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宮本亜門 人の心を揺さぶる舞台を演出 - 吉永みち子

演劇の本場ブロードウェーで東洋人として初めてミュージカルを演出。
誰もやらなかったことに挑戦し続け、崖っぷちで生まれる奇跡のような瞬間を凝縮した舞台が、人々の心を揺さぶる。

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 アメリカ、ヨーロッパ、アジアと活躍の場が世界に広がっている演出家・宮本亜門は、この日も台湾から帰国したばかりだという。数日後には、来年の舞台の打ち合わせのためカンボジアに向かうらしい。さらに、京都・上賀茂神社の式年遷宮の奉納行事として境内で上演される奉納劇の準備のために、足繁く京都に通う日々でもある。

 あまりにハードなスケジュールは人を不機嫌にさせるはず……しかし、そんな心配はすぐに消え去った。夕暮れの窓辺の椅子に腰かけた宮本から、疲れの気配などみじんも感じられない。エネルギーに満ちた表情は、真昼間の青年のように輝いて見えるものだから、ついプロフィールの生年月日から50代後半のはずと、年齢をはじき出してしまった。

 「人って死の瞬間まで感動することも人を感動させることもできると思っているから、今この瞬間を生きているということこそが大事で、自分の年齢なんか考えたことない。年を考えすぎたり、人生をカウントダウンし始めると、人は元気がなくなるし寂しさから保守的になるんじゃないかな」

 とても自然に言う。きっとこれまで、喜びの時も苦しい時も悲しい時も、方向は違っても同じようにダイナミックに心を動かして生きてきたのだろう。どんな場合でもセンサーが常にフル稼働。その状況をせいいっぱい生き切る。さりげないひと言で、宮本のパワーの源にいきなり触れたような気がした。

初の試み、奉納劇に挑戦

 いま、気力を集中させているのは、10月23日から25日の3日間で4公演、再演もないという日本初の奉納劇「降臨」。中学時代から神社仏閣が大好きで、毎回、舞台に神棚を設えてお祓いもしているという宮本だが、三年前に上賀茂神社から奉納劇の話があってから決断するまでには、かなり時間がかかっている。

 「いつか聖なる儀式的なものをやってみたいという漠然とした願望はあったんです。だからうれしい話なんですが、いざ具体化するとなると前例のないことだし、何をどう表現するのか、何ができるのか、これまでとまったく違う野外でのセットをどうするのかとか、いろいろ悩みましたね」

 実際に上賀茂神社に身を置いてもみた。そこで、『山城国風土記(やましろのくにふどき)』を知り、その中から祀神(さいじん)である賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)の誕生の物語を聞いているうちに、たくさんの「なぜ?」が生じ、自分なりの解釈が湧き上がり、しだいに伝えたい思いが固まっていったのだという。

 「太古の昔からこの地で生き続けている森の気を感じていると、時代を遡って過去と繋がっていけるようで、いつまでも佇んでいたい気分になってね。自然と人間と神がリンクする話に感動して、神とは? 人間とは? 生きるとは? と考えていた。いまの時代だからこそ、そんな根源に近づけるものをこの場所から伝えられたらと思ったんです」

 “降臨”とは、物理的にその姿を見ることが不可能なものが人々の前に現われることであり、それぞれの人々の心の中にそれぞれの姿で感じるもの。だから、主役である別雷神は誰も演じない。映像やテクノロジーを駆使して、神かもしれないと感じられる瞬間を、六感を解き放ってつかみとってもらいたいと言う。セリフという言葉によって何かを伝えたり、それを理解しようという演劇の方向とはまったく違うようだということはわかった。セリフは最小限にして、語りと音楽と現代のハイテク技術で何かを感じるきっかけとなるような舞台。どうやら劇場に行くのとは違う何かが起こりそうだ。

 そもそも奉納とは、神仏を敬い、鎮め、楽しませるために人々が大事なものを供物として捧げることで、奉納劇は観客のためではなく、神のために捧げるものということになる。ということは、観客はどういう立場になるのだろうか。

 「劇場の観客とは違いますよね。ともに神がいる瞬間を味わい、みんなで一緒に奉納するということになります。神は、天気に左右されないから雨天決行。神事が雨によって中止ということはありえないそうです」

