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日本人初の挑戦も味わった敗北 “夢を追う男”の追い求めるものとは 冒険家 阿部雅龍さん - 大元よしき

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日本人初に挑戦するも人生最大の敗北を味わう

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Continental Divide Trail(CDT)にて

 アメリカのカナダ国境からメキシコ国境までロッキー山脈を縦走するContinental Divide Trail(CDT)という世界最長クラスのトレイル(山道)がある。高低差が激しく難易度の点でも世界トップクラスとされている。

 阿部は通っていたロッククライミングのジムで、日本人ではまだ誰も踏破していないことを知った。その瞬間、「自分がやれば日本人最初になれる」と胸を躍らせた。

 「当時の僕は『このまま冒険を続けていていいのだろうか』と迷っていた時期だったのです。友人たちは結婚したり、仕事でもそれなりのポジションに就きつつあるときです。周りがどんどん落ち着いてきているのに、自分はこれでいいのだろうかと……。そんなときだったので、冒険しかできない僕は、『日本人初』を成し遂げれば周囲の目が変わるだろうと思ったのです」

 日本語の情報は無く、情報収集は全てインターネットで海外から集めた。
阿部はロッキー山脈の中を地図とコンパスを頼りに、20kgの荷物を背負って総行程4200km、5カ月間にも及ぶ冒険に挑んだ。

 ただでさえ難易度が高いトレイルだ。現地では単独踏破を目指す阿部に対して「無謀だ。山に殺されるぞ」とか「グリズリー(ヒグマの一種)には気をつけろ」と忠告とも脅しとも取れる言葉を掛けられた。

 こうしたロングトレイルはチームを組んで挑戦するケースが多く、単独で行うのはかなり少数派である。それだけ危険度が高まるということだ。阿部は毎日13~14時間、多い日には40~50kmも歩くことがあり、雪に凍え、雪崩に怯え、巨大なグリズリーの足跡に恐怖したこともあった。

 またCDTには未整備の箇所が多く、そこで事故に遭ったら発見される可能性は低いだろう。深い山の中では、会う人もないままに道なき道をひたすら進んでいった。まさに自然との壮絶な闘いであり、その一歩一歩は生死を分ける決断の連続である。

 このチャレンジの目的は日本人初になることだった。しかし……

 「僕よりも先にチャレンジして、2週間前に踏破した日本人がいることを知ってしまったのです。もちろん1番になることだけが目的ではありませんが、『ここまで頑張ったのに、なぜ2番なんだ!』と悔しくて、気持ちの整理がつかないままゴールしました。残りの行程は消化試合のようなものです」

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Great Divide Trail(GDT)にて

 阿部は悔しい気持ちを消化し切れず、次なる「日本人初」の目標をカナダのGreat Divide Trail(GDT)に絞った。カナダとアメリカの国境からカナダ側に進み、標高3954mのロブソン山頂付近がゴールである。総行程1200km、42日間の計画だ。年間数人しか挑む者のない難易度の高いトレイルで、やはり日本人が踏破したという記録はなかった。阿部はここにCDTにおける不完全燃焼の思いをぶつけた。

 だが……

 「誰にも会わないような山の中でカナダ人に出会いました。二人とも嬉しくなって話をしていると以前にも奥さんといっしょにこのコースを踏破したというんです。てっきりカナダ人かと思って『奥さんも凄い人だね』と返すと、なんとその方は日本人だったのです。結婚してカナダ国籍になっていたため日本人としての記録が無かったということです。

 たまたま山中で出会った人の奥さんが日本人で、すでに踏破していたなんて。記録には残っていなくても、あまりにも悔しいじゃないですか。まだ半分も残っているというのに、自分が一番になれないと知ってからは、どんどん楽しくなくなっていきました」

 希望から一転、阿部は残りの行程を「世の中を憎むほどの悔しさを胸に」と形容している。それでも完全踏破して、GDTの旅を終えた。まさに自分自身との戦いだった。

 このとき阿部を支えたものは、応援してくれる人たちの思いに応えるためであり「ここで投げ出せば一番大切なものを失ってしまう。始めた以上は最後まで歩き抜く」という冒険家のプライドだった。

 阿部にとって人生最大の敗北とは、この両ロングトレイルで「日本人初」になれなかったことを挙げている。

「あの負け」から得たものとは

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粋でいなせな車夫姿(浅草にて)

 「もともと僕は、日本人初や1番になりたかったわけではありません。当時は周囲の環境や期待などに惑わされて、本当に自分がやりたかったことを見失っていたのです。あの負けを経験して、自分は冒険を通して何がしたいのか再認識しました。それは、人生を後悔しないために、子どもの頃から憧れていた冒険家になって、夢を追い続けたいというものです。そして冒険の素晴らしさを伝えたいとも思っています。悔しい思いをしながら、最後まで歩き続けたあの経験はかけがえのないものだと思っています」

 あのとき、もし「日本人初」や「1番」になっていたとしたら、その後の冒険も記録を追い求める旅になっていただろうし、記録を追うあまりに、やりたくない挑戦までしなければならなかったかもしれないと阿部は言う。そして慢心も生まれたはずだ。

 「恩師の大場さんは『人間なんて自然の前ではひとたまりもない存在だから、常に臆病で謙虚にならなければいけない』と教えてくれました。感謝、尊敬、畏怖、畏敬です。僕も自然の中で、様々なことを経験しながらその意味を深く理解していきました。」

 阿部はアメリカ、カナダのあとは、アラスカ~カナダ間のユーコン川で単独カヌー750kmのトレーニングの後に、南米のアマゾン川2000kmの単独筏下りにも挑戦している。

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阿部さんはこれからも夢を追い続けていく(CDTにて)

 最後にこれからの目標を尋ねると、2017年に「南極点単独徒歩到達」を目指していると返ってきた。それは1912年に日本人として始めて南極点を目指した白瀬矗の軌跡をたどり、「クジラ湾」と呼ばれる地点から「大和雪原」を目指し、さらには白瀬が断念した南極点に単独で向かうというものだ。

 「すでに何人かの冒険家が南極点に到達していますが、白瀬矗と同じコースで到達した人はいません。同じ秋田県人であり、浅草にも住んでいたことがあるそうです。僕は使命感から、白瀬矗の遺志を継いで、必ずやり遂げ、完結させたいと思っています」

 力みのない自然体こそが冒険家、阿部の魅力なのだろう。2016年2月、阿部はプレ南極遠征としてグリーンランド単独徒歩1200kmの冒険の旅に出る。

極地冒険家 夢を追う男・阿部雅龍
http://jinriki-support.com/abe/index.html

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