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スマホの呪縛に陥った パナソニックのデジカメ - 川手恭輔

デジタルカメラの販売台数の急激な落ち込みが続くなか、カメラメーカの生き残り戦略として興味深い2つのデジタルカメラが発表された。その一つ、ニコンのアクションカメラ「KeyMission 360」については前回の記事(「GoProイーターとなるか? ニコン全天球撮影アクションカメラ」)で紹介した。もう一つは、パナソニックが1月19日に発表した「DMC-CM10」というモバイル通信機能を持ったデジタルカメラだ。


 しかし残念なことに、それはちょうど1年前に発表(発売は2015年3月)された「DMC-CM1」と同じものだった。ハードウェアもソフトウェアもまったく変わっていない。日本で2000台限定販売だった「DMC-CM1」の色と名称だけを変えて(ストラップを取り付けることができるようになったが)、限定でない商品として発売するという。しかし、1年前の古いスペックの製品だから残念だというのではない。

パナソニックの通信サービス事業

 パナソニックは2007年にhi-hoという通信プロバイダ事業から撤退したが、2013年にスマートフォン向けのWonderlinkというブランドの格安SIMで通信ビジネスに再参入した。NTTドコモなどのモバイル通信事業者(MNO)のネットワークを借りて、独自の通信サービスを提供する事業者はMVNOと呼ばれるが、パナソニックは当初、パケット通信交換機や課金・認証などの設備を保有するMVNE(富士通とIIJ)のソリューションを利用したCのパターン(下図参照)で格安SIM事業を行っていた。

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MVNOのパターン(筆者作成)
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 そして2014年にIIJの支援を受けて課金・認証と帯域制御のシステムを自社に導入し、BとCの中間のパターンで法人向けのモバイル通信サービスを開始 した。こちらは「Wonderlink LTE A」という名称で、通信対応の「レッツノート」専用のSIMを個人向けにも提供している。

 パナソニックはこのシステムを使って、「DMC-CM10」用に「Wonderlink LTE L」というモバイル通信サービス(SIM)を提供するようだ。「DMC-CM10」はSIMフリーなので他社のSIMを利用することもできるが、「Wonderlink LTE L」はデジタルカメラでの使用を前提としたプランになっている。月額1480円の定額で、その月の通信料が一定量を超えると下り回線のスピードが制限されるという設定は他の格安SIMと同様だが、上り回線はその制約を受けない。撮影した写真は無制限にインターネット上のサービスに送ることができる。

デジタルカメラのユーザが抱える問題

 パナソニックが訴求している「CM-1/CM-10」のコミュニケーションの機能は、撮影した写真をカメラで編集して、クラウドへ保存したりSNSにアップロードすることができるというものだ。これではスマートフォンの後追いでしかない。「CM-1」は高性能カメラの付いたAndroidのスマートフォンだったが、「CM-10」からは通話機能が削除された。

 それによって、「CM-10」はスマートフォンとの2台持ちになることが多くなるだろう。高性能になってしまったスマートフォンと「CM-10」とのカメラ性能の差が、月額1480円の追加支出に見合う価値になるとは思えない。せっかく自社のモバイル通信サービスをバンドルできるのに、デジタルカメラの通信機能を顧客価値に転化できていないのは残念だ。

 デジタルカメラのイノベーションとは、スマートフォンのカメラとの機能的なギャップを埋めようとするのではなく、その基本的な優位点を理解しそれを活かすものであるべきだ。依然として旅行や子供の入学式などの大切なイベントで、たくさんの写真を撮るためにデジタルカメラを持っていく人は多い。その理由として、専用機への信頼感や光学ズームが備わっていることなどが考えられる。

 しかし、そのような時に撮影した莫大な数の写真が新しい問題を生んでしまっている。写真は管理しなければならない単なるファイルになってしまい、それをカメラからパソコンにダウンロードしたり、それほど素晴らしくもないものも含まれる数ギガバイトの写真を整理したりという、気乗りのしない面倒な作業をしなければならない。ほとんどの人にとって、これはじれったくてストレスが溜まるもので、なによりも退屈で時間を浪費するものだ。

 パナソニックは対象となるデジタルカメラを購入したユーザに、2年間無料で使えるクラウドストレージ(Google Drive)100Gバイトを提供している。2Mバイトの写真であれば、5万枚を保管できる計算になる。撮影したすべての写真が自動的にカメラからクラウドストレージに送られれば、ユーザは面倒な作業をすることなく、いつでもどこでもスマートフォンで自分のすべての写真にアクセスすることができるようになる。

 グーグルはGoogle DriveのAPIを公開しているので、パナソニックは「デジタルカメラのユーザが抱える問題」を解決し、Google Drive上の莫大な数の写真に価値を与える独自のWebサービスやスマートフォンのアプリをユーザに提供することが可能だ。デジタルカメラというハードウェアだけではなく、撮影から保管、そして写真の活用までのエンドツーエンドの新しい体験を商品にすることができるはずだ。

