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小学校から毎日発明! 特許案2万超の異端児【2】 -対談:NejiLaw社長 道脇裕×田原総一朗 - 田原総一朗の「次代への遺言」

2000年におよぶネジの歴史を覆す「緩まないネジ」。経済産業省の支援事業に選ばれ、海外からも問い合わせが相次いでいるという。開発したのは、10歳で小学校を自主休学した異色の起業家だった――。

自分のバカを克服したかった

【田原】その後、道脇さんはアメリカに留学します。

【道脇】自分のバカを克服するために、大検を受検しました。合格したものの、やっぱり日本の大学は馴染めそうにない。それで、母がかつて共同研究をしていたことがあるというコロラド州の大学に行きました。でも、そこも5日で通わなくなった。いくつか授業を受けたのですが、これなら独学でできちゃうなと。それからお金が尽きるまで半年ほどアメリカでふらふらしていました。

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NejiLaw社長 道脇裕氏の経歴


【田原】帰国後は?

【道脇】また研究生活です。ネックになったのがお金です。仕事を手伝っていた会社から多少の収入はありましたが、研究費用がどんどん膨らんできて、まかないきれなくなった。それで思い切って研究対象を数学にシフトしました。数学は紙とペンさえあればできるので。

【田原】どのくらい続けたの?

【道脇】何年だったかな。すいません、当時は部屋に閉じこもって研究していたから、時間の概念がほとんどなかったんです。たぶん5、6年だったと思いますが。

【田原】そこで聞きたい。道脇さんはどうして起業したのですか。

【道脇】自分のアイデアをいろいろ人に話していたら、「キミの頭の中にあるものをそのままにしておくのはもったいない。一度、世に出してみないか」と言って支援してくれた方がいたのです。それで自分の頭の中にあった発明ストックをザッと書き出したら、200くらいになった。そこから絞り込む作業をやりました。

実現性はどうか。開発コストはどれくらいかかるか。製品化したとして、マーケットはあるか。そうやってさまざまな角度から検討して最終的に残ったのが、緩まないネジでした。

【田原】その時点で緩まないネジのアイデアがあったということは、考えたのはもっと前?

【道脇】はい。18か19のころ、中古車を運転して友達の家に向かっていたら、突然ハンドルを取られたことがありました。バーストしたのかと思った瞬間、黒い物体が車を追い越していった。よく見たら、愛車のタイヤです。あとで調べたら、タイヤをつけていたネジが緩んで過負荷になり、ボルトが折損したことがわかりました。これは危ないと思って、緩まないネジを考えました。

【田原】先程構造をお聞きしましたが、正直、難しくてよくわからなかった。まわりの人は理解できました?

【道脇】いえ、やはり難しいみたいですね。平面図で説明しても理解してもらえなかったので紙粘土で立体模型をつくったのですが、ますますわからないと言われました。困ったのは、試作品の製作です。あちこちの金属加工メーカーに頼みましたが、「どうやってつくるのかわからない」と断られまくって。最終的に支援者の方に工場を紹介してもらってサンプルは完成しました。

【田原】創業は2009年。そこからは順調のようで、各所で評価されて賞を取っている。

【道脇】創業した翌月に、日本MITエンタープライズ・フォーラムで賞をいただきました。それから経済産業省の支援事業に採択されたり、東京都のベンチャー技術大賞もいただいています。

【田原】それだけ期待が大きいのでしょう。現状はどうですか。製品化は進んでいますか。

【道脇】機械加工で完成品をつくることは可能ですが、量産技術は目下取り組み中です。L/Rネジはボルトに特徴があって量産するのが難しいのですが、金型や工作機械も自分で発明して、大量生産できるようになりました。ただ、ナットのほうがまだできていない。2014年、産業革新機構や三菱UFJキャピタルから出資を受けましたが、資金は量産化技術の開発に活用しています。

【田原】海外からの引き合いはどうでしょう?

【道脇】ターゲットは日本ですが、海外からの問い合わせも多いですよ。まだ形になったものはありませんが、呼ばれてアメリカにプレゼンをしにいったりもしています。あとは韓国と中国ですね。

発明はほとんどがデッドストック

【田原】ネジ以外のものは事業化しないんですか。

【道脇】200は支援者に説明するとき紙に書いた数。頭の中に、その100倍以上のアイデアがあります。

【田原】100倍というのはすごいですね。でも、特許にしたり製品化しないとお金にならないでしょう?

【道脇】現時点でも、国内、海外合わせて200くらい特許を取得、あるいは申請中です。特許の申請は手間もお金もかかるので、すべてはできません。やろうとしたら、たぶんそれだけで人生終わっちゃう。

【田原】ネジ以外では何を。

【道脇】これから力を入れようと思っているのは、「ぷちっぱ」と名づけた製品です。ペットボトルのキャップにつけると、ご高齢の方や障害を持った方など、握力がほとんどない人でも簡単に開けられます。もう特許も下りていますが、宣伝していないのでまだ全然使われていません。高齢化でニーズが高まる商品なので、これからちょっと仕込もうかと。

【田原】最後にお聞きします。僕は資料を読んで、道脇さんは研究一筋の発明家という印象を持っていました。でも、会ってお話しすると、経営者の側面もお持ちだ。ご自分ではどちらに軸足があると思いますか。

【道脇】あまり区別はしていないですね。アイデアの数が膨大でほとんどがデッドストックになっているという意味では、発明家に近いのかもしれません。でも、発明はけっこう戦略的にやっています。たとえばこの技術が公開されたら企業はこう動くだろうから、いまのうちにこれを発明して特許申請を出しておこうという具合に、先回りするんです。その点では事業家的な発想もしているので、どちらとは言いにくいですね。

【田原】わかりました。これからも世間をあっと驚かせる発明を期待しています。頑張ってください。

田原氏への質問:いま僕らが生きている時代は、幸せな時代ですか?

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【田原】100年単位で見ると、いまの時代は後世に評価されるでしょう。戦後の日本の発展は、歴史的にも稀有な例。若い人は“失われた20年”に目が行きがちですが、もう少し長いスパンで見れば、これほどうまくいった国はない。

一方、ここ数年では、東日本大震災と原発事故を経験して、社会は文明というものに疑問を持ち始めて、自然回帰の流れが強くなりました。これは時代を巻き戻せというのと同じで、ヘタをすると社会が停滞するおそれがありました。しかし、実際はイノベーションの時代に突入して、若い起業家が前向きにビジネスをやっている。長期で見ても短期で見ても、いまという時代にもっと自信を持つべきです。

遺言:この時代を生きることに自信を持て

小学校から毎日発明! 特許案2万超の異端児【1】

田原総一朗
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。若手起業家との対談を収録した『起業のリアル』(小社刊)ほか、『日本の戦争』など著書多数。

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