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「海の法律家」は学歴の壁を打ち破り、一国一城の主へ - あなたの「学歴」を教えてもらえませんか?【33】海事代理士

工業高校から研究員、再び学生に

「高い学歴を身につけていたとしても、会社員として長く働きたいとは思わなかったでしょうね。一時期、私立大学の通信教育部に入学したのですが、仕事が忙しく、辞めてしまいました。学歴は、社会で活かすことができないと、意味がないと思います」

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海事代理士の松本誠さん。東京工業専門学校卒。

海事代理士の松本誠さん(43)は高校を卒業後、20種類以上の仕事をして、独立を果たした。現在は関内駅(横浜市)のそばにオフィスを構え、スタッフも雇う。

これまでに、郵便局の配達、ハンバーガーショップやコンビニエンスストア、居酒屋の店員、放射線の研究施設での研究員、バーテンダー、雑誌などの製本、交通調査員、野菜の仕分け、フランス料理やイタリアン料理の調理師、カフェの店員、さらに大手IT系の会社や大手不動産会社にも勤務した。あるときはアルバイト、あるときは契約社員や派遣社員、さらには正社員として働いた。

「たくさんの人を見ましたが、学歴のある人=仕事ができる人と言いきることはできないと思いますね」

海事代理士は、「海の法律家」と呼ばれる。船の海事許認可手続や、船舶の登記(所有権保存・移転、抵当権設定等)や登録、さらに船舶の売買やそれにともなう契約、船舶検査・船員労務などの相談にも応じる。国土交通省の海事代理士試験に合格し、海事代理士として登録することが必要となる。

松本さんは1988年、茨城県の県立勝田工業高校(電子機械科)に入学した。小学生の頃からパソコンが好きで、在学中はプログラムを組むことに熱心に取り組んだ。就職活動は、スムーズに進んだ。当時は、バブル期で景気がよかった。高校への求人は、1000件は超えていたという。

「すぐに内定をいただきましたから、学歴について何かを感じることはありませんでした。ハンデどころか、ものすごく有利と思ったくらいです」

91年、18歳で茨城県の放射線の研究施設に研究員として就職した。正社員数は約50人。大手企業の関連会社であり、賃金をはじめ、労働環境は整っていた。しかし、2年で退職した。

「自分が本当にしたい仕事なのだろうか、と考えるようになったのです。辞表を出したときは、はじめての経験ですから緊張しました。未練もありましたが、次のステップに進むことができる期待感のほうが大きかったですね」

学歴の壁を感じた「害虫駆除」の求人

94年、20歳のとき、上京し、東京工業専門学校(渋谷区)に入学した。バイオテクノロジーについて学ぶ。就職活動のときは景気が悪く、「就職氷河期」と呼ばれていた。

「専門学校への求人は、とにかく少なかったです。印象に残っているのは“害虫駆除”という求人でしたね。つくづく、学歴の壁を感じました。それでも、私は会社員になる考えはなく、自分で人生を切り拓きたかったのです」

専門学校在学中の頃からアルバイトをしていた飲食店で、バーテンダーとして働くことにした。映画『カクテル』(88年公開)の主演、トム・クルーズに憧れていたことが、1つのきっかけだった。

「当時は独身でしたから、女性にもてたいと思ったのです。トム・クルーズがあまりにも恰好よかったから」

新宿や銀座などの店に勤務し、バーテンダ―を養成する専門学校にも通った。3年が過ぎた25歳のとき、店長になることができた。

独立心がまた湧いてきた。店長をすると、ほかの店を含め、会社全体のマネジメントの問題点を感じ取る。だが、それを変えることができない。

「自分がやりたいことは、本当は何なんだ。こんな思いになり、焦る日々でした。高校の頃に読んだ本を思い起こしたのです。そこには、海事代理士などが載っていました。海の近くで生まれ育ったこともあり、船などには関心があります。独立もしやすい資格ですから、試験を受けてみようと思ったのです。ひとりで生きていきたいという思いは強くなるばかりでした」

27歳のとき、退職した。2003年、30歳で海事代理士の試験に合格した。海事代理士会にさっそく登録をした。住んでいたアパートの4畳半の一室に「まつもと海事事務所」を立ち上げた。だが、客をなかなか獲得できない。

「ボロいアパートでしたから、お客さんから電話があっても、事務所に呼べないのです(苦笑)。でも、曲がりなりにも一国一城の主になり、うれしかったですよ」

ついに本格的に独立、全国に進出

海事代理士会の研修会などに積極的に参加し、実務を学ぶ。独学で、法律などの勉強を続ける。収入を補うために、契約社員や派遣社員として大手IT企業や不動産会社で働いた。不動産会社では、コールセンターで大家(オーナー)や賃貸人などから、相談を受けた。困ったのが、自殺をほのめかす人からの電話だった。

「“この音、聞こえる”と言われたことがあります。オーナーさんの娘さんで、包丁の刃を机でたたいているみたいでした。“今から、死ぬの”と言われ、戸惑いました」

こんな電話も受けた。

「ある賃貸人からで、“部屋の壁から、放射能が出ている! そのせいで、目がキュルキュルする!”と言われました。こんなときは対応が難しいですよね」

この頃、海の街・横浜市へ事務所を移転した。結婚もした。週末を利用し、ほかの海事代理士らとネットワークをつくり、相談会などを催した。しかし、大きな仕事をつかむことができない。

2008年、35歳のとき、不動産会社を辞めた。あるクライアントから、安定した海事代理士の仕事の依頼を受けるめどがついたからだ。事務所を「シーサイド海事法務事務所」とあらため、再スタートする。本格的な独立である。

2年後の2010年頃に、クライアントやお客さんが増え、事務所の経営が安定しはじめた。ホームページなどを通じ、全国から相談を頻繁に受けるようにもなった。当初は、奥さんの協力を得ていたが、スタッフを雇うようにもなった。東京へ進出するために、営業所も開設する予定だ。

「海事代理士の世界も、親や祖父母から受け継いだ、2世・3世が増えています。新参者の私は、いかに差別化をはかるかといつも考えています。今後は、全国に事務所を構えて、幅広い地域でサービスを提供したいと思っているのです。

10代の頃から、一国一城の主になりたい、と願っていました。20種類以上もの仕事に就いて現在に至りましたから、皆さんには、とても感謝しています」

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