礎残高」部分)には「0.1%」の利息がつき、金融機関はこれまで年間約2000億円の政策所得(金融政策の影響として得られる不労所得)を享受。

一方、金融政策のマイナス影響が出る場合には、それを顧客に転嫁するというのはバランスを失した対応です。

こういう点にも政府・日銀が整合性のある調整をしないと、市場や国民の理解は得られないでしょう。

そもそも「マイナス金利」導入が株価対策であることは明々白々。首相も黒田総裁もそれを認めませんが、こういう「嘘」も市場や国民に見透かされています。

「マイナス金利」の是非については賛否両論あります。金利は既に十分低く、効果は限定的。企業の内部留保は潤沢で貸出増加は期待薄。「マイナス金利」が実体経済に大きな影響を与えることはできない。否定的な立場からはそういう指摘が聞かれます。

もちろん、肯定的見方もありますが、いずれにしても金融政策や金融緩和では経済の課題や問題は解決しません。金融政策は潜在成長率を押し上げるものでなく、イノベーションや改革を促す産業政策が重要です。

だからこそ、景気低迷下の米国もいち早く方向転換。経済に不安を抱える中国ですら「量的緩和」「マイナス金利」等の非伝統的金融政策には逡巡しています。

欧州はギリシャ、スペイン等PIIGS諸国の財政問題を抱えており、日本とは少々事情が異なります。「マイナス金利」と矛盾する「量的緩和」も日本ほど行っていません。

現に、マネタリーベース対GDP(国内総生産)比は、日銀が75%に達しているのに対して、ECBは15%程度。既に日銀は国債の3割を保有。今の購入ペースが続くと、2020年には7割に到達。「出口」がなくなります。

金融緩和を適度な水準にとどめ、多少時間がかかっても、地に足のついた産業政策を行うことで、将来世代に過度な負担と過酷な状況を残さない途を選択すべきです。

3.バズーカ

「経済を良くすれば、家計も良くなる」という「トリクルダウン論」に3年3か月挑戦した安倍首相。その間、時間を稼ぐために「異次元緩和」で協力した黒田総裁。

たしかに「異次元緩和」は円安をもたらし、輸出企業の業績改善、輸出関連株主導の株高を演出。一定の成果があったことは否定しません。

しかし、結果的に「トリクルダウン論」は実現せず。過去の統計上、景気循環のワンサイクルは平均約3年。そろそろ方向転換を図るべきでしょう。

従来の方向に固執し、さらに異常な金融緩和を続けることは、限りなく「財政ファイナンス」に近い状態に接近。財政規律の弛緩と中央銀行の機能不全を極度に高めます。

非伝統的金融政策の類型上、「マイナス金利」よりもさらに非伝統的な手段は「政府紙幣」。次に選択肢となるのは「政府紙幣」でしょう。

しかし、首相が求める超金融緩和に対応し、国債を政府の言いなりに日銀が購入している現状は、国債が既に「政府紙幣化」しているとも整理できます。

「政府紙幣」の先にあるのは中央銀行の作り直し。つまり、極度のインフレや中央銀行の信用失墜によって、通貨制度や通貨単位を新たに作り直す段階に入ります。

「マイナス金利」と「政府紙幣」の間に新たな金融緩和手段が起案、開発されるかもしれません。そうであることを願うと同時に、米国のような「賢明な後退」「正常化」も選択肢であることを忘れてはなりません。

「家計が良くなれば、経済が良くなる」。過去3年3か月と逆のプロセスを真剣に考える局面に来ています。

GDP増加はわずかにとどまり、ドルベースではむしろ2割減少。その間、トータルで実質賃金は減少し、消費支出も低迷。12月も前年比マイナス4.4%、4か月連続で前年割れしている現実に向き合うべきです。

さて、バズーカは上述のように米国生まれの「携帯式対戦車ロケット弾発射器」の愛称です。米軍内の正式名称は「ロケットランチャー」。

米国から西側諸国に多数供与され、「携帯式対戦車ロケット弾発射器」のみならず「無反動砲」等の同種兵器を一般名詞的に「バズーカ」と呼ぶようになりました。

「バズーカ」という愛称は米国の音楽コメディアン、ボブ・バーンズが愛用していた自作楽器に由来。1つの漏斗と2つのガスパイプを組み合わせた簡単な構造の金管楽器。バーンズは1920年に「バズーカ」という言葉の著作権を取得しました。

兵器の形状がバーンズの楽器に似ていたことから、第二次世界大戦中、米軍兵士が「バズーカ」と通称するようになったそうです。

簡単な構造なので特別の技術がなくても誰でも同種の楽器を作れるそうです。「黒田バズーカ」も難しそうに説明していますが、ゼロ金利に続いて、膨大な資産購入。効果が出ないから、今度はマイナス金利。意外に簡単な発想のように思えてなりません。

さらに紐解くと「バズーカ」の語源は自慢話を意味する「バズー(bazoo)」。まさか「マイナス金利」を自慢話として悦に入っているとは思いませんが、黒田総裁の任期は残り2年2か月。

「あとは野となれ、山となれ」というような無責任な人ではないと思っていますので、「発言責任」「結果責任」を肝に銘じて職務に精励していただきたいと思います。「やり逃げ」「後始末は後任まかせ」は許されません。

(了)

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