 観客と宮本は、見る者と提供する者という関係ではなく、ともに捧げる者という同じ土俵にいることになる。宮本にとっても初めての試みなら、観客にとっても初めての体験になる。

「『お引き受けします』『ご奉納感謝します』これで上演が決まったんですが、この瞬間からすべてが初めてづくしでしたねえ。これまで僕は、内容のことだけ考えていればよかったんですけど、今回はイチからすべてやるしかない。奉納なんですから」

 まず制作費を何とかしなければならない。クラウドファンディングという資金調達の手法で多くの人に協力してもらい、スポンサーも募った。キャスティングや舞台装置や技術関係や客席の配置まで全部を考えなければならないし、すべて自分たちで動くしかない。

 「気持ちが高まって引き受けてから、そういうことなのかと知って驚いたりあわてたり。でも、これは神に試されているというか、きっと自分の人生の中で意味のあることなんだと思います。実際にたくさんの人に助けられたし、感動的な出会いもあったし、新たな可能性はこのように生まれるのかと感じられるイノベーティブな過程でした。すべてが心地よいという感じなんです」

「細胞が生まれ変わる」体験

 これまでの経験の蓄積があり、その延長線上に歩を進めるのではなく、時空を超えるような初めてづくしは、エキサイティングではあるがけっこうデンジャラスでもある。困難の度合いも測れないし、うまく避けて通ることもできない。しかし、そんな飛び方は、宮本に関してはそれほど意外なことではないような気がする。実に、「初」のつく試みが多い人だという印象があるせいかもしれない。

 あの9・11直後のニューヨークでの、演出家としてのデビュー作である「アイ・ガット・マーマン」でアメリカ初進出。ブロードウェーで東洋人初の演出家として「太平洋序曲」を上演。ロンドン・ウエスト・エンドで日本人初のミュージカルのロングラン公演に挑戦。歌舞伎座のこけら落としを外国人に演出させるようなものと驚かれた、オーストリア・リンツ州立劇場でのモーツァルト「魔笛」のヨーロッパ初オペラ演出。

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斬新な演出が絶賛を浴びた「魔笛」の東京凱旋公演 (写真提供:東京二期会)

 「オーストリアでは、一瞬逃げ出したくなりましたね。出演者やスタッフ100名ぐらいが初めて顔を合わせた時に、設定を日本のテレビゲームにしますって話したら、全員が10キロ先に吹っ飛んだようにドン引きでね。モーツァルト生誕の地で、しかも『魔笛』をなぜ日本人が演出しに来たんだという拒否感が蔓延してた。怖くなってホテルで日本へ帰る便を探したけれど、手がパソコンの確定キーを押せない。こんな状態では演出はできないし、帰ることもできない。体がブルブル震える恐怖感で夜も眠れませんでした」

 進むも地獄、戻るも地獄の心境で、いったい自分は何をこんなに怖がっているのかと自らに問いかけた。

 「ヨーロッパ初なのに、ここで失敗したらどうしよう。そう思っているから恐れる。恐れて逃げたくなる僕は何て甘いんだと思いました。モーツァルトは、みんなに叩かれ、笑われながらも毅然として聖なる美しいものを生み出していったのに。自分はまだ石も投げられてないうちから小さなことに怖気づいている。自分に切なくなって悲しくなって、とにかくもう一度モーツァルトを聴いてみようと思った。そうしたら、人間愛の深さ、あまりの美しさに号泣してしまって」

 号泣しながら、明日からみんなの前で、自分がどれだけモーツァルトが好きでこのアリアを愛しているかをひたすら語り続けようと決意したのだという。観てもらいたいから、聴いてもらいたいから、ただその思いに忠実に舞台を創る。演出家としての原点をひたすら語る宮本に、みんなはしだいに心を開き、共感し、共鳴してくれるようになって、これまでにない斬新な「魔笛」の幕が開いた。

 「語り始めて四日目に、こんなにモーツァルトを好きな人は見たことないって言われた。もしかしたら、モーツァルトの原点を忘れていたのかもと語り出す人が出てきた。歴史に残りたいから創るのではない。評価されたいから創るのではない。その瞬間瞬間に、無心に心が求めるもの、伝えたいものを創っていく。それが自分のクリエイションの原点なんです」