プロダクト・マーケット・フィットの必要性

 通信機能付きカメラが提供する新しい体験の価値を理解してもらうために、モバイル通信サービスを、例えば2年間無料にしてみてはどうだろう。通信のスピードやカメラのバッテリー消費などの技術的な課題を解決したり、Webサービスやスマートフォンのアプリを洗練させたりするためには、時間とユーザからのフィードバックが必要だが、まずは使ってもらわなければ始まらない。ユーザーから通信料金を徴収するのではなく、通信によって提供できる価値に課金する新しいビジネスモデルの設計も必要だろう。

 「CM-10」から通話機能が削除されたのは、おそらくデジタルカメラ向けのSIMサービス(「Wonderlink LTE L」)が、レッツノート専用の「Wonderlink LTE A」と同様のシステムを利用するために通話機能をサポートし難いというメーカーの勝手な都合からだろう。しかし、それによってスマートフォンとの2台持ちが必要になるのだから、デジタルカメラからスマートフォン機能を完全に取り除いて、撮影した写真をクラウドストレージに送るだけのモバイル通信に割り切ってしまえば、通信は上り回線だけを使用することになり発生するコストを軽減することができる。

 すでに無線LAN機能を備えたデジタルカメラやデジタルカメラ用のメモリーカードなども販売されているが、クラウドやSNS以外にもスマートフォンやパソコンへ写真を送ることもできるなど多機能である反面、接続のためのセキュリティ設定や用途別の設定の変更など使いこなしが難しく、利用できる場所も限られる。モバイル通信で「撮影した写真をクラウドストレージに送るだけ」と割り切ることによって、通信を意識せずに誰でもその価値を享受できるようになる。

 iPodやiPhoneの例を見ても、まったく新しい価値を提供しようという製品のプロダクト・マーケット・フィット、つまり製品を、狙う市場を満足させることができるものに育てるには少なくとも3年はかかると考えたほうがいいだろう。その時間で、人々の思いを積み上げ、製品や連携するサービスに改良を加える「構築 - 計測 - 学習」のサイクルを繰り返す必要がある。そして徐々に、その価値が人々に理解されていく。そのような取り組みには体力と根気が必要になる。

 せっかく赤字覚悟の限定販売で「コミュニケーションカメラ」という新しいコンセプトの市場探索を行った1年の成果が「ストラップを取り付けられるようにした」だけというのでは残念だ。

バリューネットワークにMVNOを水平統合する

 コンテンツや情報がデジタル化され、それを記録したり保存したり伝達したりするメディア(媒体)が変化するとき、その対応に遅れをとった企業が衰退したり、新たなプレイヤーがその市場に参入したりする状況をデジタル・コンバージェンス(産業融合)あるいはメディア・コンバージェンスという。そのとき、その市場に破壊的なイノベーションが起こることが多く、それはデジタル・ディスラプション(新たな創造のための破壊)と呼ばれる。

 いったんデジタル・ディスラプションが起きた市場は流動的になり、さらなる変化を起こしやすくなる。 私たちはカメラや携帯音楽プレーヤの例でそれを目の当たりにしてきた。ウォークマンを置き換えたiPodも、あっというまにアプリケーションの一つとしてiPhoneに吸収されてしまった。その変化はデジタル化されたコンテンツや情報の、伝達や保存のためのメディアが、パソコンやデバイスの物理的メモリーからネットワーク(クラウド)に移っていくことによって起こっている。

 多くの人がインターネットにつながったスマートフォンを携帯し、クラウド上のニュースや音楽や動画やゲームなどのコンテンツを消費するようになった。スマートフォンのカメラやデジタルカメラで撮影された、すべての写真がクラウドで管理されるようになるのは必然の流れだろう。グーグルにはGoogle Driveの他にも、解像度の制限があるものの保管する写真の枚数は無制限、無期限で無料のGoogleフォトという写真専用の保管サービスがある。アマゾンも年会費3900円のプライム会員向けに、完全に無制限の写真ストレージサービスを開始した。

 コンシューマー向けの製品をつくる製造業におけるIoT(インターネットにつながったモノ)の戦略として、バリューネットワークにMVNOを水平統合するという取り組みは、すでにアップルやサムスンが始めている。グーグルのMVNOの狙いも、IoTのハードウェアへの進出にありそうだ。ソニーはSo-netでMVNOの事業を持っているものの、Xperiaや他社の格安スマホとのセットで格安SIMを販売するに止まっているので、日本ではパナソニックが少しだけリードしている。

 パナソニックのデジタルカメラとMVNOのの事業は、いずれもAVCネットワークスという社内カンパニーが担当している。しかしパナソニック全体がBtoBに大きく舵を切っている中で、同社も「AVとICT の融合で顧客直結の企業・法人向けSolutionを提供する」ことを目指す姿として掲げ、2018年度の全社目標のBtoBソリューション事業2.5兆円のうち、1.5兆円を受け持つとしている。パナソニックのコンスーマ向けのデジタルカメラ事業は風前の灯し火なのかもしれない。しかし、だからこそジレンマを感じずに市場に破壊的イノベーションを仕掛けることができるとも言える。

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