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準備”力”がもたらした世紀の番狂わせ - 玉村 治

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「世紀の番狂わせ」と、世界を驚かせた、ラグビー日本代表の南アフリカ戦の勝利から4カ月が過ぎた。日本を感動の渦に巻き込んだ歴史的勝利は今も興奮をもって語り継がれるが、この裏には、実は念入りで、ち密で、長期的な戦略に基づく周到な「準備」があった。体の小さい日本人という短所と表裏一体の敏捷性、持久力という長所を巧みに伸ばしたヘッドコーチ(HC)のエディー・ジョーンズ氏(当時)のマネジメント手腕が大きい。科学的、理論的に日本人の特性、すばらしさを引き出してくれた。その考え方、取り組みは日本のビジネス飛躍のヒントにもなる。

「凝り固まった考え方」を変える

 過去のワールドカップ(7大会)で1勝21敗2分けに留まった日本代表は、昨年9〜10月のイングランド大会で、強豪南アを逆転サヨナラトライで破るなど、3勝を挙げた。その戦いぶりは、頼もしく、それ以前の惨敗が信じられないほど強かった。この躍進は一朝一夕で成し遂げられたものではない。エディーHCの強烈な指導力のもと、選手個々が目覚め自己変革を実現した賜物といえるだろう。

 2012年4月に就任したエディーが真っ先に取り組んだのは、「マインドセット」(凝り固まった考え方)の変革だ。「チームが強くなるには、個人が変わらなければならない。どうやったら改善できるかを毎日考えることが大事」「日本人選手は指導者の言いなりになりすぎる。それは創造性の欠如」と、ことあるごとにメディアに語っている。エディイズムともいうべき、エディーHCの意気込みが伝わるのは、日本ラグビー協会のHPに2013年4月から始まったエディーHCのコラム「JAPAN WAY」だ。

 最初のコラム(https://www.rugby-japan.jp/2013/04/15/id19122/)にはそれが如実に表れる。

 W杯でスクラムハーフ(SH)として活躍した田中史朗選手が、小さい体ながらスーパーラグビー「ハイランダーズ」の先発メンバーに選ばれたことを取り上げ、『「日本人は身体が小さいから勝てないんだ」などという言い訳は通用しません!』『勝てない言い訳を探し出すよりも、「Winning Advantage」(勝利につながる長所)を見つめるべきなのです』『日本にはフミ(田中選手、筆者注)の成功を再現できる選手はまだまだいます。しかし、その実現には「Mindset」(マインドセット)を変えることが必要です』と記す。

 このコラムは、ラグビーファンだけでなく、選手が読むことも意識して書いていたことは間違いない。それくらいメッセージ性の強い内容になっている。

【エディー・ジョーンズ 略歴】オーストラリア・タスマニア州出身。豪州代表のHCとして2003年に地元で開催されたW杯で準優勝。仏英などで開催された07年W杯では、南アのアドバイザーとして優勝にも貢献した。日本では東海大コーチ、サントリー監督などを経て12年4月から日本代表HC。15年のW杯ロンドン大会では南アなど3勝を挙げたが、決勝トーナメントには進めなかった。12月からはイングランド代表に就任。母と妻が日本人。1960年1月30日生まれ。

「世界トップクラスを目指す」コーチ分業制

 では、エディーHCはどんなふうにチーム作りをしてきたのだろうか。それは最大の目標「W杯ベスト8」に据え、逆算的に、着実に日本人の長所を引き出すことだった。その実現のため、国内外からスクラム、タックル、フィジカルトレーニング、メンタルの各コーチ、さらには戦術を立てる上で不可欠な基礎データを集める分析担当(スポーツアナリスト)を招請し、それぞれに世界トップクラスの周到な準備を求めた。もちろん戦術はエディーHCが担った。こうしたチーム作りに当たり、エディーHCは他のスポーツで実績を上げる指導者を訪ねた。ワールドベースボールクラシック(WBC)優勝に導いた原辰徳監督、W杯女子サッカー優勝の佐々木則夫監督、ロンドン五輪銅メダルに女子バレー眞鍋政義監督らに体が小さいというハンデをどうはねのけて、選手を鼓舞したのか聞いたという。

 こうした人の話を聞きながら、日本に合った指導法を模索していったのだろう。過去のW杯で日本人は、スクラムやタックルも弱く、持久力も中途半端だった。これをいかに世界水準まで押し上げていったのか。

まずはスクラムからみていこう。歴代代表はスクラムが弱く、そのためスクラムマイボールから球出しを速くすることがセオリーだった。しかし、スクラムの押しが弱く、なかなか出せないこともしばしば。押しつぶされるなどの反則やミスが出て相手にボールを奪われて、あっけなく失点というケースが少なくなかった。

 エディーHCは、この弱点を克服し、スクラムを世界ベスト4にしようと考えた。ここで抜擢したのが、スクラムコーチのマルク・ダルマゾ氏(フランス人)だ。小柄ながらフランス代表になった理論家でもある。

スクラムは早く押す

 ダルマゾ氏は、体の小さいことを逆手にとり、スクラムを組んだ(バインド)時、低くなることに重きを置いた。ラグビー元日本代表トレーニングコーチを務めた小田伸午・関西大教授は「相手より低い姿勢でバインドし、低くなったときに得られる地面からの反力を大きくして対抗した。無理に力任せに押すのではなく、体の使い方を学び、その結果としてスクラムは大きく進化した」と指摘する。簡単に言えば、大きな相手が上から下に向かうのに対し、日本代表は下から上へ突き上げる感じだ。大きな力には完全には勝てなかったが、相手の力が最大になる前に、立ち上がりを早くすることで、大きな力を出させない身体術を身につけていった。「強く押すより早く押す」。これは、怪力の人と腕の押し合いをしたときの様子を想像するとわかりやすい。怪力が腕を曲げた状態で、非力のこちらが腕を先に伸ばし切った状態で押し合うと、怪力は力を出せない。 

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図1 日本選手はスクラムの時、姿勢を低くして、地面の反力を利用して下から上へ押していた(右)。一方、体の大きい南ア、サヌアの選手は上からへ押しつぶすように組んでいた。この上からの力に耐えられる力を日本代表は身に着けていた(小田教授提供)

 ダルマゾコーチは「日本人は体質上、低く、いい姿勢がとれる」と強調する。これが相手にプレーをしにくくさせている」と語る。実際、相手からも恐れられているほどだ。こうしたスクラムが進化した裏には、フィジカル面での成長が欠かせない。低い姿勢だと、相手はつぶしにかかってくる。この圧力に耐えるために、スクラム練習のときには上に選手を乗せたり、スクラム強化のための筋力トレーニングを行ったりした。フィジカル強化では、ストレングス&コンディショニングコーディネーター専用コーチのJP(ジョン・プライヤー)の功績も大きかった。

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