 それぞれの原点をただひたむきに、ただひたすらにぶつけ合うと、新しいエネルギーが生まれる。「細胞が生まれ変わるような」という言葉で、生まれ出る力を宮本は表現した。

見えないものを感じて生きる

 原点、根源……という言葉を、宮本はしばしば口にする。常にそこに足場を置くからこそ、冒険ができる。面白い挑戦ができる。どこかに浮遊してしまわないでいられる。

 宮本の演出家としての原点を考えると、その足跡に大きな影響を与えたと自らも語っている母親のことをつい思い浮かべてしまう。レビュースターとして活躍し、志半ばで舞台から退かなければならなかった母の舞台への執念、舞台への見果てぬ夢は、胎盤を通して胎内にいた宮本に引き継がれたのではないか。母を語る宮本から、そんな想像を抱いたこともある。だから、今回の奉納劇が、玉依比売命(たまよりひめのみこと)とその子の別雷神の物語であることに、不思議な因縁を感じてしまうのである。

 奉納劇では、巫女である玉依が川で矢を拾い、枕元に置いて眠ると子を宿し、母であるがゆえの試練を乗り越えながら子を見守っていく姿が描かれるのだと聞いた。胎内を通して夢を息子に託した宮本の母は、自らの死で21歳の息子の海外への旅立ちの背中を押した。母亡き後、30数年の時を経て、再び母の胎内にいた自分に巡り合うための儀式なのかも……そんな新たな母子の一体化という勝手な思いが走り始めてしまう。

 「単なる神の降臨ではなく、壮絶で深い愛情や親子の再会ということも含めて感じてもらえればうれしいですね。これまで、ジャンルを超えて混じり合ったり、自分にないもの、自分が越えられないものと交感することで大きな刺激が生まれ、化学変化が生まれる瞬間を目の当たりにしてきて、その感動がたまらないですね」

 初めての試み、初めての取り合わせという現場に、国内でも海外でもまるで触媒のように宮本が求められているような気がする。触媒は、自分はいつも変わらぬ姿を保ちながら、思いもかけない変化を引き受ける。「裸の王様にだけはなりたくない」という宮本の人間としての原点は、どのあたりで保たれているのだろうか。人はつい流されたり、カン違いしたり、持ち上げられて我を失ったりしがちである。変わりやすく、溶けやすく、流されやすい。

「本当にこうなの? これだけなの? 見えているものだけじゃないよねって、いつも自分に問いを投げかけながら生きてます。昔、東京で一時間刻みのスケジュールを見て、社会から求められているってカン違いしそうになったことがありました。小さな手帳の中の時間割でワクワク感を覚えたり、安心したりしていることに恐怖感を覚えたんです」

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 裸の王様になりかけていると気づいた宮本は、1999年に沖縄に家を建てた。自分を安心させるリゾートやホテルではなく、住む場所として沖縄を求めたのである。

 「沖縄本島の玉城村(たまぐすくそん)(現南城市玉城)のアニミズムの根源のような近くです。そこでは自然の壮大さの前にただ生きていることが奇跡のように思える。そんなまったく違う価値観の世界に身を置く。道で出会ったおじいさんに『花がきれいですね』って言うと『花ばっかり見てちゃダメよ。あんた根っこが見えてる?』なんて言われるんです。華やかな、見えるものだけを見ている自分に気づかされるわけ。目に見えていない奥の精神をちゃんと見ているのかと問いかけられる」

 ふと北原白秋の詩の一節が浮かんだ。「真実一路の旅なれど 真実、鈴振り、思い出す」

 沖縄は、宮本にとって大事な原点に引き戻してくれる鈴のような場所なのかもしれない。

 来年早々には、和太鼓の集団「TAO」との出会いが生んだ「百花繚乱 日本ドラム絵巻」のニューヨーク・オフブロードウェーでの公演も決まっている。まさに世界に開く亜細亜(アジア)の門のように、宮本亜門をくぐってさまざまなものが交感し合っていく。

 「いつか古事記を舞台化してみたいという夢もあるんです」

 そんなつぶやきを残した宮本を、待ち望んでいるという言葉を飲み込んで見送った。

(写真:岡本隆史)

宮本亜門(みやもと・あもん)
1958年、東京都生まれ。04年、ブロードウェーでミュージカル「太平洋序曲」を東洋人として初めて演出、同作はトニー賞4部門にノミネートされた。以降、ミュージカル、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎など国内外でジャンルを超えた幅広い作品を手掛けている。

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